けったい落語 立体らくだ

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繁昌亭の「第10回けったい落語・立体落語(お盆編)」を見に行く。
これは6月の繁昌亭の寄席で招待券が当たったもの。
立体落語って?と楽しみにしていた。 雨がふり、阪急電車に乗り入れている地下鉄谷町線のダイヤが乱れる日だったけれど、結構な入り。

「けったい落語」とは、あまり演じられない、あまり聞くことのない落語を紹介するものらしい。今回は桂文喬さんの「次の御用日」で、これは難波神社の寄席で、桂文喬さん自身が「ねたおろしです」と言っていたものだ。
文喬さんが冒頭で、「この落語はやかましいんです。家で練習していたら、よめはんが『うるさい!』って言うてね、、、。お客さんも『うるさい!』って声をそろえて言わんといてくださいね」と笑いを取る。
いつもながらの熱演。のどは大丈夫ですか?

もらったパンフレットに「昔の大阪弁」のことが書いてあった。
私自身も大阪生まれの大阪育ちだが、知らない言葉もいくつかあった。
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「だんない、だんない」は「みをつくし料理帖」でも印象にのこった言葉。響きがいい言葉だけれど、私自身は使ったことはない。
「とうやん」よりも「とうさん」のほうが記憶がある。
でも、「こいさん」といえば、昭和35年(1959年)頃からはやった藤島健夫さんの「月の法善寺横丁」。
 
  包丁一本 さらしに巻いて
  旅へ出るのも 板場の修業
  待ってて こいさん
  哀しいだろが
  あゝ 若い二人の
  想い出にじむ 法善寺
  月も未練な 十三夜

   「こいさんが、わてをはじめて法善寺へつれて
   来てくれまったのは『藤よ志』に奉公に上がっ
   た晩やった。はよう立派な板場はんになりいや
   云うて、長いこと水掛不動さんにお願いしてく
   れはりましたなあ。あの晩から、わては、わて
   は、こいさんが好きになりました」

       (作詩 十二村哲  作曲 飯田景応)

 

次は桂福丸さんの「金明竹」から。

「わてナ、加賀屋佐吉から参じました。  《はじめ丁寧に》先度(せんど)、仲買いの弥市(やいち)が取り次ぎました道具七品のうち、祐乗(ゆうじょう)光乗(こうじょう)宗乗(そうじょう)三作の三所物(みところもん)。ならびに備前長船(びぜんおさふね)の則光(のりみつ)、四分一(しぶいち)ごしらえ橫谷宗珉(よこやそうみん)小柄(こづか)付きの脇差ナ、あの柄前(つかまえ)は旦那はんが古たがやと言やはったが、あれ埋れ木(うもれぎ)やそうで、木ぃ~が違(ちご)うておりますさかいにナ、念のため、ちょっとお断り申します。  《だんだんと早口に》次はのんこの茶碗、黄檗山金明竹(おうばくさんきんめいちく)ずんどの花活(はないけ)、古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・ありゃ、風羅坊正筆(ふうらぼうしょうひつ)の掛け物、沢庵木庵隠元禅師(たくあん・もくあん・いんげんぜんじ)張りまぜの小屏風(こびょうぶ)、あの屏風はなァもし、わての旦那の檀那寺が兵庫におましてナ、ヘイ、  《ひどく早口で》その兵庫の坊主の好みます屏風じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主の屏風になりますとナ、かよう、お言伝え願いまぁ。」

 噺家さんは「寿限無」のつぎに「金明竹」と習っていくそうだ。口の体操、滑舌の練習だが、私には全くできない。 何を言っているのかをネットで調べてみた。演者によって多少のちがいがある。これは以下のホームページからとった。ここにはそれぞれの品物の説明もある。

http://ginjo.fc2web.com/113kinmeitiku/kinmeitiku.htm

さて、メインの立体落語「らくだ」。笑福亭扇平さんの説明がある。
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「らくだ」という演目は、私は笑福亭松鶴さんのものをラジオで聞いた記憶がある。それから桂米朝さんのも聞いたような気がする。 立体落語というのは、「鹿芝居」(しかしばいーはなしかの芝居、ということ)のことだそうだ。 「らくだ」の「かんかん踊り」までを、笑福亭扇平さん、桂文喬さん、笑福亭仁嬌さん、桂三歩さんが舞台で落語どおりに芝居をするというもの。 らくだの役は桂三歩さんで、あの重たい体を桂文喬さん、笑福亭仁嬌さんがかついで踊らせるのだが、幽体離脱のアドリブがあったり、最後には桂三歩さんが勝手に踊りだして涙がでるくらいに笑った。

舞台が終わった繁昌亭の前には、桂文喬さん、笑福亭仁嬌さんたちがお見送り。桂三歩さんはらくだの経帷子の衣装のままでファンの人と写真ととっていた。さすが記念写真まではよう撮らなかった。ブログにも載せることもできないしね。

お盆の日に不謹慎という声があるかも知れないが、生きているもの、亡くなったものがいっしょになって世間の不条理を吹き飛ばすエネルギーが、「らくだ」や繁昌亭の笑いにあると思った。