アメリカ東海岸 「若草物語」と「あしながおじさん」の旅 23

 五日目 アメリカ自然史博物館

ここは「アメリカ自然史博物館」。セントラパークに面している大きな博物館。

昼食の後、セントラパークを横切って、この「アメリカ自然史博物館」まで歩いてやってきた。地図ではかんたんなのに、初めての場所はとても遠く感じる。
やっと発見。でも博物館の中は入場を待つ人の列、列、列、、、。
メトロポリタン美術館も多かったけれど、こちらの博物館のほうが人は多かった。あまりに人が多いので見学はやめようかと思ったが、妻が「列が動いているから並ぼう」と言う。私もこの機会をなくしてはもう来れないかもしれないとも思い、並ぶことにした。
受付ロビーではこの巨大な恐竜の化石がお出迎え。真ん中の写真が、アロサウルス(1億5千万年前、中生代ジュラ紀後期の大型肉食獣脚類の属する恐竜)。下の足だけ写っている写真はパロサウルス(こちらも中生代ジュラ紀後期の恐竜。全長23〜27メートルの長い首と尾を持つ竜脚形亜目・デイプロドクス科の恐竜)。しかしまあ人間のなんと小さく見えることか。

受付の様子。シニア2枚といって代金を払う。あとで現地ガイドさんに聞くと、ここもメトロポリタン美術館と同じで、寄付なので自分の都合のつく金額で良い、といわれた。でも特別展などのオプションがあったのでその時はどうすればいいのだろう。

家族連れが多い。小さいときから、本物に触れることはいいことだ。それにしても大きな化石がいっぱいで、その迫力は子ども心にも長く残るに違いない。

日本のコーナー。
季節の様子の絵、畑に行く娘さん、ひな祭りの子どもたち、日本民家のジオラマ、仏壇、神具などの展示があった。
アメリカ人はこんな写真を見て、今の日本のことがわかるのだろうか。でもここは「自然史博物館」だからこれでいいのかなあ。

これは展示室に入り切らない恐竜。Titanosaurus ティタノサウルス、タイタノサウルスとも発音されている中生代白亜紀の恐竜。解説には「100 million years ago 」と書いてあるから、1億年前のものらしい。頭から尻尾の先までが37メートル、足から頭までの高さが14メートル、重さが70トンと推定されている。南アメリカのアルゼンチンで発見されたものらしい。
とにかくこの「アメリカ自然史博物館」では、巨大で、大きなものが目の前にどんと展示されている。

これはアズライトとマラカイトの塊。あまりに美しいので写真に取ったが、詳しいことはわからない。

この巨大なカヌーは、ネイティブアメリカンのHaida 族の彩飾彫刻戦闘用カヌーである。長さが64フィート(約19メートル)の大きなもの。

大きくて巨大な展示。施設内も広いので疲れてくる人も多いのだろう。ゾウの隊列の周りでしばし休憩の人たち。私たちももっと見学したいが、あとの予定があるので博物館を出ることにする。

博物館の前はセントラルパーク。子どもたちの姿が多い。夏休みなんだろう。

セントラルパークの南西の端。USSメインモニュメントがみえている。

さてここから歩いてぶらぶらしながらホテルに向かう。

1日でセントラルパーク、メトロポリタン美術館とアメリカ自然史博物館を見て回るのは、無謀なことだとわかった。
見るものがたくさんあって、一つひとつにもっと時間をかけないとあとで、あーあれも見たかったなあということになる。まあ、旅というものはいつもそうだが。

今日はアメリカ最後の日なので、ツアー参加者全員参加の夕食会。これも楽しみ。

 

 

 

 

 

 

アメリカ東海岸 「若草物語」と「あしながおじさん」の旅 22

五日目 メトロポリタン美術館

メトロポリタン美術館。アメリカが誇る世界最大級の美術館。5番街に面するセントラルパークの東端に位置する。 300万点の美術品、管理運営は国でも市でもなく、理事会が運営する私立の美術館としても有名。
1日で全ての作品を見ることは無理と言われている。
私たちに与えられている時間では到底無理。ガイドさんおすすめの作品だけでも見ることにする。

入場料は切符売り場に一応の額が示されているが、これは美術館側の希望額。払えるだけの金額を渡せばいいとガイドさんの説明。私たちは10ドルを出して二人分の入館シールをもらった。シールを服にはって入場。

 

ここは甲冑のコーナー。日本の甲や鎧がたくさんあるのにびっくりした。


アスワン・ハイ・ダムの建設によって水没の危機を移転などで回避したヌビア遺跡の一部。デンダー寺院。実物の迫力。
エジプト文字がこんなに目の前で見ることができるなんて。
しかも写真も取り放題。
ありがたいことだ。

メケトレの墓から出土したミニチュアの船と牛小屋の模型。
こんなものも墓の中に収められていとは知らなかった。

美術の教科書やポスターで見るような名画がたくさん並べられている。

日本人デザイナーの川久保玲さんの作品が特別展示されていた。コム・デ・ギャルソンの創始者だそうだ。入り口に Rei Kawakubo    COMME des GARÇONS とあった。
メトロポリタン美術館で展示されるなんて、すごい人なんだと思う。

アジアのコーナーでは、日本の竹の特集がなされていた。

中国の秦から漢の時代の特別展があった。日本で見た兵馬俑もあった。

レンブラントの自画像。写真取り放題。

フェルメールの4点。上から「水指を持つ女性」「少女」「眠る女性」「信仰の寓意」。フェルメールをこんなに明るいところで見て、写真をとれるなんて。日本では信じられない。

これはアントニオ・カノーヴァの「キューピットとプシュケ」。日本では「アモルの接吻で蘇るプシュケ」として知られてい。フランスのルーヴル美術館で見たのと同じもの。ルーヴル美術館で見たものは大理石だが、これは石膏の原型。この作品はとても人気があって幾つものレプリカがあるそうだ。

屋上にも作品群が。白いテーブル、テーブルの上のお皿など、これらも作品。触りかけて注意を受けた。それにしてもいい天気。雲までが作品のように見える。

高層ビル、摩天楼に囲まれているのに圧迫感がない。空が日本の空よりも広く見える。さすがアメリカ大陸。

地階にあるカフェ。アラカルト料理。自分のほしいものを取って、精算。
アメリカのハンバーガーを食べたっかったので選んだが結構な値段だった。
私たちのツアーのメンバーの多くがこのカフェに集まってきていた。「肉が食べたい」と言っている人もいたので、同じだなあと思った。

 

 

 

 

 

アメリカ東海岸 「若草物語」と「あしながおじさん」の旅 21

五日目 セントラルパーク

朝食は8階。受付のあるところ。朝食はごく控えめに。オムレツがおいしかった。
今日は終日フリーの日。午前中はオプションのセントラルパークとメトロポリタン美術館の見学に参加。
歩いて地下鉄の乗り場に向かう。初めてのニューヨーク地下鉄体験。添乗員さんが回数券を先に買っていたので、それを利用させてもらう。

地下鉄は思ったほど人は多くなかった。めざすはダコタハウス。

The Dakota,  Dakota Apartments
マンハッタン区アッパー・ウエスト・サイドにある高級集合住宅。
1980年12月8日、ここに住んでいたジョン・レノンが玄関前で射殺された場所として有名になった。
犯人のチャップマンは、現在も服役中とか。

入居基準が厳しく、これまでにビリー・ジョエル、マドンナ、など有名な人物が入居を拒否されていることでも有名らしい。

1972年にアメリカ合衆国国家歴史登録財に選ばれ、1976年にはアメリカ合衆国国定歴史建造物に指定されていることでも見ておく価値のある建物である。

セントラルパークは地図を見てわかるように大きい。1811年に開発計画がたてられ、1876年にほぼ現在の形に完成している。
南北4km、東西800mの都市公園。

野鳥が水を飲みに来る都会のオアシスである。

セントラルパークには沢山の記念物がある。ここはストロベリー・フィールズ。
ビートルズのジョン・レノンの記念に捧げられた造園された区画。写真はメモリアルモザイクのイマジン。

モザイクのイマジンの周りには世界中から来たのではないかと思うぐらい、多様な人達が集まってくる。ギターでイマジンを奏でる人もいた。ビートルズの人気の凄さがわかる。

セントラルパークはマンハッタン島にある。マンハッタン島は一枚の岩盤でできた島。マンハッタン片岩と言う雲母の結晶片岩。強度は高い。だから高層ビルが立ち並んでも平気なんだ。

噴水に池、シャボン玉に喜ぶ小さな子どもたち。なんとも和やかな光景。

これはアデルセンの像。何を読んでいるのだろう?

「The Ugly Duckling 」、日本でもおなじみの「みにくいアヒルの子」だった。

続いて見えてきたのは、ルイス・キャロル作の「不思議の国のアリス」の像。
小さな子どもたちがこの象の上に乗って遊んでいた。

私は「セントラルパーク」に来るのをそれなりに楽しみにしていた。
というのは、「マジック・ツリーハウス」の第36巻「Blizzard of the Blue Moon」(日本語版は第22巻「ユニコーン奇跡の救出」)の舞台がニューヨークで、セントラルパークが最初に出てくるからだ。
左がその本。ペーパーバックで読んだが、表紙の左にある高層の建物が「エンパイア・ステート・ビルディング」。小説の舞台は1938年。
エンパイア・ステート・ビルディングは1931年4月11日が竣工の日だから歴史的事実とあっている。
この「マジック・ツリーハウス」はアメリカの歴史を子どもの視点で学ぶのに大変すぐれた本だ。

この本の挿絵には、
◯セントラルパークから見えるエンパイア・ステート・ビルディング、
◯犬のBaltoの像(ウィキペディアによる説明は以下の通り。「1925の冬、アラスカ北端のノーム市にジフテリアが発生し、血清を市に運ぶ必要があった。しかし低気圧の接近のため風速40mの猛吹雪がアメリカからアラスカの陸路を断っていた。救助隊は200頭のイヌぞりチームを作って16頭1チームで100kmをリレーする方法で、全行程1,100kmを輸送し、市民を伝染の危機から救った。困難を極めたこの行程の、最も困難であり、最も長距離の区間を走りぬいたのはリーダー犬トーゴーのチームであったが、そのチームから血清を受け継ぎ、最後の区間を輸送したチームのリーダー犬がシベリアン・ハスキー(犬種、アラスカンー・マラミュートという説もある)のバルトである。その功績を称え、現在ニューヨークのセントラルパークにバルトの銅像がある。)
◯気象観測所になっているBelvedere Castle(ベルベデーレ城)などを自分の目で見たかったけれど、時間的な余裕がなかったし、自分たちの歩いている場所がはじめてではわからない。セントラルパークは広い。ジャックとアニーが迷子になるのも当然だと思った。

「マジック・ツリーハウス」の本には、古い地下鉄の挿絵があった。
この小説の舞台は1938年。世界恐慌のあと、アメリカの「ルーズベルト恐慌」の年だった。当時の人達の様子がこのマジック・ツリーハウスでも書かれている。地下鉄に乗る人達の様子からも、不安げな雰囲気が伝わってくる。改札の方法も本と現在では違っていて、おもしろかった。

さあ、急ぎ足でやってきたのが、「メトロポリタン美術館」。

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ東海岸 「若草物語」と「あしながおじさん」の旅 20

四日目 ブロードウェイのミュージカル

私たちの乗った観光バス。ビルに写り込んでいるのをパチリ。

ロックフェラー・センターをバックに何かフィギアのようなものが。これは風船でできたバルーン人形。

左上の写真はロックフェラー・センター。走っているバスから撮影。5番街から6番街にかけてあるビル。259m、70階建て。夜の観光スポットでこのビルが再登場する。
右上の写真は、ニューヨークの二日間滞在した
NEW YORK MARIOTT MARQUIS 
(ニューヨーク マリオット マーキス)
マンハッタンのどまんなか。ブロードウェイのすぐそば。
まわりには沢山のシアターがあった。
人通りも大変多い。

このホテルのロビーは8階。1階はエレベータールームになっている。

写真の真ん中にあるボタンで自分の行きたい階を押すと、どのエレベーターに乗ればいいかをA〜Pまでのアルファベットで知らせてくれる。そのエレベーターを乗ればいいということで、初めての経験だった。

その案内図と操作方法が点字で説明されていた。

各フロアも同じ仕組みになっている。
(写真はKのエレベーターとボタン)

マリオットは点字が表記されていることで、私の印象に強く残っている。
中国で泊まったホテルでもマリオットホテルだけに点字表記があった。
このアメリカの旅で、点字を見たのはこのマリオットホテルだけだった。
道路の点字ブロックは、私の見た限りはどの街にもなかった。

夜はオプションでミュージカルに行く。私たちは松本侑子先生と一緒に「アラジン」を観劇。米倉涼子の「シカゴ」に行った人、「オペラ座の怪人」に行った人もいた。

ここはニュー・アムステルダム・シアター。これが本場のミュージカル劇場なんだ。クラシックで華やかで落ち着いている。

左からアラジンのTelly Leung、ジニーのMajor Attaway、そしてジャスミンのCountney Reed.(当日のパンフレットより)。 私たちの見た時はジャスミンはTia Altinayであった。
ジニーの踊りの激しいこと。ジニーがすごい、ということは見る前から聞いていたが、聞きしに勝るとはこのこと。「大丈夫?あんなにキレキレのダンスを長時間おどって、倒れない?」と心配するほど。これが本場のダンス、ミュージカルと納得するしかない。

松本先生の話によると、「日本でも見ましたが、歌もダンスも衣装も全く同じでした。今日の舞台を見ると、アメリカでは、役者は白人ではなくて、ほとんどがアラブ系に見える人たちで、原作に沿っていて、素晴らしいですね」

ミュージカルが終わって外に出ようとすると、出口(入口)にアラジンの魔法のランプが置かれていた。開始のときには見なかったから、終了の時に置いたのだろう。これこそが観劇記念の撮影ポイント。
沢山の人がカメラ、スマホをもって写真撮影の順番を待っている。だれもが魔法のランプと一緒に写真をとりたいのだなあ。

ニュー・アムステルダム劇場を出てホテルまで歩いて帰る。クリスマスや大晦日の心斎橋や道頓堀を歩いているような光と人の波。

ニューヨーク・マンハッタン、ブロードウェイの夜は更けていく。

 

 

アメリカ東海岸 「若草物語」と「あしながおじさん」の旅 19

四日目 ニューヨーク

バスの中からニューヨークが見えてきた。

右の写真が昼食を食べた中華レストラン。

たっぷりの中華料理で、お腹がいっぱい。
このあとバスに乗ってのニューヨーク市内観光。
順不同になるかもしれないが、写真で紹介。

ニューヨークといえばエンパイア・ステート・ビルディング。ビルのすき間から見えたところでパチリ。443.2メートルの高さ。

ここはグランドゼロ。ワールド・トレード・センタービルがあったところ。
もともとグランドゼロという言い方は、「爆心地」という意味で、広島・長崎の爆心地などに使われていたが、 2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ事件」でワールド・トレード・センターが倒壊した跡地をさすようになったそうだ。
ニューヨークで2749人が亡くなったと言われている。現在その跡地にはNorth Pool, South Poolの二つのプールとメモリアル・ミュージアムが作られている。
プールを取り囲む人のぎっしり。沢山の人達があつまっている。

これはインターネットより引用した上空写真。

http://toolbiru.web.fc2.com/topic/top-12.04.01.html</p>

ここはバッテリーパーク。アメリカ人は日光浴が好きだ。

はるか向こうの島に、自由の女神像が小さく見える。

自由の女神像を見に行くための船を待つ人達。桟橋はぎっしり。
私たちは自由の女神像を遠景に見て、バスで移動する。

 

ここは五番街にある「トランプタワー」。ものものしい警戒だ。

玄関には警察犬。武装した警官もいる。入り口では手荷物検査。

トランプ・キッズ、トランプ・ストア、トランプ・バーなど、トランプばかりが目立つ。まあトランプタワーだから仕方がないか。

ブーケを持った花嫁さんらしい人が道路を渡っている。教会に向かっているみたいだ。映画のシーンみたい。さすがニューヨーク。

見るものがいっぱいあるニューヨークの市内観光。 夜はミュージカルがある。そろそろホテルに行く時間。