レモンバジル

今年はレモンバジルを植えてみた。
春先、いつもの花屋さんにバジルの苗がまだ出ていないので、ホームセンターの種売り場を見ていると「レモンバジル」の種が売られていた。
レモンバジルは植えたことがないので、どんなものかと春にうえてみた。
発芽率も高く、たくさん芽がでたので、ご近所の人にもわけることができた。
左の写真のプランターにはレモンバジルと普通のバジルと、レモンバジルの種が入っていた袋が映っている。

上の写真のブランターの下に映っているのが普段よく見るバジル。
このバジルは冬を越して2年目のバジル。今年の冬を越すと3年になるが、さあどうだろう。去年の冬はそれほど暖かかったということだ。
レモンバジルの葉は、普通のバジルと比べると小ぶりた。9月末から花が咲き始めている。
レモンバジルでバジルソースを作ったり、乾燥バジルをつくったりした。

さつまいもとバジルチキン

ご近所からさつまいもをもらったので、レモンバジルとさつまいもでなにか作れないかとネットで調べてみた。
クックパッドに「ハニーレモンで さつまいもとバジルチキン」というレシピが紹介されていたので、それを参考にしてつくってみることにした。

鶏もも肉二枚。ホークでブチブチと突き刺して、調味料が通るようにする。
塩コショウをふりかけ、自作のバジルソース(上の写真の小皿に入っているもの)を鶏肉の表面に塗る。
プラスチックの袋に入れてもんで、冷蔵庫に30分ほど寝かしておいた。

さつまいもは1センチの厚さで切り、水にさらしておく(5分ほど)。
耐熱皿に入れて、ラップをし、3分間ほど加熱。

レモン2個を2ミリぐらいの厚みで切っておく。

オーブンは220度で余熱のスタートをする。

電子レンジで熱したさつまいもをオーブンの上に並べ、その上に2ミリの厚さに切ったレモンをのせていく。

バジルソースなどで下味をつけていた鶏肉をその上に乗せる。
220度に予熱しておいたオーブンに入れ、20分ほど加熱した。

今回のレシビは4人分の分量だった。 お皿の右にあるのは、バジルとモッツァレラチーズとトマトのサラダ。
レモンバジルでつくった自作のバジルソースをつかったチキン料理、1年ごしで育っているバジルとチーズとトマトのサラダ。
家族全員が完食だった。

レモンバジルはその名の通りレモンの香りがする。普段のバジルの香りとくらべると弱いというか、優しい香りだ。レモンバジルは冬を越すことができるだろうか?
それも植物を育てていく楽しみのひとつだ。

 

 

なんばパークス

ここはなんばパークス。
案内標識にあまり目立たないが案内プレートが貼ってある。
「大阪球場
 メモリアルプレート
 ピッチャーズプレート約28m先
 ホームベース約10m先」と書かれている。

10m先にあるのがこれ。拡大してみよう。

タイルで作られたホームベースだ。
「1950 − 1998   
     大阪球場」
とかかれている。その下には南海ホークスの鷹のマークとHawks と刻まれている。

「南海ホークス」と言って分かる人は少なくなった。今では「福岡ソフトバンクホークス」だ。「南海ホークス」と言う名称は1938年から1988年までのものだ。
「南海ホークス」の球場が「大阪球場』であり、選手たちは「中百舌鳥球場」で練習をし、中百舌鳥には選手の寮があった。
今は「大阪球場」は1998年に営業を終え、グランドは住宅展示場などに使われていたが、2003年10月に「なんばパークス」に生まれ変わった。中百舌鳥にあった練習用の球場や選手寮はもっと以前に高層の公営住宅に変わっている。

左の写真はホームベースから約18mはなれたところにあるビッチャーズプレート。
こうしてみると、ピッチャーとバッターの距離というのはかなりあるもんだと実感する。

なんばパークスには何度もきているし、ここがかつては大阪球場だったことも知っている。しかし「ホームベース」と「ビッチャーズプレート」の記念碑があるとは気が付かなかった。ほとんどの人も気づかずに通り過ぎていた。
気が付かないかもしれないが、こういった記念碑は大切だと思う。
私のように、昔を懐かしむ人はいるに違いない。

4連休になんばパークスに来たが、人ではかなり多い。このホームベースとピチッチャーズプレートの写真を写すために、人通りの少ない時をまったが、ほぼコロナ前にもどってきたかのように思えた。違うのはほとんどの人がマスクをしているということ。何かの練習帰りのような体格のしっかりした男性たちが「マスクをしておこうか」と声をかけあっていたから、マスクは定着しているのかもしれない。

なんばパークスに面して「住宅展示場」がある。
そこで日曜日のイベントをやっていた。

バジルを摘み取って、ピザを作るというイベントだ。

薪ストーブを使ってピザを焼くという、キャンブ風の取り組みも面白かった。
たくさんの親子が来ていたが、ソーシャルディスタンス、マスク姿、そしてキャンプ風のイベント、新型コロナウイルス前と変わってきているところだろう。
しかし以前のような混雑ぶりがもどってくると、さてコロナの終焉はどうなるのだろうと心配する。2週間後の大阪の感染者は?と思うと不安感がでてくる。
大阪球場のプレートのように、教科書や記念碑に「新型コロナから学ぶ」という内容のものが残されるのかもしれないなあ。

 

 

 

 

藍の生葉(なまは)染め

今年も藍がよく育ったので、藍染をすることにした。
今回は一番単純で、しかも確実な「生葉染め(なまはぞめ)」をすることにした。

以前からいくつか方法を試しているが、薬品を使うのは危険なので直接生葉から染めることをやってみた。
まず大きく育った藍をほぼ根本から切る。

今年は小さな子どもたちに手伝ってもらった。
まず切りとった藍から、葉っぱだけをとる。
ハサミを使ったり、手でちぎり取り、方法はいろいろ。

今年はハンカチサイズの絹を購入したので、絹と木綿のハンカチとで染の違いを確かめてみようと思った。
以前は絹が手元になかったので、レーヨンを使って生葉染めをしたので、レーヨンと絹との違いも確かめられると考えた。

前回の資料を見ると、布10グラムに対して藍の葉が50グラム、そして水が700グラムの分量で計算すればいいことがわかる。

藍の葉を水洗いし、ゴミを取ったあとフードプロセッサーで粉々にする。

粉々にした藍の葉とプロセッサーに入っていた水ごと取り出す。資料の本には木綿の濾すための布を用意していたが、私は古いタオルで代用した。
この作業を何回か繰り返して、すべての藍の葉から染色するための液を絞り出す。

絞り出した染色液に絹、木綿をいれて15分ほど混ぜながら染色していく。
染色液は色が黄緑色から緑色に変化していく。
15分混ぜ続け、できるだけ空気に触れないように混ぜ続けると資料には書いてある。
このとき、手には手袋が必要。
そうしないと指先や、爪が藍色にそまってしまう。タンパク質に反応するためだ。
この段階でも、絹はよく染まり、木綿はそれに比べてあまり染まらないことがわかる。
生葉染めなので、その違いがよくわかる。

上の写真左が絹。右が木綿のハンカチ。染め上がりの違いがよく分かる。

上の写真の左が絹、真ん中が染めていない絹、右が木綿。
木綿もうっすらと染まっているが、絹と比べると全く違うことがわかる。

右の写真は以前にレーヨンの布を生葉染めしたもの。
染める前と染めたあとを比べた写真だが、これを見ると、レーヨンと絹とでも染まりぐあいが違うことがわかる。絹の生葉染めは鮮やかな青に染まる。二回染めるとまたその青が深くなる。
このあと、子どもたちと藍の葉のたたき染めも経験した。たたき染めのことは以前のブログに紹介している。
NHKで正倉院に収められている草木染を再現した放送があった。
永久保存用として50色以上の草木染を再現し、ロンドンの博物館に収められているそうだ。
源氏物語の姫君たちの衣装はこんなにも華やかで軽やかな色だったのだろうか、と驚くほどの鮮やかさだった。
いちど自分の目で確かめてみたいが、それはいつのことだろう。