くまのプーさん3

上の写真は、あべのハルカスでの「くまのプーさん展」の入口にあった看板。

入口の看板は、「くまのプーさん」の第一章の挿絵を利用して作られている。
この文章と挿絵について、「「くまのプーさん』を英語で読み直す」には次のような説明があった。

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まず本文のレイアウトだが、ミルンはシェパードと共同で作業を始めたとき、シェパードにどのような挿絵を描くか、細かい指示を出している。大きさ、形、内容、ページにおける位置など、すべてミルンが決定しているのだ。たとえば最初の章を見てみよう。ここではプーが木に登り、ハチミツを探す場面が出てくるが、その様子が描かれた絵の横には各行に一つの語が下まで書かれており、ページの一番下には短い詩が載せられている(上の絵を参照)。こうした配置は、作者ミルンの意図に基づくものなのである。普通こうした場合には、編集者や装丁をおこなう人間がレイアウトを決めるものだが、これが作者の手で行われている。いったいなぜなのだろうか?
しかしこれについては説明する必要がないだろう。ページを見ているだけでも、このレイアウトがいかに大事かが一目瞭然だからだ。実際、ディズニーにしても、あれほどいろいろな変更を加えたにもかかわらず、映画の中では同じレイアウトをつかっているのだ。

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これは第7章の挿絵。これについても解説がある。

「この挿絵が含まれたページでは、カンガの動きに合わせるかのように、文章の配置も上下に動くようになっている。・・・・
 本文と挿絵に関して、もう一つ指摘すべき点がある。プーの物語では、本文と挿絵が密接に結びついて作品を構成していることだ。物語は当然ながら本文を左から右へ読んでいくわけだが、登場人物の絵の中で示されている指示が、本文と完璧に対応しているのである。つまり、もしプーがどこかへ出かけると書かれていれば、彼の姿は左から右へ動くように書かれ、文章と対応するわけだ。

これは日本語版ではわかりにくい点で、というのも本文と挿絵が違う方向に動くからである。
日本語版で感じを掴むには、挿絵を逆にするか、本文を縦書きから横書きに変えたほうがいいかも知れない。
この問題はそれほど重大なことではないけれど、考えてみれば本が読者に与える心理的効果は、大きな事柄が引き起こすものではなく、ごく小さなことがたくさん集まって生まれるものなのである。」

左は岩波文庫の「くまのプーさん」。
日本語訳は縦書きで書かれている。
そのため、カンガルーの飛んでいる方向は、文章の書かれている方向とは逆になっている。左へ文字を読んでいくことで話が展開していくのだが、カンガルーの進んでいる方向は過去の方向に向かっている、ということなのだ。

翻訳する時に、挿絵を左右反転する、そんなことは許されるのだろうか?
考えたこともなかったことだ。
とにかく、「くまのプーさん」は、作家ミルンが本のイメージをしっかりともっていて、それに基づいた細かな指示の下にシェパードが絵を描いた。それが「くまのプーさん」を誕生させ、全世界に広まったと言えるだろう。

図書館で下のような本を見つけた。

本の裏表紙には、「・・・ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された大規模な展示に合わせて刊行された本書では、作者のA.Aミルトンと挿絵のE.H. シェパードが力を合わせてプーと仲間たちの物語を創り出した背景にどんな秘話があったのかを探っていきます。・・・」とある。
この本にはミルンとシェパードがどんなやりとりをしていたのかを想像できる部分が多く載っていた。たとえば、

左は「プー横丁にたった家」の第8章「コブタがとてもりっぱなことをするお話」(岩波書店 石井桃子訳)にある挿絵。
この挿絵について、ミルンとシェパードのやりとりが載せられている。

「ミルンはシェパードに細かい指示を出しています。『フクロの家が崩れたとき、壁にあるドアに付いていた郵便受け箱は、天井についた郵便受け箱になる(フクロの家の玄関は居間に続くという設定だ)。暖炉が正面を向き、コブタは右側の椅子に座っている。プーは左側だ。家が潰れた後は、右手の壁(ロバートおじさんの肖像画がかかっている壁)が床になる。左側の壁(ドアが埋め込まれている壁)は天井になる。これでわかるかい?」

シェパードは細心の注意を払って構成を考え、参考のため、嵐の前のフクロの部屋まで描きました。」
その絵が上のスケッチ、下にはシェパードの注釈が書かれている。

二人の協力がよく分かる。文章だけでなく全体構成を視覚的に考えていたミルン、その指示を注意深く絵にしていったシェパード、この二人の天才によって「くまのプーさん」シリーズは完成したのだと思う。

「ハルカス美術館」の一階上にある喫茶店で、「くまのプーさん展」にちなんだケーキセットをいただく。コーヒーの上に、ハチをかたどったラテアートというのかな?

学芸員さんの説明の後、もう一回入り直して、ゆっくりと「くまのプーさん」展を楽しむことができた。芸術鑑賞で頭が一杯になったので、胃袋に美味しいコーヒーとケーキでしばしの休憩をとった。ハルカスの「くまのプーさん」展は、今後10年は日本で見ることはできないという原画を見ることができるという、大変お得な展覧会だと思う。

 

 

 

能「夕顔」

源氏物語と能

ここは谷町4丁目にある大槻能楽堂。

久々に能を見に行くことにした。 源氏物語に関係する能なので見に行きたくなったからだ。といっても、能はほんとにむずかしい。(私にとっては)

源氏物語に関係する「葵上」「夕顔」「野宮」の三つである。三つとも見たかったが「夕顔」のチケットが手に入った。 会場はほぼ満席。
500円プラスすると指定性になるらしいが私は自由席。しかし会場の殆どは指定席の人だった。自由席のほうが圧倒的に少ない。
お能だいすき、の人が多いのにあらためてびっくりした。
パンフレットにある紹介を引用すると、

「九州から来た旅の僧が、夕闇暮れの都・五条あたりのあばら家の軒先で、和歌を吟ずる女の声を耳にする。この地こそ『源氏物語』の夕顔の女が鬼に命を取られた『なにがしの院』であり、昔、源融の大臣が住んだ河原院だと教え、夕顔の女の儚い運命を物語って消え失せた。
 その夜、僧が夕顔の女を弔おうと法華経を手向けていると、山の端から月が見え始めた頃、夕顔の女の霊が現れるー。
その儚さ故に美しい夕顔の女。大槻文藏(人間国宝・文化功労者)のシテに、近年東京から故郷・大阪に拠点を移した実力者浅井文義の地頭という絶好の顔合わせだ。」

さてさて地頭(じがしら)というのはどういう意味だろう。こんなこともわからない。ネットで調べてみると(「能のさそい」というホームページから)

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地謡(じうたい)とは、コーラスグループです。
8人から10人で構成され、2列に並んで座ります。

能は、すべてのセリフが「謡(うたい)」となっています。
そのため、地謡は、主人公と共に謡ったり、主人公の心の中を謡ったりします。

地謡は、シテ方が務めます。
地謡には、地頭(じがしら)という、コーラスリーダーがいます。

地頭は、座る位置が決まっています。
観世(かんぜ)、金剛(こんごう)、喜多(きた)流では、後列の左から2番目。宝生(ほうしょう)、金春(こんぱる)流では、後列の右から2番目となります。

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浅井さんは観世流だから後列の左から2番めだった、とあとからわかる。
やっぱり能は最初にいろんな知識がいるとまたまた再確認。

開演の前。ほとんどの人が入り口でもらった資料に目を通している。(白いカバーのついた椅子がすべて指定席。)
能の公演の前にお話があるからだ。能の舞台にも演台とマイクがある。
「花の隠喩/夕顔の笑みの眉」と題して村上湛(むらかみたたう)さんが話された。

夕顔の笑みの眉ー笑みの眉って不思議な言葉だなあ、と私は思いながら能を拝見することになった。

能楽堂でもらったパンフレットには「作者 不詳、素材 源氏物語第四帖『夕顔』、場所 京都・五条あたり、季節 秋」とあった。

能の公演中は撮影禁止。どんな様子かあとから思い出すために図書館で本を借りた。

「源氏物語と能 ー 雅から幽玄の世界へ」(馬場あき子文・掘上謙写真 婦人画報社)

解説の最初に、「十九の若さではかなく散った『夕顔』の女の悲しみ 甘美な恋は一瞬にして敗れ去り、急死する不運を負った女の悲哀。能は中世的な仏教観で、女に救いの手をさしのべます。」とある。

(この本にあった『夕顔』の写真の一部を引用)

左上の写真は「不運な身の上を憂い、悲しみの涙に暮れる夕顔と思しき人、前シテ・関根祥六)」、
右上の写真は「光源氏に深く愛されながら、哀れな死をとげた夕顔の霊(後シテ・豊嶋訓三)が「来世こそ幸せになりたい」と合掌しながら仏の恵みを請い願う」と説明がある。

優婆塞が 行ふ道をしるべにて 来ん世も深き 契り絶えすな

これは源氏物語「夕顔」のなかで、光源氏が夕顔に詠む歌から来ている。
「優婆塞が 行ふ道をしるべにて 来ん世も深き 契りたがうな」
最後の句「たがうな」が「絶えすな」に変えられている。

来世も深い契りの絶えないように、という意味なのだろう。
夕顔は僧のお経によって解脱し、成仏を遂げる、という解説があった。
源氏物語をよく読んでいる人にはなるほどとうなづく展開なのだろう。

「笑みの眉」というのは「喜び」の意味を表すらしい。
「花のつぼみが開く」という意味があり、「にこにこする、笑顔になる」という意味になるそうだ。そうすると夕顔が喜んでいる様子が浮かび上がってくるような表現だということがわかる。
原本となる源氏物語「夕顔」の中に、夕顔の花のようすを表す表現として、

「白き花ぞ、をのれひとり笑(ゑ)みの眉(まゆ)ひらけたる。」

という一節がある。源氏物語をよく読んでいる人は、こんなところにも惹きつけられるのかと思う。しかし私は後から解説を読んで、なるほどと感心するばかり。

切り捨てた自分の魂が鎮められる

能を見ているとなぜか眠たくなる。
こんなんでいいのかなあ、と思っていたら、「100分で名著 平家物語」で、能楽師の安田登さんがこんなことを書いていた。

「・・・私たちは、いまを生きるために過去の自分をどんどん切り捨てています。切って、捨てて、殺した自分がいる。その切った自分、捨てた自分が、能を観ているときにふっと出てくるのです。その衝撃が激しすぎる場合に、おそらく起きていることが不可能になって、寝てしまいます。よく言われる、能を観ると眠くなるという現象が起こる。その場合は寝てしまっていいと思うのです。そして、目が覚めると不思議にスッキリしている。これは、切り捨てた自分の魂が鎮められたのではないか。これこそ現代における鎮魂なのではないか。現代人が能を観る意味のひとつがそこにある、そう思いました。」

なるほど、これを読んで罪悪感が少なくなった。魂が鎮められるのか、でも事前に勉強しておくことも大事ななあ、とあらためて思った。

*能「夕顔」については、下記のブログを参照されたし。私と同じ時に同じ能を観た人の専門的な解説があるのを発見した。

https://note.mu/yamas/n/nebfb6eed8621

 

 

 

 

難波神社寄席 第三問

さて桂文喬さんの落語「宿題」からの最終問題。

4人姉妹で、サクランボを分けました。  
4人で分けると1個余ったので、鳥にやりました。  
食べようとしたら友達が来たので、友達に1人分あげました。  
3人分を4人で分けると2個あまったので、鳥にやりました。  
食べようとしたらお父さんが帰ってきたので、お父さんに1人分あげました。  3人分を4人で分けたらちょうど割り切れたのですが、最初に分けたときよりも10個ずつ少なかったのです。  
さて、サクランボは全部で何個あったのでしょうか。

関係が理解し難いので絵に表してみよう。

一番最後のさくらんぼ一人分の個数をn個とすると、このときのさくらんぼ全体の量は4n個となる。

①.一つ前の段階に戻って、「お父さんのさくらんぼを含めて」このときのさくらんぼの量は 4n+4/3n 個になる。
 A’+B’+C’=4*n だから A’=B’=C’=4/3*n

②.一つ前にもどって、A’+B’+C’+D’+2=4(4/3*n)+2 となる。

③.さらに一つ前に戻って、A=B=C=(友達の分)だから
 A+B+C+(友達の分)=4*{4(4/3*n}+2}/3
            =(64/9)*n+8/3

④.③で求めた数が4姉妹の合計数だから4で割ると一人分が出る。その数は
  最後の数であるnより10多いので、

  {(64/9)*n+8/3}/4=n+10 これを計算すると
    (64/9)*n+8/3=4n+40
       64n+24=36n+360
         64n−36n=360−24
           28n=336
             n=12
  nは一番最後のさくらんぼ一人分。その数は最初の数より10小さい。
  したがって最初のさくらんぼの合計数は (12+10)*4+1=89

  答え 最初のさくらんぼは合わせて89個あった。

なんとも面倒な計算になってしまった。

本当にこんな問題が小学校の宿題ででるのだろうか。
この落語「宿題」は桂三枝さん(現在の桂文枝さん)の創作落語。どこでこの題材を見つけ出してきたのか大変興味があるところだが、私にはよくわからない。

落語「宿題」では、上のような計算までは含まれていなかった。
わけのわからない問題に怒り心頭のお父さんは塾に文句を言いに行く、抗議に行く、怒鳴り込みに行く、実際はどのへんの段階なるのかわからないが・・・
「こんな問題をださないでくれ」と怒ったお父さんに、塾の先生はなんと返答したのか、それがこの落語「宿題」のさげ、おちになるのだが、そこは実際に聞いて確かめることをおすすめする。

しかし桂文喬さんはよく覚えているなあと感心する。
文章問題の問題文、解答のための数字や計算式、丸覚えするといっても意味がわからなければ暗記もできないだろうに、と思う。そうすると桂文喬さんも紙の上で計算式を何回も書いて覚えたのかなあと思ったりするが、古典の演目だけでなく、新作落語にも芸の幅を広げようとする前向きさには、私も見習わなくてはと感じた。

落語は繁昌亭だけでなく、いろんなところでおこなわれているようだ。
繁昌亭のようなしっかりとした寄席だけでなく、難波神社寄席のように大会議室のような部屋を寄席風にレイアウトを変えてやっているところもあるそうだ。
機会があれば、いろんな寄席に行ってみたいし、落語だけでなく上方演芸にもっと親しみたいと思う今日このごろだ。