古事記を英語で読む

NHKラジオ講座(英語)に
Enjoy Simple English
がある。
一日5分間だけの放送、しかし中身は充実している。
金曜日は「英語で味わう日本文学」。今月は「古事記」。
以前に「枕草子」がこの番組で紹介された。
しばらくこの番組を聞いていなかったのだが、「古事記」というテーマなので久々に聞いてみることにした。

ところで「古事記」という文学は知っているようで知らなかったことに気づかされた。
私は小学校のときに「日本の神話」というような題名の本を読んでいたが、時とともにその記憶も定かでなくなってきた。

今回英語て「古事記」を読むにあたってもう一度勉強し直そうと思った。
そこで内容がよく分かるようにと次の三冊を図書館で借りてきた。

「21世紀版 少年少女古典文学館 
古事記」(橋本 治 著、講談社)

マンガ古典文学 古事記
(里中満智子 著、 小学館)

ぼおるぺん 古事記
(こうの史代 著、平凡社)

最初の一冊だけがふつうの翻訳版の「古事記」で、あとの2つは「マンガ」だ。
しかしこの三冊はなかなか工夫されていて、英語で書かれた「The Kojiki」を理解するのに役に立ちそうだ。

4月2日の放送は
「The Kojiki − The Begininig 」

This story took place a long, long time ago.
The world was just beginning.
Then the world divided into two, the land above the sky and the land below the sky. In the land above the sky, the first three gods appeared. At that time, the land below the sky was still soft and unshaped like a jellyfish.

「古事記」は漢文で書かれている。そのため私達は現代語に翻訳したものを読んでいるわけだが(枕草子や源氏物語のように)、その原文というのはどんなものなのだろう。ネットでしらべると様々な本が紹介されている。
ここでは私の借りてきた本にその原文が載せられていたので、紹介する。

こうの史代さんが、ホールペンで1ページに縦に約50字・横40行で4ベージにわたって漢文で「古事記」を書き写して紹介している。

天地初發之時於高天原成神名天之御中主神・・・

天地(あめつち)の初(はじ)めて發(ひら)くる時(とき)、高天原(たかまのはら)に成(な)れる神、名は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・・・

という「有名な」文言から始まる。続いて

次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、次に神産巣日神(かみむすひのかみ)、此の三柱の神は並(みな)独(ひとり)神也りまして隠身(かくれみ)なり。

ここまでが、こうの史代さんの漢文の1行目の内容である。またそれは

Enjoy Simple English

the first three gods appeared.

の部分に相当する。
この隠身というのが私には面白く感じられた。
橋本治さんの「古事記」では、
「人にお姿をあらわされるということはないのでした。」
里中満智子さんの「マンガ古典文学古事記」では
「姿形のない『とある存在』としての神が生まれた」
こうの史代さんの「ぼおるぺん古事記」では
点線で神の姿が書かれていて、欄外に
「現世に姿を現さない存在でいらっしゃる」と注が書かれている。
姿かたちのない神と人間の姿をした神が存在している、というのが日本古来の神の捉え方なのかもしれない。

左の「ぼうるぺん古事記」の5行目に
伊邪那岐の神(いざなきのかみ)、伊邪那美の神(いざなみのかみ)が登場する。
二人は天の沼矛(あめのぬぼこ)をもらい、ここから国生み神話がはじまる。
続きは次回に。

 

 

 

 

映画「この世界の片隅に」

封切りの日に、この映画「この世界の片隅に」を見に行った。

昨年の8月にコミック「この世界の片隅に」を読み、映画化されることを知ってブログに書いて1年以上が経っていた。(下はコミックの表紙)

封切りの日の朝日新聞朝刊に、全紙大のポスターが出ていてびっくりした。

これだけの宣伝なのに、映画館は大阪市内はテアトル梅田の一館だけ。映画の上映のときに「好評のためシネ・ヌーヴォ梅田でも上映」というテロップが入ったが、当初は全国で63館だったそうだ。
 12日、13日の土曜日曜の公開で3万2032人の観客動員数で、全国映画動員10位にランクインされたと言うから、その人気の高さは想像できる。

私はネット予約していたので座ってみることができたが、立ち見券も出て大入り満員だった。映画を見終わって出ると、次回の人がずらっとならんでいて関心の高さを実感する。

さてこの映画について調べてみた。ウィキペディアによると、

「劇場アニメが、2016年11月12日に公開された[。片渕素直が監督・脚本を務める。片渕自身がこの作品のアニメーション映画を企画し、こうのに許諾を請う手紙と自作『マイマイ新子と千年の魔法』のDVDを送った。こうのは1996年に放送された片渕のテレビアニメ『名犬ラッシー』にあこがれ、「こういう人になりたい、こういうものが作りたいと思う前途にともる灯」として捉えていたため、この手紙を喜び枕の下にしいて寝たという[
2012年8月17日にtwitterにて制作発表、翌日より第一弾ポスターが広島県・山口県を中心に展開された[。アニメーション制作はMAPPA。ポスターの作画は浦谷千恵。制作状況は、監督によってWEBアニメスタイルのコラムで連載されている。
2015年3月9日からはクラウドファンディングサイトMakuakeで2000万円を目標に[資金調達[が開始され、2015年3月18日午前2時50分に達成。集めた資金はスタッフの確保やパイロットフィルムの制作などに使われる予定と記載されている。最終的に5月29日までの延べ82日間で3622万4000円を調達し、支援者は3374人となった。支援者数は国内クラウドファンディングの過去最高人数で、支援金額も映画部門では国内最高記録。これを受けて2015年6月3日に製作委員会が発足し映画制作が正式に決定。配給は東京テアトル」

クラウドファンディングという方式があるのを知らなかった。知っていたら私も一口参加していたのに。

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左はこの映画のカタログの裏表紙より取ったもの。このカタログは内容が素晴らしい。
映画を見る人は、是非とも買ったらいい。この二日間で完売して増刷しているそうだ。
ふだんパンフレットやカタログを買わない人も、この映画を見て買っているということだ。

作品の内容は以前にブログで書いているのでここでは詳しく書かない。映画が評判なってきたので、新聞やテレビで紹介されることも多くなってきたので、知る機会も多くなったと思う。

映画を見ての私の感想、多くの人が見るといい映画だと思った。世界的にも、日本的にも、この時期にこの映画が上映されたことは意味があることだと思う。
原作と映画とは違うことが多い。この映画でも紹介されなかったエピソードがある。私は映画化と知ったときに、映画ではどのような脚本になるのかなあと思っていた。パンフレットの監督の談話を読んで、「映画の中心は、すずさんの義理のお姉さんの径子さん」ということなので、なるほどそのような脚本になったのかと思った。

この映画のパンフレットは、多くの人が内容に関わっての記事を書いている。

◯監督・脚本の片渕須直さんのインタビュー
◯スタッフインタビュー
 (浦谷千恵さん、松原秀典さん、林孝輔さん、コトリンゴさん)
◯北条すず役 のんさんのインタビュー
◯原作 こうの史代さんのインタビュー
◯アニメ研究家/明治大学大学院客員教授 氷川滝介さんの寄稿
◯映画家/料理家 大林千茱萸さんの寄稿
◯漫画家 青木俊直さんの談話
すずさんの生活に合わした歴史年表やロケ地マップなど盛りだくさん。
映画をご覧になったら、パンフレットは欠かせないと思う。

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左は、この映画パンフレットにあったすずさんの手紙の一枚。

すずさんの人柄がじんわりと伝わってくるような絵手紙が4枚、このパンフレットに載せられている。

最後に監督のインタビューからの引用を紹介する。

「・・・物語のラストで、すずさんは自分には作ることのできなかった子どもを拾います。そこで彼女は、どう「母親」として振る舞えるかという課題に直面する。僕はレコーディングルームにいたのんちゃんに、「ママになれ」と声をかけることになりました。そこにはもう、23歳になるのんちゃんも、20歳ぐらいのすずさんという人もいなくなって、「お母さん」になった人が出現するはずだと。
 で、その人は多分、戦災孤児のその子のことを、いちいち肯定してあげるだろうなとおもったんですよ。焼け跡で腕にしがみついてくれば、手を添えるだけじゃなくて「うん」て言ってやる。家に連れて帰ってノミやシラミがワッと出てきた時は、元々の絵コンテでは「あっ」って書いてたんだけど、「ありゃ」とか言って、事も無げに着替えさせてやる。そういう、お母さんというスタンスでの所作が見出せたことで、後半の辛すぎる体験を通じてすずさんがどう成長したかという映画の終着点が、やっと描ききれたのです。
 だから、原作にない、その後のすずさんたちが明るく生きていく姿を、エンディングテーマに重ねて急遽描きました。いくつもの縁と幸運が連なって僕ら作りて側が確信したように、すずさんたちは確かに、我々の「この世界」の片隅に実在する。そんな実感を、なるべく多くの観客の皆さんに届けられたらいいなと、本当に願うばかりです。」

映画のラスト、エンディングは必見。
映画館は胸にしみるような静けさがただよっていた。

 

 

第2回クラウドファンディング 目標突破!

 11月23日に「この世界の片隅に」のオフィシャルサイトを見ていると、映画を世界上映させるために監督を現地に送る取り組みがなされるそうだ。その費用のためのクラウドファンディングを開始するというニュースがあった。目標額1000万円。期日は来年の1月30日まで。私は一口応募することにした。
24日にホームページみると、開始して11時間で目標額を達成していたという!。
金額は1800万円を突破していた。
イギリス、フランス、ドイツ、メキシコ、アメリカをはじめ15カ国で上映が決まっているという。監督はこれら国々を訪れ、映画を見た人々との交流を考えられているそうだ。私はこの意見に大賛成。是非「この世界の片隅に」の映画を全世界の人々に見てほしい。そして戦争の悲惨さとそこでたくましく生きてきた人々の生活ぶりを知ってほしいと思う。

日本の多くの映画館で、「この世界の片隅に」の映画を上演してほしいものだ。

オフィシャルサイトのアドレスは以下のとおり。

http://konosekai.jp/

 

 

 

この世界の片隅に

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上の二冊の本は、こうの史代さんの「この世界の片隅に」の前編と後編の二冊。
舞台は戦争中の呉。
こうのさんの本は以前に「夕凪の街 桜の国」と「ぼおるぺん古事記」を読んだことがある。「この世界の片隅に」は名前は知っている本だが、読むきっかけがなかった。ところが最近この本がアニメで映画化されることを知った。よし、映画化される前に読んでおこう、と思い購入した。
期待通りの本だった。

こうの史代さんのやわらかな線とタッチ、ようく計算された構図。読む人にとって心地よい画面、でも内容は深い。
この「この世界の片隅に」は戦争中の呉を舞台に、ヒロシマの原爆、戦艦大和、空襲などの70年前の日本が描かれている。中心は主人公のすずの目を通した呉とヒロシマの町と人と毎日の生活。
一回さっと読めばわかった、と感じるマンガや小説が多い中で、「この世界の片隅に」は私は時間をかけて繰り返し読んだ本だった。

インターネットで検索してみると沢山の人達の感想がアップされている。
あらためてあらすじや解説を書く必要がないので、ここにはこうの史代さんの後書きを紹介しておこう。(クリックすると拡大します)

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あとがき

 わたしは死んだ事がないので、死が最悪の不幸であるのかどうかわかりません。他者になった事もないから、すべての命の尊さだの素晴らしさだのも、厳密にはわからないままかも知れません。  そのせいか、特に「誰もかれも」の「死」の数で悲劇の重さを量らねばならぬ「戦災もの」を、どうもうまく理解できていない気がします。
 そこで、この作品では、戦時の生活がだらだら続く様子を描く事にしました。そしてまず、そこにだっていくつも転がっていた筈の「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました。
 呉市は今も昔も、勇ましさとたおやかさを併せ持つ不思議な都市です。わたしにとっては母の故郷です。わたしに繋がる人々が呉で何を願い、失い、敗戦を迎え、その23年後にわたしと出会ったのかは、その幾人かが亡くなってしまった今となっては確かめようもありません。だから、この作品は解釈の一つにすぎません。ただ出会えたかれらの朗らかで穏やかな「生」の「記憶」を拠り所に、描き続けました。
 正直、描き終えられるとは思いませんでした。
 幾つもの導いてくれる魂に出会えた事、平成18年から21年の「漫画アクション」に、昭和18年から21年のちいさな物語の居場所があったこと。のうのうと利き手で漫画を描ける平和。そして今、ここまで見届けてくれる貴方が居るという事。  すべては奇跡であると思います。
 有難うございました。

2009年2月 花粉の朝に          こうの史代  

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戦争前の日本は今とまったくちがった価値観の世界だった。

親のいうままに結婚が決められ、相手の男性と話すこともなく結婚。嫁ぎ先での生活をはじめた主人公のすず。
そういえば女性の参政権の獲得は敗戦後であった。
現在の価値観で戦前の暮らしや思想を判断するのは、その世界を生きてきた人々に失礼であると私は思う。
今の世界の延長線上に過去があったのではないことを知ることは大変重要である。その意味でこの本、「この世界の片隅に」は誰もが読んで欲しい本である。

こうの史代さんのインタビュー記事を二つ見つけたのでここにアドレスを書いておく。私のブログよりもずっとわかりやすいインタビュー記事だと思う。

http://www.mammo.tv/interview/archives/no277.html

http://konomanga.jp/interview/29799-2

もうひとつ紹介しておきたい本 「いちえふ」

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これは福島原子力発電所で働く人を題材とした本。(著 竜田一人 講談社)
サブタイトルに「福島第一原子力発電所労働記」とある。

ここで書かれていることは現在進行形の話。
大阪から遠い地と思ってしまう福島。でもヒロシマも呉も沖縄も遠いはず。自分の知識の量によって遠い、近いと感じてしまうのかもしれない。
そういう意味では私にって福島は遠い。
 私は30年ほど前に日本海側の原子力発電所の見学に行ったことがある。企業側の説明と地元で反対運動をしている人たちの声の両方を聞くという趣旨の見学会だった。巨大なタービンや、分厚いドアの窓越しに管制室を見た記憶がある。
また福島原発事故のあと、お世話になった先輩の誘いで島根県に行ったことを思い出した。ご夫婦とも大阪で言う連合町会の会長や女性部長を務められている人だ。女性部長をつとめている奥様が「今度老人会の女性部の社会見学でね、〇〇原子力発電所に行くのよ」とサラッとおっしゃるのにびっくりした。鳥取県や島根県にとっては、原子力発電所はとても身近な問題で関心の高いところだと知った。
 先日、福島に行ってきた人の話を聞いた。福島も暑い夏、というのが第一印象だった。原子力発電所で働く人がいること、自分の故郷に帰ることのできない住民がいること、今の情報社会であるはずの時代でもまだまだ知らないこと、知らされてないことが多い。
 この「いちえふ」で、マンガという手法だが、原子力発電所廃棄に向けてどんな作業がなされているのかを知ることができた。自分で求めれば、不十分であっても何かしらの情報が手に入るのは、ある意味では良い社会なのかもしれない。

 先日のテレビで、8月6日が何の日かも知らない若者がいることを知って驚いた。
8月9日も同様だろう。
そして8月15日も。戦後70年、毎年毎年新聞やラジオ、テレビ、ネットでこれだけニュースとして流れていても、そしてたぶん学校で教えられていても、「知らない」と答えるんだ。それは何故なのだろう。
戦争に負けて、逆に勝ち取られた多くの権利。女性参政権しかり、言論の自由しかり、表現・出版の自由しかり、思想信条の自由しかり、国民主権、あらためて考える日としたい。
70年目の8月15日は明日。