ハイジとドレミの旅 19

夏の離宮 シェーンブルン宮殿

シェーンブルン宮殿(シェーンブルンきゅうでん、ドイツ語:Schloss Schönbrunn)は、オーストリアの首都ウィーンにある宮殿。ハプスブルク王朝の歴代君主が主に離宮として使用した。 現在、同宮殿と庭園群は世界遺産に登録されている。 皇帝マティアス(在位:1612年 – 1619年)が狩猟時に美しい(schön)泉(Brunn)を発見したためにシェーンブルンと命名したと伝えられている。(ウィキペディアより)

 

とにかく大きい。カメラにワンショットでおさまらない。
1441室あるとか、東京ドーム何個分などと説明があったが、確かに広い。
残念ながら宮殿内は撮影禁止。

写真を写せるのはここまで。ここから豪華な装飾のある部屋がたくさん並んでいた。

私が一番記憶に残っているのは暖炉。
どの部屋にも大きくて形のいい、そして豪華な作りの暖炉がある。
ガイドさんの説明によると「ほら、壁に隠しドアがあるでしょ」。
なるほどそういえば壁に目立たないような線が見える。これが隠しドアなんだそうだ。実は暖炉を燃やし続けるために、装飾された壁の向こうに暗くて暑い部屋があり、そこで暖炉のまきを燃やしつづけている人がいたそうだ。
そう、奴隷のような仕事をしている人がいたのだ。
当時は「壁の後ろで暖炉を燃やすような人間にはなるな」という軽蔑した意味での言い方があったそうだ。きらびやかで豪華なハプスブルク家の繁栄の裏には、そういう人たちの犠牲があったのだと感じた。

外に出ると、結婚式を上げてきたかのようなカップルが遠くに見えた。

違う方向にもまたウェディングドレスのような姿の人達が。
結婚式にはもってこいの建物なのかもしれない。

きれいに手入れされた庭園。春夏秋冬に合わせた庭造りが行われているのだろう。馬車も園内を走っている。

暑いのアイスクリームを買うことにした。
私達が並んでいると、親子連れや外国から来た人らしい人たちがならんできた。
やっぱりみんな暑いんだ。

さあ入口付近のお土産物屋さんに行こう。何か記念になるものがあるかもしれない。
それにしても空が青い。雲の形もこの宮殿にピッタリ合いそうな感じ。
次の目的地はシュテファン寺院だ。

 

 

 

 

 

ハイジとドレミの旅 12

ザルツブルグはドイツに近いところにある。
旅も四日目、これからは「サウンド・オブ・ミュージック」の世界に入っていく。

ホテルのレストランで朝食を食べ、散歩に出ることにした。

雨が降り続いている。ザルツブルグの街は路面電車が走っている。電車のデザインもいろいろあり、2つの車両を連結した電車も走っていた。

大きなパッカー車がゴミを集めていた。日本のパッカー車よりもかなりの大型。雨が降ってもこういう仕事は休むことはできない。大事な仕事だ。

私達の持っているガイドブックに、
「ザルツブルグは東アルプス山脈を望む、ドイツと国境を接するオーストリアの都市です。街はザルツァッハ川によって二分され、左岸には中世やバロック様式の建物がある旧市街があり、右岸には19世紀の新市街があります。」と書かれている。

私達が歩いているのは、世界遺産ザルツブルグ市街の歴史地区。
目指しているのは映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台、ミラベル庭園。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」で、マリアと子どもたちがドレミの歌を歌ったところ。
左側の建物は市の建物で、中を見学することはできなかった。
しかし庭園は素晴らしく管理されており、雨に煙るミラベル庭園はとても趣があった。雨の中を歩くのは大変だが、こういった風景は雨でしか味わえない。

ドレミの歌を歌っていた階段。
ベガサスの像のある池もあり、映画の場面を思い出させる。

一緒のツアーの人で、ノートパソコン?タブレット型のパソコン?に、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の資料を沢山入れて持ってきている人がいた。
時々その資料を見せてもらい、「ここがあの場面のところか」「ここでマリアが・・・」と画像データと実物の建物や風景を見比べながら見学することができた。映画と映画のロケで使われた場所の相乗効果で、サウンド・オブ・ミュージックがぐっと身近に思えた。

雨のためか、観光客もそれほど多くなく、ゆっくりと庭園や彫刻、池や噴水を見てまわることができた。
下の写真は映画の中でマリアと子どもたちが歌って踊っていた銅像でのショット。時間の経過が銅像の色を変えていた。

銅像を通り、ミラベル庭園を出ると、道路向こうに見えるパステルカラーの建物、赤い旗が見える家がモーツアルトが住んでいた家だそうだ。

モーツアルトが住んでいた家の隣にあるこの家は、なんとドップラー効果を発見したドップラーの家。「へえー、ドップラーってザルツブルグの人だったんだ!」私は一人感心してカメラのシャッターを押した。

家の二階部分にはってある掲示板のようなものを拡大すると、写真のように、
CHRISTIAN DOPPLER 
の文字が読み取れる。

ドップラー(1803年〜1853年)はオーストリアの物理学者であり数学者であり天文学者であった人。
モーツアルトは1756年〜1791年の人だから二人の交流はなかった。でもこの二人の家が隣同士になっているなんて、なんと偶然なんだと感心した。
スイス・オーストリアは、世界の文化の中心だったんだなあと思う。

このあとショッピングストリートへまわり、ノンベルク修道院のほうに向かう。