奇才 あべのハルカス

あべのハルカスで「奇才ー江戸絵画の冒険者たち」という展覧会が開かれている。
10日(土)に開場前に学芸員さんの説明があり、そのあと自由に見学できるという取り組みがあった。
以前にもハルカスではこういう取り組みがあり、自分たちだけでは触れることのできない中身を教えてもらえるので参加したことがある。
今回も面白そうなので応募した。
日本の美術館では当たり前になっている「写真撮影」禁止のため、館内の様子をブログで紹介できないので、ミュージアムショップなどの展示`のものを使った。

館内のトップにあろのが、葛飾北斎の「男浪」と「龍図」。
実際の展示は右に「竜図」、左に「男浪」。長野の小布施町の祭屋台(地車のようなものか)の天井画である。
葛飾北斎が80歳を過ぎて描いたものというからすごい。
一辺が約118センチの桐の板に書かれている。
ここにあるのは本物。
葛飾北斎は富嶽三十六景などの版画で知られているが、版画の作品よりも肉筆画のほうがおおいそうだ。
天保の飢饉、天保の改革などで江戸での生活に困っている葛飾北斎を長野によんだのが、小布施の豪商・高井鴻山だそうだ。
「男浪」は「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を思わせるような構図。使われている絵の具もヨーロッパから渡ってきた顔料のベロ藍を用い、細かなしぶきは胡粉(ごふん)を用いているそうだ。
「竜図」は遠近法が使われ、絵の具もグラデーションを生かした技法で立体的に表現されている。80をすぎてなお新しい表現を追求している葛飾北斎にはびっくりするばかりた。この2枚の絵を会場の入口に持ってくる意味はよくわかる。

林十江(はやしじっこう)の「蜻蛉図」。
エコバックのような手提げ袋にブリントされているが、実物はびっくりするほど大きい。縦は1メートルくらいはありそう。
こんな大きく蜻蛉を描いていいのか?と思うくらい。
水戸の醤油屋を継いだが、利益を目当てにせず、人の異様をつくことばかりしたため、家業は傾いてしまったという。通常の画家が描かないものを描き、37歳で江戸に行くが理解者が現れず失意のうちに故郷に帰り、没したそうだ。

 

左はポスターにもなっているが、実物はこじんまりとしている。
蠣崎波響(かきざきはきょう)「御味方蝦夷之図 イコトイ」(おみかたえぞのず)
江戸時代後期の松前藩の家老で、画家としても有名な人物だそうだ。
1789年(寛政元年)5月に和人の商人との取引や労働条件に不満をつのらせた一部のアイヌが蜂起した。討伐隊の指揮官の一人が蠣崎波響だった。
討伐隊に協力したアイヌ12人の肖像画を書いたのが「夷酋列像(いしゅうれつぞう)」といわれているもの。そのなかの一枚が「イトコイの肖像画」である。アイヌ民族の歴史を考えさせる絵だと私は思った。

左は伊藤若冲の絵がTシャツにプリントされている。

鶏の絵だが、展示されているのは白黒画。
伊藤若冲というと色鮮やかな鶏の図を思い起こすが、ハルカスで展示されていた鶏の図は墨絵。
解説の学芸員さんの話によると、明治になってから伊藤若冲の絵が評判になって多くの絵が見つかっているが、その98パーセントは贋作だそうだ。
それを聞いていた私達は思わず「えーっ」と声を上げてしまう。
贋作専門の絵師が多くいたそうだ。
「ここに展示されている若冲は、正真正銘の本物です」と学芸員さんは声を大きくした。

1時間たっぷりの勉強の後、一つ上の階にある喫茶店でコーヒーとケーキをいただいて、少し休憩。奇才のラテアートがまた楽しい。
10日、11日で作品が大きく入れ替わるそうだ。
11月8日までの後期の作品も見たくなってきた。
今回と同じ学芸員さんによる作品解説が24日土曜日にあるそうだ。
私達はさっそく申し込んだ。
10月は芸術の秋、日本の生んだ奇才の作品にふれるのもいいものだ。

 

くまのプーさん3

上の写真は、あべのハルカスでの「くまのプーさん展」の入口にあった看板。

入口の看板は、「くまのプーさん」の第一章の挿絵を利用して作られている。
この文章と挿絵について、「「くまのプーさん』を英語で読み直す」には次のような説明があった。

・・・・・・・・・・・・

まず本文のレイアウトだが、ミルンはシェパードと共同で作業を始めたとき、シェパードにどのような挿絵を描くか、細かい指示を出している。大きさ、形、内容、ページにおける位置など、すべてミルンが決定しているのだ。たとえば最初の章を見てみよう。ここではプーが木に登り、ハチミツを探す場面が出てくるが、その様子が描かれた絵の横には各行に一つの語が下まで書かれており、ページの一番下には短い詩が載せられている(上の絵を参照)。こうした配置は、作者ミルンの意図に基づくものなのである。普通こうした場合には、編集者や装丁をおこなう人間がレイアウトを決めるものだが、これが作者の手で行われている。いったいなぜなのだろうか?
しかしこれについては説明する必要がないだろう。ページを見ているだけでも、このレイアウトがいかに大事かが一目瞭然だからだ。実際、ディズニーにしても、あれほどいろいろな変更を加えたにもかかわらず、映画の中では同じレイアウトをつかっているのだ。

・・・・:・・・・・・

これは第7章の挿絵。これについても解説がある。

「この挿絵が含まれたページでは、カンガの動きに合わせるかのように、文章の配置も上下に動くようになっている。・・・・
 本文と挿絵に関して、もう一つ指摘すべき点がある。プーの物語では、本文と挿絵が密接に結びついて作品を構成していることだ。物語は当然ながら本文を左から右へ読んでいくわけだが、登場人物の絵の中で示されている指示が、本文と完璧に対応しているのである。つまり、もしプーがどこかへ出かけると書かれていれば、彼の姿は左から右へ動くように書かれ、文章と対応するわけだ。

これは日本語版ではわかりにくい点で、というのも本文と挿絵が違う方向に動くからである。
日本語版で感じを掴むには、挿絵を逆にするか、本文を縦書きから横書きに変えたほうがいいかも知れない。
この問題はそれほど重大なことではないけれど、考えてみれば本が読者に与える心理的効果は、大きな事柄が引き起こすものではなく、ごく小さなことがたくさん集まって生まれるものなのである。」

左は岩波文庫の「くまのプーさん」。
日本語訳は縦書きで書かれている。
そのため、カンガルーの飛んでいる方向は、文章の書かれている方向とは逆になっている。左へ文字を読んでいくことで話が展開していくのだが、カンガルーの進んでいる方向は過去の方向に向かっている、ということなのだ。

翻訳する時に、挿絵を左右反転する、そんなことは許されるのだろうか?
考えたこともなかったことだ。
とにかく、「くまのプーさん」は、作家ミルンが本のイメージをしっかりともっていて、それに基づいた細かな指示の下にシェパードが絵を描いた。それが「くまのプーさん」を誕生させ、全世界に広まったと言えるだろう。

図書館で下のような本を見つけた。

本の裏表紙には、「・・・ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された大規模な展示に合わせて刊行された本書では、作者のA.Aミルトンと挿絵のE.H. シェパードが力を合わせてプーと仲間たちの物語を創り出した背景にどんな秘話があったのかを探っていきます。・・・」とある。
この本にはミルンとシェパードがどんなやりとりをしていたのかを想像できる部分が多く載っていた。たとえば、

左は「プー横丁にたった家」の第8章「コブタがとてもりっぱなことをするお話」(岩波書店 石井桃子訳)にある挿絵。
この挿絵について、ミルンとシェパードのやりとりが載せられている。

「ミルンはシェパードに細かい指示を出しています。『フクロの家が崩れたとき、壁にあるドアに付いていた郵便受け箱は、天井についた郵便受け箱になる(フクロの家の玄関は居間に続くという設定だ)。暖炉が正面を向き、コブタは右側の椅子に座っている。プーは左側だ。家が潰れた後は、右手の壁(ロバートおじさんの肖像画がかかっている壁)が床になる。左側の壁(ドアが埋め込まれている壁)は天井になる。これでわかるかい?」

シェパードは細心の注意を払って構成を考え、参考のため、嵐の前のフクロの部屋まで描きました。」
その絵が上のスケッチ、下にはシェパードの注釈が書かれている。

二人の協力がよく分かる。文章だけでなく全体構成を視覚的に考えていたミルン、その指示を注意深く絵にしていったシェパード、この二人の天才によって「くまのプーさん」シリーズは完成したのだと思う。

「ハルカス美術館」の一階上にある喫茶店で、「くまのプーさん展」にちなんだケーキセットをいただく。コーヒーの上に、ハチをかたどったラテアートというのかな?

学芸員さんの説明の後、もう一回入り直して、ゆっくりと「くまのプーさん」展を楽しむことができた。芸術鑑賞で頭が一杯になったので、胃袋に美味しいコーヒーとケーキでしばしの休憩をとった。ハルカスの「くまのプーさん」展は、今後10年は日本で見ることはできないという原画を見ることができるという、大変お得な展覧会だと思う。

 

 

 

錫器 ハルカスで体験

ハルカスで錫器の制作体験があった。

錫器といえば大阪の伝統産業。もらったパンフレットの説明によると、

「錫器の歴史は古く、紀元前1500年前のエジプト王朝の古代都市で錫の壺が発掘されている。
我が国へは約1300年前、遣隋使・遣唐使によって中国から渡来し、宝庫として名高い奈良の正倉院に数点が今の保存されています。
今も、鋳型に鋳込みロクロで挽く、昔ながらの製作方法で一つ一つ丹念に作られています。・・・・」(製造元 大阪錫器株式会社)

錫の盃やタンブラーで飲むと、お酒の味が格別だ、という話はよく聞く話だ。
本当だろうか、試してみたいが高価なのでなかなか購入まではいかなかった。

体験でタンブラーなどが作れることがわかったので、試してみようと思った。

いろんな模様が打てるような金槌が用意されていた。

写真のようにトントンと金槌で錫器に模様を打ち付けていく。
左手で無地の錫器を動かしながら、右手で模様の入った金槌を打ち付けるわけだが、思ったよりむずかしい。
隙間を開けずに打つことができない。バラバラな打ち方になって、隙間が空いてしまう。また一列が終わって下の列に模様を打ち込むときがまたむつかしい。
職人技とよく言うが、確かにそうだ。何年もの練習と修練がないと、まっすぐ、隙間なく、同じ力で金槌で打つことは簡単なことではないことがよくわかった。

一緒に来た孫にも手伝ってもらった。

トントントン、トントントン、リズミカルに打つのは簡単なことではなかった。

錫は英語ではTin、原子番号50の元素で、元素記号はSn、そう習ったことがあったなあ。
錫は銅との合金である青銅で有名。
青銅器は錫がなかったら存在しなかっただろう。
現在では鉛との合金であるはんだが有名。錫の年間使用量の45%ははんだである。はんだが発明されなかったら、電気製品もできなかっただろう。それほど重要な元素だ。
日本では飲食器として重宝されてきた。神社での瓶子(へいし、お神酒徳利のこと)、水玉、高杯などの神具に使われているそうだ。わたしたちにとっては酒器としてつかわれている方が有名だ。最近にはビアマグやタンプラーなども作られている。
今回の体験でも、ぐい呑、タンプラー、お皿、バングルなどがあった。

器の裏側も忘れずに模様をつけた。
仕上げは大阪錫器の職人さんにやってもらった。
家でビールやハイボールを飲むと、確かに美味しい。角が取れたのどごしだ。
学問的にはその理由は説明できないそうだ。人間の下の微妙なところだろうか。
これから夏のビールがますます美味しくなりそうだ。