愛蘭土紀行 22

ハミルトン アイルランドの生んだ天才数学者

 

トリニティ大学の図書館のひとつ、ロング・ルーム。
部屋の長さ約65メートル、蔵書が20万冊といわれている。
スター・ウォーズのエピソード2・クローンの攻撃に登場するジェダイ図書館のモデルとも言われている。
書架の柱付近には大理石の胸像がならんでいる。
その中に、アイルランドが生んだ天才数学者ハミルトン(1805〜1865)の胸像もあった。
ハミルトンはダブリンで生まれている。
ガイドさんの話を聞いていて、「大学でならったような気がするが・・・」よく覚えていないなあ・・・。
現地ガイドのナオコさんの話で「心は孤独な数学者」という本の紹介があった。ナオコさん自身も読まれたようで、数学者の考え方や生き方が興味深く紹介された。
日本に帰ってきて図書館で借りたのが左の本である。

ハミルトンはニュートンの再来ともいわれた天才で、四元数の発見者として知られている(1843年)。四元数は剛体の回転運動や、結晶構造の解析に役立ち、スペースシャトルの姿勢を制御する計算にも使われたそうだ。

この本には数学以外にもハミルトンの純情とロマンスが書かれているが、それはこれから読む人の楽しみとして、アイルランドの歴史が詳しく書かれている。その部分を引用してみよう。

「16世紀にイギリス王ヘンリー8世が、自らアイルランド国王を兼ねると宣言してから、イギリスによる蹂躙はすさまじい。ヘンリー8世の娘エリザベス1世は、植民地化を進め、17世紀のピューリタン革命では、チャールズ1世の首をはね、共和国を成立させ勢いに乗るクロムウェル軍が、アイルランドに上陸した。内外の反革命勢力がここに結集するのを恐れ、カトリックの大量虐殺を含む徹底弾圧を行った。カトリックの男はもちろん、僧侶、婦女子の頭までを棍棒で叩き割り、僧院を根こそぎ破壊した。そのうえ、軍資金回収のため、カトリックの土地や資産を大量に没収した・・・・略・・・・アイルランド人は以後、貧民層を形作ることとなった。聖戦の名を借りた強奪だった。19世紀中頃には、自作農所有の土地はほんの3%にすぎなかった。

 1801年に併合してからは、アイルランドを小作地化し、容赦ない年貢取り立てを実行したため、国民の7割を占める農民は飢饉のたびに飢えて死んだ。特に1845年から4年間にわたるジャガイモ不作の時は、大飢饉で、餓死者だけで100万人、アメリカやイギリスなどへの移住を加えると、アイルランドの総人口の2割を失った。ケネディ家もこの時にボストンへ移住した。アメリカへの移住者はフィニアン同盟を結成し、『土地は人民のものか、征服者のものか』と呼びかけ、土地解放と独立を目指す反英運動を支援することになる。
 実はこの期間、農民の常食たるジャガイモは、広がった胴枯れ病により凶作だったが、小麦はむしろ豊作で、乳製品と共に、不在地主の住むイギリスへ大量輸送されていたのだった。イギリス政府はこれを難民救済に振り向けるだけでよかったのに、それすらしなかったのである。

 農業ばかりでない。イギリス本国繁栄のため、工業発達を抑圧し、ゴールウェイをはじめとする西部の良港を封鎖するなどして、海外貿易を阻害した。また各種の差別的法律により、教育や仕事の機会まで奪い、アイルランドを無知無学化、無気力化し、自国の資本主義発展のためのみに存在する、貧民の島としたのである。19世紀に人口の減少した国は、世界中でアイルランドのみと言われている。これはイギリスとの併合が何を意味したかを物語っている。」

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行1」にも「愛蘭土紀行2」にも何回もイギリスの侵略のことが書かれている。

「結局、クロムウェルは侵略し、カトリック教会をこわし、神父や修道女を殺し、土地を戦利品のようにうばい、カトリック教徒を小作人におとし、公民権をあたえず、また商工業に従事することが不可能なほどに制限した。この大侵略は宗教戦争なのか、あるいは利益がほしいというだけの侵略戦争なのか、結局、その両方を混合した感覚で見ねばわからない」(愛蘭土紀行2、P250)。

 

「愛蘭土紀行1」の表紙はダブリン・トリニティ・カレッジの図書館である。そこにはハミルトンの胸像が写っている(はずである)。

ハミルトンは1805年ダブリンで生まれている。早熟で5歳で英語、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語を読解する才能。10歳までにはイタリア語、フランス語、ドイツ語、アラビア語、サンスクリット語、ペルシア語が加わる。さらに10歳でユークリッドの『原論』を読み、12歳でニュートンの『プリンキピア』を読み、天文学に魅せられると言う。
四元数の発見について、「心は孤独な数学者」にはこのように書かれている。

「・・・それまであいまいだった複素数を、実数の対として公理論的に再構成することに成功する。彼は複素数が二次元のものであることに着目し、三次元への一般化を見出そうと苦心を重ねる。10年あまりの思索の後、三次元を超えて四次元へと導かれたが、ついに1843年10月16日、ハミルトンは、散歩でブルーム橋に差し掛かった時、四次元の概念に想達する。これはa✕bとb✕aが異なる、という点で革命的な代数系であった。彼自身はこの突然の閃きに深く感動し、ナイフでこの橋の上に、四元数の基本式を刻み込んだのである。」

この橋の見学は私達のツアーの行程にははいっていない。現在のその橋には、ハミルトン自身の刻んだものではないが、そのことを記した碑文があるそうだ。

アイルランドは作家、詩人、政治家だけではなく、ハミルトンのような大数学者を生み出した国でもあったのだ。

私達はトリニティ・カレッジの見学の後、スイフトやラフカディオ・ハーン(小泉八雲)に関係する場所の見学となる。

 

 

 

 

 

愛蘭土紀行 その3

左の本は今回のツアーで大変お世話になった現地ガイドの山下直子さん著作の「絶景とファンタジーの島 アイルランド」という本。
旅行に出かける前に、妻が図書館でガイド本を探していたときに借りてきた本。
山下直子さんは、松本侑子さんとは赤毛のアンつながりの人。赤毛のアンのファンクラブ、バターカップスには中学生から入っていたと言うから、筋金入りの人だ。
山下直子さんご自身はブログを書かれていて、「ナオコガイドのアイルランド日記」というタイトルでアイルランドのことがよくわかるブログだ。
ブログにあるご自身の紹介は「アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランドに在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。」とある。その方のガイドだから、中身はたっぷりだった。
 ナオコさんのブログにも私達のツアーのことが取り上げられていて、詳ししい説明も載せられているので、私が改めてブログに書く必要もないのだが、初めてのアイルランド体験ということで書いていこうと思う。   http://naokoguide.com/

ここは朝食を食べたホテル内のレストラン。このホテルは昨年にオープンしたという新しいホテル。
壁の壁画には Pro tanto quid retribuamus と書かれている。
日本に帰ってネットで調べてみると、北アイルランドのベルファストの紋章に書かれている言葉らしい。

 そしてこの言葉はラテン語の詩編からの引用らしい。ネットでの英文を引用すると、
The city of Belfast has the Latin motto “Pro tanto quid retribuamus.”
This is taken from Psalm 116 Verse 12 in the Latin Vulgate Bible and is literally “For (Pro) so much (tanto) what (quid) we shall repay (retribuamus)”
The verse has been …
翻訳は色々とあるらしい。「私に対するすべての恩恵のために、主に何をささげるべきでしょうか?」「これだけの見返りに、何を返還するのか」
キリスト教の教えについてほとんど知識のない私には、その意味するところはなかなかわからない。

朝食はバイキング形式。 食事の後、ホテル近くのシティホールに散歩に出る。

松本侑子さんと出会ったので、一緒にシティホールに行く。
シティホールは1888年に造られたもので、正面はヴィクトリア女王の姿。
松本侑子さんは取材のためか、あちこちでカメラのシャッターを切っていた。

ここには大西洋で沈没したタイタニック号のメモリアルガーデンがあった。

像の後ろにある横に長い黒い石には、沈没でなくなった人の名前がすべて刻まれているそうだ。

タイタニック号はこのベルファストの造船所で造られたもので、このあとの観光にそれに関係する場所が含まれている。

ホテルに帰るまでの街角にあったスターバックス。世界中にこの店はあるのかと思うほど、よく見る。
さあ、8時30分にバスで市内観光に出発だ。まずはナルニア国に関係する所へ行こう。

 

 

 

愛蘭土紀行 その2

予定時刻どおりアムステルダムに着いたようだ。

おかげで全力疾走で移動することはなかった。

乗り換えてイギリス領アイルランド、ベルファストに行く。

アムステルダムと日本の時差は7時間。ベルファストとは8時間の時差。

この旗がめじるし。Kライン・トラベルの刺繍が美しい。だれが作ったのか聞くのを忘れていた。

乗り換えた飛行機はCityhopper 100 と機体に書かれている。
昔のYS-11見ないな感じかな?

軽食が出た。 映画は見られないので、司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行1」を出してくる。「愛蘭土紀行」といっても、「愛蘭土紀行1」のほとんどはイギリスのこと。後半にアイルランドのことがでてくる。司馬遼太郎さんの意識として、アイルランドを語る前に、イギリスとの関係を押さえなくてはならないと考えたのだろう。

ベルファストに到着。荷物も到着。
荷物も乗り換えしてくれるのだから便利なものだ。
バスに乗ってホテルに移動する。

一泊目のホテルは Grand Central Hotel Belfast グラント・セントラルホテル・ベルファスト 上の左の写真は空港でのホテル紹介の写真。右はホテルの部屋からのながめ。アイルランドの夜空は曇っていた。
緯度の高い国での夜空を見るのを楽しみにしていたが、市内のホテルなどで周囲が明るいこと、そして空の雲のため、夜空の星や月を見ることはできなかった。

夕食はついていない。パンフレットにも「夕食は長時間フライトと時差の関係から体調に合わせて各自お召し上がりください。日本からレトルト食品等をスーツケースに入れてお持ちいただくと便利です」とある。
用意してきたカップライスで夕食とする。
お風呂はバスタプがあるので、これも日本から持参のバブでしっかりと温もることにした。
明日からが本格的な観光・勉強がはじまる。