あびこ観音でおみくじ

2月3日、例年のようにあびこ観音にでかける。 まあー、なんと参拝者の多いこと!

コロナが一応終焉したということなので、お参りに来た人が増えたのだろう。
(コロナ、インフルエンザは相変わらず猛威を振るっているのに・・・)

お賽銭を入れてお参りする人、御札やお守りを求める人、そして私のようにおみくじを引く人でいっぱいだ。

でましたね。今年はふたりとも「凶」。
あびこ観音はまえまえから私達のなかでは「凶の出る観音様」として有名だ。
去年も凶だった。今年も凶。
やっぱりあびこ観音は「凶のでるところ」だ。

「やまいわずらいごと多く・・・」
「あやうき事あまたありて・・・」
うーん、これは最凶だな。

おみくじが入っている棚をみると、「凶」の文字がいくつか目に入った。
こんな日ぐらいは凶のおみくじはなしにしたらいいのに、と毎年思う。
まあ、しっかりしなさい、ということだろう。
門を出たところに托鉢のおぼうさんが。
外国人だったのでびっくり。凶のおみくじだったので、良いことをしなさいという意味なのだろう。お布施を入れて手を合わせる。

観音さんのまわりはお店がいっぱい出ていた。 コロナで出せなかったお店が、今年は隙間なくならんでいる。
いつもの「芭蕉せんべい」のおみせがあるかな?と探す。
お店はあったが人が変わっていた。やっぱり5年のコロナのせいかなあ、時間は思ったよりも動いている。

こんな時は厄落としの「厄除饅頭」を。 いつものように長い列だった。
「今年は5個か10個でお願いします・・・」と店の声。
これまでは1個でも2個でも買えたのに。
去年までいた名物のようなおばあさんの姿も見えない。これも時間のせいかな。
お守りも値上がりしていた。物価高は観音様にも影響を与えている。

久しぶりのにぎわった観音さんだったけど、なにか寂しい思いが。

そんな時に連絡が入った。
左は12月の下旬に韓国に行ったとき、ソウルタワーにあったおみくじを引いた時にでてきたおみくじの紙。
ハングルでびっしり書いてある。
私の知り合いにハングルに堪能な人がいたので「簡単でいいから内容を教えてほしい」と頼んでいたのだ。

「大吉です。
・・・龍が玉を手に入れたので、今年は必ず嬉しいことがあります。・・・目標としていたことを達成することができます・・・」という内容ということだった。
これはおもしろい。今年はいったいどういう年になるのだろう。ワクワクしてきた。

 

 

 

坂東玉三郎と小朝

松竹座で坂東玉三郎のさんの「はるのひととき」の公演があった。

坂東玉三郎さんの歌舞伎での姿を見たことは何度かあるが、今回のような舞台での姿は初めてだった。

 

プログラムによると、

1,越路吹雪物語
   ・坂東玉三郎
   ・春風亭小朝

2,落語 芝浜
   ・春風亭小朝

3,地唄 雪
   ・坂東玉三郎

最初の「越路吹雪物語」は、春風亭小朝さんの語りと、玉三郎さんの越路吹雪さんの歌のコラボレーション。小朝さんは以前に人情噺「越路吹雪物語」を作っていたそうだ。小朝さんの越路吹雪さんのエピソードを語る合間に、玉三郎さんが『愛の讃歌』『ラビアンローズ』『愛の幕切』などを歌う。
こんな構成での坂東玉三郎さんの姿は初めて。その立ち姿は美しと言うしかなかった。
あとでネットで調べると、玉三郎さんの身長は173センチ。歌舞伎役者、女形にはとても背が高い。歌舞伎の舞台ではそのことが全く分からなかった。歌の立ち姿はその身長を活かしてすばらしかった。

春風亭小朝さんの芝浜は以前にも聞いたことがあるし、他の演者さんによる芝浜を聞いたことがある。
芝浜の内容はよく知られている夢と現実の対比がおもしろい演目。ネットにもその演出方法についていろんな分析が載っているのがその人気を物語っているようだ。
芝浜の内容についてはよく知られているのでここでは省くことにする。

左の写真はプログラムの裏表紙。
さっそうと洋装の立ち姿。
この姿と全く違う姿が三番目の演目「地唄 雪」での玉三郎さんの姿だった。

さて「地唄」とは?私は全く知識がないのでネットで調べてみた。
「地唄とは、江戸時代に上方を中心に三味線音楽の中で最初に生まれた芸術音楽で、上方において『地元(上方)の三味線音楽』という意味で地唄(地歌)と呼ばれるようになったと言われています。弾き歌いによって、家庭や社交場の座敷で楽しまれた室内音楽で、多くの三味線音楽の祖であり、義太夫節など各派浄瑠璃や長唄も、もともと地唄から派生したとみなされています・・・・」
(www.jiuta-otoasobi.com/地歌とは?/ )

玉三郎さん演じる「地歌 雪」とはどういうものか。これも私には全く分からなかったのでネットで調べてみた。ウィキペディアによると、
「・・・地歌「ゆき」に、後世舞を振り付けしたもの。男に捨てられ出家した芸妓が、雪の降る夜の一人寝に、浮世を思い出し涙する、という内容の艶物(つやもの)。大阪新地の芸妓ソセキが男に捨てられたのを慰めるためにつくったとも、ソセキが出家したという事件に取材したともいわれる。・・・
(歌詞は)花も雪も払えば清き袂(たもと)かな
     ほんに昔のむかしのことよ
     わが待つ人も我を待ちけん・・・・・」

白の着物に、白地の絹張りの傘、広い松竹座の舞台だが玉三郎さんだけに焦点が当たる。人間国宝の舞とはこういうものか・・・感心して目を離すことができなかった。
約15分ほどの舞に、劇場内すべての人がすいつけられたようだった。
緞帳が降りるが、これはカーテンコールしかない。満場の拍手が沸き起こる。
ミュージカルだったらスタンディングだな、と思うがここは松竹座。
緞帳が上がり、そこには正座して頭を下げて礼をしている玉三郎さんの姿。
「きれいなあ」という声が聞こえてくる。
「妖精みたい・・・」、となり座っていた人がつぶやいていた。
私の知らない世界に少しだけふれた気がした舞台だった。

 

 

 

 

タカラヅカでRRR

今年入って初めてのタカラヅカ。 演目は「RRR ☓ TKARAZUKA 〜 √Bheem 〜」と「VioleTopia ヴィオレトピア」
星組の公演。私はあまり詳しくないが、星組の公演に行くのはめずらしい。演目がRRRだったので興味があった。

この映画の内容は後で紹介するとして、「RRR」で有名になったダンス、「ナートゥ・ナートゥ」、これが見たかったというのが主な理由。見ているだけで楽しくなるダンス、しかし激しくて振りも見ているだけでは追いつかない、すごいスピード。これを舞台で本当にやるのだろうか。映画なら何回も撮影してフィルムにすることはできるだろが、本番一回のダンスで? それが楽しみだった。

タカラヅカの舞台を見る前に、VTRで映画「RRR」を見た。見て初めて知ったのは「この映画はインドのイギリスの植民地支配から独立をテーマ」にしていることだった。
インドの独立はガンジーの非武力闘争によって、とテスト用に暗記しているぐらいの知識だったのが恥ずかしくなった。
プログラムを引用すると、
「映画『RRR』は東南インドのテルグ語地域(現在のアーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナ州)を舞台として、この地で20世紀前半に活躍した実在の民族運動家アッルーリ・シーターラーマ・ラージュとコムラム・ビームをモデルにしています。当時インドはイギリスの植民地統治を受けており、過酷な搾取や非人道的な差別に対する解放闘争が各地で起こっていました。・・・」

歴史上のラーマとビームは出会ったことはないそうだ。しかし「もし出会っていれば」という仮定でこの映画は作られているそうだ。
映画と舞台の二人は勝利する場面が描かれているが、実際にはふたりとも政府軍によって銃によって殺されているとプログラムには書かれている。
インドの植民地支配からの独立は教科書で習ったが、この映画を見るまではその中身を知らなかった。そういう意味では先にVTRを見ていて、舞台の進行がよくわかった。

 

上の写真はアルバムにある映画「RRR」の紹介しているとこる。
ダンス「ナートゥ・ナートゥ」の魅力がわかるところ。プログラムの説明には、
「ナートゥとはテルグ語でローカル、つまり『地元産の』『在地の』という意味です。ラーマとビームはインド人としての誇りをこのダンスに託し、高慢な差別主義者のイギリス人ダンスバトルを挑んで勝利します。ただ『在地の』とは言っても伝統的な古典舞踊ではなく、振付家ブレーム・ラクシトが庶民的なダンスから着想を得て創作した現代のダンスです。とある。

こんなすごいダンスを創作したのか、と感心するばかり。
ビーム役を礼真琴さん、ラーマ役を暁千星さん。
そしてイギリス人のジェニファー役を舞空瞳さん。

三人とも息をつかせぬ速いスピードのダンス、足の動きにおどろいた。
このスビードでよくもつなあ、と思いながら舞台を見ると、踊っているみんなが同じ様に踊っていることにびっくり。さすがだなあ、日々の修練の賜物とはこれをいうのだなあと思った。

映画と舞台とではラストが違う。
それは両方を見てのお楽しみなのでここではふれない。
映画でも舞台でも印象に残ったのは
「お礼に君の願いを叶えさせてほしい」
「読み書きを教えてほしい」

文字は力だ、ということを新ためて確認した。
「夕焼けを見てもあまり美しいとは思わなかったけれど、字を覚えて本当に美しいと思うようになりました」と書いた北代色さんを思い出した。
NHKの「英雄たちの選択」でジョン万次郎は英語を自分のものにすることによってアイデンティティを確立したということが紹介されていた。
言葉、文字の大切さ、どちらも力になり自分というアイデンティティに必要なこと。

蛇足だが、タカラヅカの舞台では「文字の読み書き」だけでなくもう一つ言っていた。それは「ダンス」。さもありなん。タカラヅカの舞台らしいと思った。