残り恵比寿

1月11日、残り恵比寿。残った福をもらいに行こうと、妻と娘と一緒に今宮戎に行く。いいお天気だ。お昼前なので、人も混雑するほどではなかった。

本殿向かって右の入り口には、幼稚園の子供達が描いた「はばたき」と名付けられた大きな絵が掲げられていた。

福娘さんたちの周りは、人がいっぱい。
大きなカメラを持った人たちも多い。
今年は肌の色の違う外国人の福娘さんたちが目についた。えべっさんも国際的だ。

狛犬の首の周りに、10円玉、5円玉、1円玉があった。
投げたお賽銭が引っかかったのか、わざわざここに置いたのか、初めて見た光景だ。

恒例のおみくじ。凶は出ずに、半吉、末吉、吉の三種類が出た。
努力して待てば願いは叶うようだ。

「恵美小学校PTA」と書かれたのぼりを発見。
恵美小学校は校区に「今宮戎神社」や「通天閣」があるという、歴史のある学校だった。大阪市の統廃合の政策によって、2017年3月に閉校となった。

今年も今宮戎神社の正門左には、「恵美小学校PTA」の提灯が下げられている。
「今年も恵美小学校PTAでアメを売っているんですね?」と声をかけると、
「ええ、売上は学校の子どもたちのためにカンパしています」とにっこり笑いながらPTAらしい人が答えてくれた。
恵美小学校、日東小学校、日本橋小学校の3校は統合して、大阪市立波速(なみはや)小学校となり、日本橋中学校との施設一体型の小中一貫校となった。
そんな歴史の中でも、えべっさんのアメは恵美小学校PTAの名前で売られているのは感慨深いものがある。

今年も拝殿裏側にあるドラをたたいて「世界平和」を祈る。

なんばまで歩くが、屋台の屋号や宣伝がカラフルになったことに気づく。
今年は「韓国風のたべもの」などの外国人目当てらしい屋台が多いと感じた。
トランクを引きずる観光客、私学の女子高校生のグループ、若い男の子たちの賑やかな集まり、年代や国籍を超えた人の流れが続いている。

例年見る「芭蕉せんべい」のおじさんの屋台がみあたらない。「堺の包丁」のおじさんのお店はあった。屋台も時代とともに変化、移り変わっていくようだ。

2019年が良い年でありますように。えべっさん、たのんまっせ!!

 

 

 

えべっさん(今宮戎・廣田神社) 2018

ピンぼけの写真だが、これは1月9日、えべっさんの宵宮の様子。南海電車で難波を出て「今宮戎駅」の近くで、電車の中から撮った写真。
宵宮といえどもさすが「今宮戎のえべっさん」。多くの人の流れが見えた。
翌日の10日の本宮はお天気が悪いので行かず、11日の「残り恵比寿」にお参りに行った。

残り恵比寿、夕方、平日ということもあって、去年のように入り口で待たされることもなく、スムーズに境内に入ることができた。

入り口には、「恵美小学校PTA」の提灯がこれまで通りにあった。「恵美小学校」そのものは大阪市の学校統廃合のなかで、昨年に近隣の「日本橋小学校」「日東小学校」との三校の統合があり「大阪市立浪速(なみはや)小学校」となった。校舎は日本橋中学校の改築で中学校の中に位置づいて、施設一体型の小中一貫校となっている。
学校はなくなっても、提灯だけが今宮戎神社の鳥居の一番近くにあるのが、なんとなく寂しいが、地元の人達の思いがあるような気もした。

本堂のお賽銭箱にも、余り押されることもなく進み、ゆっくりと拝むことができた。

福娘さんの前では、いつものように多くの人、カメラを持った人がいっぱい。
福娘さんたちの可愛らしさについ笑顔が出る。

えべっさんの本殿の裏にある金属のドラのような太鼓?、思い切り叩いてのお参り。 えべっさんは大きな音を出さないと気づいてくれないという逸話があるので、みんな笑いながらガンガンとたたく。

恒例のおみくじ。今年は凶ではなかった! 
妻は「吉」で「旅人の いく山越えて ゆきゆかば はるかに ひとつ ともしびのかげ」。私は「半吉」で「あらし吹く 世にも動かじ 吾が家は 巌に根ざす 松のごとくに」。ちょっといいことがあるのだろう。

難波に向かう途中にある「廣田神社」にもおまいり。 時々よっているが、今回訪れたのは、南海電車の広報誌「NATTS」にその紹介があったからだ。

次のように紹介されている。
「難波停車場をへだてること五丁余・・・今宮村に在ります(南海電車案内上巻)、
神功皇后にまつわる伝説があり、祭神は天照大神の荒魂(あらたま)とされる。創建年代は不詳。 江戸時代には、一帯が廣田の杜といわれ、鬱蒼とした森におおわれていた。門前の池のほとりには、紅白の萩を植えた二軒の茶店があり、「萩の茶屋」と呼ばれていたとの言い伝えがある。当神社の神使とされるアカエ(アカエイ)は、難病悪疫退散の守り神として信仰されている。(参考文献 南海鉄道案内 浪速区史)」

本殿には「アカエイ」の絵馬が奉納されている。

神社の入口に「アカエイ」の由来を書いた掲示板があった。いろんな言い伝えがあるらしいが、「エイの尾には鋭いトゲがあり、刺されると毒ですごい痛みがある。漁師はエイを捕らえると尾の付け根からプッツリと切り落とすそうで、この尾を切り落とすことから、痛みを切り落とす、悪疫を断つ、という信心になった」ということらしい。

道路に並ぶ露天は時代を反映しているようだ。今年は「ミニオンズ」のお店が多かった。カステラのお店も目に入る。銀杏を売っているお店も。思わず「御堂筋のイチョウの銀杏?」と思うが、口には出さず。
堺包丁のおじさんは今年も店を出していた。
バショウせんべいのおじさんの姿は今年も見えず。
露天商の人たちも高齢化か? 
あびこ観音の節分のお参りに行って、バショウせんべいのおじさんがいるかどうか確かめてみようと思った。

露天の並ぶ中をブラブラと歩く。
途中に古道具などのガレージセールがあった。あれ? これはパンダの剥製?
そばにはワールドサファリの鑑定書が置いてある。
「本件標本はジャイアントパンダの成獣に相違なく、保管状態も極めて良好であることを認めます」
これって本物ですか?
通る人は笑いながらカメラ、スマートフォンで写真を撮っている。
私もその中の1人。パンダというよりも、シロクマのぬいぐるみに色を塗ったような感じ。えべっさん⇒笹⇒パンダ という洒落かな?
いやいや今宮戎はおもしろい。

今年もおもしろい年になりますように。

 

 

 

エビス祭りとえべっさん

 

ここは「萩原神社」。
地元では萩原天神として知られるところ。
ここに萩原戎神社がある。
ポスターには餅まきの様子が載せられている。

萩原神社のホームページを見ると、下のようなエビス祭の説明があった。

  • 戎まつりは西日本が主であるが、その神さまは蛭子命(ヒルコノミコト)又は一言主命(ヒトコトヌシノミコト)が祀られています。
  • また関西では商売の神さまと言う信仰が強いですが、地方に行けば漁業の神さまの信仰が強いようです。
  • 当社では商売繁盛、家内安全の願いが主です。主なイベントとして、福笹や縁起物の授与はじめ「餅まき」「福引き」が行われ2日間で 約1.5万人の参拝が有ります。

戎神社の鳥居の前に2体、社殿の横の灯籠前にも2体のえびす像。なんともにこやかな顔でお出迎え。萩原神社のように、歴史の中で地域の神社が合祀されて、境内に幾つもの社がある神社は多い。

さて、地域の戎神社を訪問した後、恒例の今宮戎に出かけた。

南海高野線の「今宮戎駅」。今宮エビスは「戎」という漢字を使う。この駅はかつては「今宮恵比寿駅」と言われていたが、「えべっさん」に合わせて「今宮戎駅」と改称されている。
そのプラットフォームからの光景にびっくり。超大入り満員。
「今日は宵宮のはず。しかも時刻はお昼時。こんなにも沢山の人が……」としばし声も出ず。入場制限で、駅からの最短距離では入場できず、東にグルっと回る列に並ぶ。
超大入り満員でも、参拝者は慣れたもので、静かに慌てず、鳥居をくぐれる順を待つ。

鳥居前まで進むと、奉納の一団がやってきた。「木津卸売市場」という旗が見える。商売の神様へのお参りというわけだろう。

参列者の中から
「あれ、学校の名前がある…」
という声が聞こえた。
鳥居の一番直ぐそばのちょうちんに「恵美小学校」という名前がかかれている。
地元の小学校の名前だ。

「木津市場」といい、ここの「えべっさん」がいかに地元と密着しているかがわかる。

本殿裏のドラを「たのんまっせ」と力いっぱい叩く。

恒例のおみくじ。
なんと今年も「凶」。
過去3年連続の「凶」のおみくじ。

「ゆくもつらし
 ゆかぬもつらし・・・・」
と運勢の歌が書かれている。

「ゆくにもゆかれず
 いるにもいられず
 とゆう大切な時に今遇っている
 心を鎮めて・・・」
と解説がある。

人生の岐路に立っているのかなあ。うなずきながらおみくじ掛けにしばる。


難波高島屋に向かって歩く。
たくさんの出店。今年は「鶏の皮」を使った食べ物が目についた。これも酉年をねらったものかと思う。
さていつもの楽しみのお店。「バショウせんべい」と「堺の包丁」。
あれ?、バショウせんべいのおじさんがいない?
バショウせんべいのお店はあったが、違うお店だ。どうしたのだろう。
「堺包丁」のおじさんは元気だった。
ドイツ人らしい外国人客に「メイドイン ジャーマン ナイフ ベリーグッド」と言っている。
国際化だなあと感心する。
でもバショウせんべいのおじさんはどうしたのだろう? 今宮戎の後は我孫子観音と言っていたなあ。我孫子観音のお参りの時に見てみよう。
曇り空になって、雨粒が少し降ってくる。
急ぎ足で高島屋へ入る。
さて、今年はどんな年になるのだろう。