枕草子を英語で④

「枕草子」小説風にしたものがいくつかあった。
私が読んだなかで、田辺聖子さんの「むかし・あけぼの」がおもしろかった。
清少納言がまだ宮中にあがる前から始まり、中宮定子がなくなったあとの清少納言まで物語が語られている。
枕草子で描かれている中宮定子をみごとに小説の中に活かしたもので、上下2冊、内容もたっぷりのものだった。田辺さんは清少納言になりきっている。
この「むかし・あけぼの」で、貴族階級のものの考え方、庶民を見る目、身分制度(差別)が、私にはよくわかった。

さて、Enjoy Simple English 4月号の「枕草子」の最終週は、以下の3つの段。

Things that make you sad

世の中に、なほいと心憂きものは、人ににくまれむことこそあるべけれ。誰てふもの狂ひか、我、人にさ思はれむ、とは思はむ。されど、自然に、宮仕へ所にも、親、はらからの中にても、思はるる、思はれぬがあるぞ、いとわびしきや。 よき人の御ことは、さらなり、下衆(げす)などのほどにも、親などのかなしうする子は、目立て、耳立てられて、いたはしうこそおぼゆれ。見るかひあるは、ことわり、いかが思はざらむ、とおぼゆ。 ことなることなきは、また、これをかなしと思ふらむは、親なればぞかしと、あはれなり。親にも、君にも、すべてうちかたらふ人にも、人に思はれむばかり、めでたきことはあらじ。
     (角川ソフィア文庫 252段、日栄社 251段)

I think many people don’t want to be hated.

「世の中で、やはり一番イヤなのは、人に憎まれることだろう」(角川ソフィア文庫)
「この世の中でやはりつらい情けないと思うことは、人に憎まれるということが一番だろう」(日栄社)

Love can come from parents, someone you work for, or someone you are close with. 
It does not matter where the love comes from.

「親にでも主人にでも、だれかちょっとした話し相手にでも、愛されるほどすばらしいことはあるまい」(角川ソフィア文庫)
「親にもご主人にも、すべてお付き合いをしている人にも、とにかく人に愛されるということ以上に素晴らしいことはあるまい」(日栄社)

1000年以上の人の心や気持ち、感じ方が現在のわたしたちと変わらないのだなあと感じてしまうところ。だから「枕草子」は読みつがれてきたのかもしれない。

Men are mysterious

男こそ、なほいとありがたくあやしき心地したるものはあれ。いと清げなる人を捨てて、憎げなる人を持たるもあやしかし。公所に入り立ちする男、家の子などは、あるが中に、よからむをこそは、選りて思ひたまはめ。およぶまじからむきはをだに、めでたしと思はむを、死ぬばかりも思ひかかれかし。人のむすめ、まだ見ぬ人などをも、よしと聞くをこそは、いかでとも思ふなれ。かつ女の目にもわろしと思ふを思ふは、いかなることにかあらむ。
かたちいとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれによみて、恨みおこせなどするを、返りごとはさかしらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち嘆きてゐたるを、見捨てて行きなどするは、あさましう、公腹立ちて、見証の心地も心憂く見ゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。(日栄社 252段)

Men think in the most mysterious ways. They break up with beautiful women and marry ugly ones. It is a mystery to me.

「男というものほど、世にも珍しくつかみどころのない了見を持ったものはいない。
絶世の美女を問題にもせず、不器量な女を妻として仲良く暮らしているなんてのは理解に苦しむ」(日栄社 イラスト古典全訳枕草紙訳)

ここは男性不信? なにか清少納言の個人的な体験がこれを書かしているのかなあ、と思えるところ。平安時代の女性の普遍的な価値観なのか、清少納言だけの受け取りなのか、浅学な私にはわからないところ。

When hearing someone talking badly about others

人の上言ふを腹立つ人こそ、いとわりなけれ。いかでか言はではあらむ。我が身をば差し置きて、さばかりもどかしく言はまほしきものやはある。
されど、けしからぬやうにもあり、また、おのづから聞きつけて、恨みもぞする、あいなし。
また、思ひ放つまじきあたりは、いとほしなど思ひ解けば、念じて言はぬをや。さだになくは、うちいで、笑ひもしつべし。
(日栄社254段、角川ソフィア文庫255段)

I really don’t understand  why people get angry when they hear someone talking badly about others. You can’t stop.
 
「人の悪口を言うのを怒る人は、わけがわからない。どうして言わずにいられようか。」(角川ソフィア文庫)
「他人の噂をするのを聞いて腹を立てる人があるが、全くえたいがしれない。どうして噂話をしないでいられよう」(日栄社)
 
I know it’s a bad things to do.  Most often, the people you talk about hear about it and start to hate you,  So, I guess it’s not worth talking about others.
 
「でも、あまり感心できないことだろうし、その上、当人が自然聞きつけて恨んだりするから、困ったもの」(角川ソフィア文庫)
「しかし噂話というものは、褒められたことではないし、また当人が自然と耳にして恨むかも知れないのがまずい」(日栄社)
 
人の噂話や悪口をとりあげているところ。単なる道徳的な話に終わるのではないところが、清少納言らしいところかも知れない。
しかし、私は読みながらハラハラしたのは事実。こんなこと書いていいのかなあ。
でも平安時代と今の感覚をくらべて、意識がほとんど変わっていなところがよく分かる。こういったところが現代でも枕草紙のファンが多い理由だろう。
 
今回英語で枕草紙を読むということをやってみたけれど、原文と英文と現代語訳の3つを比べながら読んでみると、案外よく分かることに気がついた。
これはなかなかいい勉強法かも知れない。
中学や高校で、枕草紙の勉強をかじった程度なので、古文そのものの理解力はつかないかもしれないが、その内容にふれることができたと思う。
NHKのEnjoy Simple English は、面白い英語の本だと思った。今年は毎月買ってみよう。
 
 
 

 

第33回難波神社寄席

ここは地下鉄御堂筋線の「心斎橋駅」と「本町駅」のあいだにある「難波神社」。 ここで年に何回か「難波神社寄席」が開かれる。

100人ぐらいが入りそうな大きな会議室風な部屋が寄せの会場。
講座も椅子を積み上げてもうせんをひいたようなもので、演者が歩くたびにグラグラと揺れるようで、見ている方が心配。

演目の最初は
「手水廻し(ちょうずまわし)」
 桂恩理(かつらおんり)さん。
身長180センチをこえる長身を折り曲げながら高座に上がる。

手水を廻す、というのは江戸時代の大阪での言葉で、顔を洗う道具(今で言う洗面器、歯ブラシ、歯磨き粉のセットを持ってくる)ということ。この言葉を知らない大阪以外の宿屋の店主と番頭さんが、この「手水を廻す」という言葉の意味を調べるために、大阪に出てで体験する話がメイン。
異文化体験のお話だと思う。

二席目は笑福亭銀瓶さんの「書割盗人(かきわりぬすっと)」。銀瓶さんの芸を見るのは何年ぶりだろう。相変わらずの男前だった。
「書割盗人」というのは、家財道具がなにもない貧乏長屋が舞台。壁に紙を貼って、そこに家財道具を絵で描いてもらい、豪華な部屋に住んでいるつもりになっている。
そこに泥棒に入ってきた男とのやり取りが面白い話。盗んだつもり、盗まれたつもりと話が進んでいき、さてその最後は・・・それは聞いてのお楽しみ。

三隻目は虹友美さんの「なないろ三味線」。以前に繁昌亭で見たことがある芸人さん。「なないろ」というのは三味線が七色なのか、声が七色なのか。そんなことを考えながら三味線によるベンチャーズなどを聞いて、落語とはまた違った楽しみがそこにはあった。

さてトリを飾るのは桂文喬(かつらぶんきょう)さんの「宿題」。これは桂三枝(当時)さんの新作落語。

初めて聞く話だったので、興味があった。
桂文喬さんの落語の枕がかわった。これまではお父さんの「ボラギノール」がよく出てきたが、今回は自分の子どものはなし。これからはそうなるのかなあ。
さてこの「宿題」という演目は、お父さんが子どもの算数の宿題をといていく内容。

さてその第一問は、

ある月夜の晩に、池の周りに鶴と亀が集まりました。頭の数はを数えると16。足の数を数えると44本ありました。鶴は何羽で、亀は何匹でしょう?

お父さんの反応がおもしろい。

お父さん「なんで月夜に鶴と亀が池の周りに集まるんや?」
たしかにそのとおり。
お父さん「頭の数を数えたら・・・? 頭見たら鶴か亀かすぐわかるやろ」
これもお父さんの言う通り。
こんな調子で話が展開する。会場は爆笑の渦。
勉強で笑うなんてめったにないことだ。

中学校なら方程式を立てて解ける問題。

  鶴の数をx羽 とすると 足の数は2x
  亀の数は (16−x)匹 足の数は4*(16−x)
  足の数の合計は44だから、 2x+4(16−x)=44
  これを解くと、x=10 y=16−10=6
  よって 鶴は10羽、亀は6匹 となる。
  検算してみよう。 頭の数は10+6=16
           足の数は 2*10+6*4=44
  でまちがいなし。

落語では次のように説明をしている。

子どもの宿題がわからなかったお父さんは部下に訪ねます。
部下がお父さんに説明したのは、私が学校で習った鶴亀算の方法。

 全部鶴だとします。頭の数が16だから足の数は
 2*16=32
 足の数の合計は44本だったから 44−32=12 で、
 12本不足している。
 鶴と亀の足の数の違いは、4本−2本=2本
 鶴の足に2本ずつたしていくと 12÷2=6 で
 鶴6羽に2本ずつ足をたして亀になる。
 だから亀が6匹で、鶴は16−6=10 で10羽

 
 
お父さんはこの説明がよくわからない。そこで部下は違う説明をする。
 
 

「鶴と亀がいます。鶴と亀に前足をあげろーと言いますとどうなります?」
「鶴はひっくりかえるわな」
「いいえ鶴は飛んでいきます。残っているのは亀です。亀が前足をあげました。
 足の数は何本ですか?」
「16かける2で32本」
「足の数は44本だったから、 44−32=12。

  前足は2本だから12わる2で6
 6匹が2本の足をもらって亀になります。
 鶴は16−6で10羽になります

という具合に、全部が鶴だったらという仮定を「前足を上げろ」という言い方で、鶴亀算を説明している。なるほどね〜、前足を上げて2本足にするなんていう説明は初めて聞いた。

会場では紙を出して計算している人があちこちにいる。 
「方程式をたてたらいいねん」という声も聞こえてくる。
会場の多くは桂文喬さんの知り合いが誘ったと言っていたから、それなりの年配の人。みんな久々の算数で頭をひねりながら楽しんでいそう。

あと二問の宿題があるのだが、それは次回に紹介の予定。

 

 

 

 

 

枕草子を英語で③

「枕草子」に関する本はいくつもでている。主な注釈書が紹介されているので、それを記すと、

①「日本古典文学体系 枕草子 紫式部日記」岩波書店
②「新日本古典文学体系 枕草子」岩波書店
③「日本古典文学全集 枕草子」小学館
④「新編日本古典文学全集 枕草子」小学館
⑤「新潮日本古典集成 枕草子」上・下 新潮社
⑥「角川ソフィア文庫 新版 枕草子」上・下 角川書店
⑦「講談社学術文庫 枕草子」上・中・下 講談社

私は原文を読んでも中途半端にしか理解できないので、どうしても現代語に翻訳されたものがいる。
このブログで紹介した本は、コミックと現代語に翻訳されたもの。
ただ翻訳されたものには全段を翻訳したものが少ないように思う。
私が手にした本の中で、全段を現代語に翻訳されていたのが、上の写真の「イラスト古典全訳枕草子」(日栄社 橋本武著)だった。橋本武さんは、灘高校の国語の先生でたくさんの本を出されている。中でも「銀の匙」の授業で有名な人らしい。

Things that make your heart speed up

胸つぶるるもの 競馬(くらべうま)見る。元結(もとゆひ)よる。親などの、心地あしとて、例ならぬけしきなる。まして、世の中など騒がしと聞ゆるころは、よろづの事おぼえず。また、物言はぬ児(ちご)の泣き入りて、乳(ち)も飲まず、乳母(めのと)の抱くにもやまで、久しき。

例の所ならぬ所にて、殊にまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、異人(ことひと)などの、その上など言ふにも、まづこそつぶるれ。いみじうにくき人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。昨夜(よべ)来はじめたる人の、今朝の文の遅きは、人のためにさへ、つぶる。(145段)

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「胸つぶるる」という言葉の意味は、辞書によると「(驚き・悲しみなどで)胸がしめつけられる。どきどきする。はらはらする。」という意味。落ち着かず、胸騒ぎが止まらないときに使うそうだ。同じ胸がドキドキするときには、期待を込めてワクワクしているときは、「心ときめき」というそうだ。
この「むねつぶるる」を英語では Things that make your heart speed up.
と表している。胸のドキドキが your heat speed up なのだろう。

角川ソフィア文庫の「枕草子」では、「どきどきして胸がつぶれそうになるもの」「はらはらどきどきするもの」と説明されている。
先に上げた「イラスト古典全訳」では、「胸がどきどきはらはらするもの」と訳されている。

この段が有名なのは、真ん中にある

例の所ならぬ所にて、殊にまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、異人(ことひと)などの、その上など言ふにも、まづこそつぶるれ。

があるからだろう。

ここは今の私にはこの原文ではほとんど意味がつかめない。英訳を見てみよう。

When you hear the voice of your secret lover that no one knows about.  Especially if you hear it when you didn’t expect  to.  And if people start talking about him, your heart beats wildly.

「思いがけないところで、とくにそれも、公でない恋人の声を聞きつけたときは当然のこと、他の人が、その噂などをしても、たちまちドキドキする。」(角川ソフィア文庫「枕草子」より)

清少納言の体験をもとに書かれているのかなあ、と話題になるところだ。

Things that are cute

うつくしきもの、瓜にかきたるちごの顔。すずめの子の、鼠鳴きするに、をどり来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、いと小さきちりのありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人(おとな)などに見せたる、いとうつくし。
頭は尼そぎなるちごの、目に髪のおほへるを、かきはやらで、うちかたぶきてものなど見たるも、うつくし。 大きにはあらぬ殿上わらはの、さ(そ)うぞき立てられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまに抱きて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとら(ろ)うたし。 ・・・略・・・(146段)

「うつくしき」は単純に現代の「美」ではない。この時代の「うつくしき」は、肉親の間の、幼いもの、弱いものに対するいたわりのこもった愛情を表した。美を表すのは平安時代の終わりから」(角川ソフィア文庫「枕草子」より)

英訳がcuteとなっているのがおもしろい。
この段は枕草子の中でも特に有名な部分がのっている。それは

二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、いと小さきちりのありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人(おとな)などに見せたる、いとうつくし。

英訳を見てみよう。
Or when a small child is crawling quickly and then suddenly sees something and stops.  It’s a piece of garbage.  But the child picks it up with its small, fat fingers and shows it to an adult. These gestures are cute.

なるほど、様子が絵のようにうかんでくる。
清少納言の書いた古文の面白さが、英語でよりわかりやすくなるというのは、現代風だなあと思う。