アイリッシュハープ

引用

山下直子さんの講義の最終には、アイリッシュハープの演奏があった。

奈加さんのホームページを見るとアイルランドへの思いがよく伝わってくる。
プロフィール紹介よりの引用。
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アイルランド音楽との出会いは、10歳のとき。♪ ロンドンデリー・エアーや ♪ 庭の千種を初めて聴きました。その美しいメロディーの中にある物悲しさや逞しさに心惹かれ、大人になった今でも私の大切なものとなっています。

アイルランド音楽。それは、聴く人を優しく包み込む癒しの音楽であり、昔から歌い継がれてきた歴史のある音楽だと思います。
エメラルドの島の音楽は、深くて神秘的な世界へと私を連れて行ってくれます。

https://yasukonaka.com/profile/

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奈加さんのもっている写真のアイリッシュハープは重さが約3.5キログラムだそうだ。
3.5キログラムというと赤ちゃんぐらいだ。講座の画面で、奈加さんがハープを持ち上げて全体の形を見せてくれるところがあり、なるほど持って歩けるものだと思った。
桜の木でできているそうだ(アイルランドでは柳の木が使われることが多いと、山下直子さんの説明にあった)。大型のハープは足のペダルで半音などの操作をするが、アイリッシュハープは手元のレバーで行うそうだ。

上の写真はトリニティ・カレッジの図書館に展示されていたアイリッシュハープ。
現存する世界最古のアイリッシュハープだそうだ。14世紀から15世紀初頭のものと推測されている。
高さ約86センチメートル、
重さ5.2キログラム。
弦は29本だそうだ。
これぐらい大きいと持って歩くの困難かと思う。

上の写真は大阪市中央区にある島之内教会での「ケルト音楽の演奏会」があったときに写した写真。
ハープの演奏者はこのアイリッシュハープを担いで会場に入場されていた。

ハープの上部を拡大してみる。半音の操作はなかなかむずかしそうだ。

上の写真は昨年末にマレーシアに行ったとき、ホテルのロビーでハープの演奏があったので、その様子を写真にとったもの。これはグランドハープとよばれているもの。
こうしてみると、ハープにもいろいろな種類があることがわかる。

吟遊詩人

吟遊詩人といえばホメロスが「オデュッセイア」を語っている場面を想像する。歌や詩を創り、各地を回ってそれを歌って人々に聞かせる。そんな人達は世界のあちこちにいたようだ。
日本の琵琶法師などもそのような人たちの範疇に入るのだろう。

アイルランドの伝説的な吟遊詩人はターロック・オキャロン(1670年〜1738年)だそうだ。山下直子さんの話によると、天然痘で失明した彼はハープの修行を3年間し、馬と案内人とともにハープ演奏の旅に出たという。訪れる土地の町の人や貴族などに様々な曲を創り、その数は200曲をこえるそうだ。

奈加靖子さんのもっているハープなら肩に担ぐこともできるだろうし、馬がいれば移動もしやすいだろうと思う。

奈加さんのお話によると、アイルランドの特徴として「私はハープを持っている」という言い方をせずに「このハープが私のところにある」という表現になる。「今私はとてもしあわせです」は「今幸せという気持ちが私のところにある」という言い方をするそうだ。「持っている」という所有の感覚が英語とは違うのだという。
民族の言葉には、その民族独自の感覚や表現があるということなのだろう。
奈加さんはアイルランド語で歌を歌っているそうだ。「歌を歌うことは、物語を語っていくこと」と話されていた。それは吟遊詩人の心だと思った。

6回の講座がこんなに早く進むものかとおどろく時間だった。
訪れた国なので深く知ることができた。
山下直子さん、ユーラシア旅行社の皆さん、ありがとうございました。

 

 

 

 

庭の千草

庭の千草」と The Last Rose of Summer

左の写真はトーマス・ムーア。
日本では「庭の千草」と知られている歌の作詞者。写真は英語版ウィキペディアより。
https://www.wikiwand.com/en/Thomas_Moore

「庭の千草」の原題は、「夏の名残のばら(The Last Rose of Summer)」。
1805年、アイルランドのキルケニー州ジェンキンスタウン・パークでこの詩を書いたといわれている。トーマス・ムーアが26歳頃の作品である。トーマス・ムーアが見たピンクのバラは、ダブリンのボタニックカーデンに移され、今も見ることができるそうだ。
1813年に出版された「アイルランドの旋律(A Selection of Irish Melodies)に収められ、この版のピアノ伴奏は作曲家ジョン・アンドリュー・スティーヴンソン」によって書かれている(しかしダニーボーイと同じように、アイルランドの古い民謡が原曲だという説もあるそうだ)。

庭の千草、The Last Rose of Summer とはどんな曲なのだろうか。

これは無料で楽譜を見ることができるサイトからの引用。 この楽譜はアルトサックス用のものだが、演奏例として ティン・ホイッスルによるものが紹介されている。ティン・ホイッスルによる演奏は、なかなか聞くことができないと思うので、ホームページを紹介しておく。

https://wind-note.com/altosax/the-last-rose-of-summer-altosax-sheet-music/

トーマス・ムーアはアイルランドの詩人として知られている(1779〜1852)彼は1795年にトリニティ・カレッジを卒業している。
上と左の写真はトリニティ・カレッジの現在の写真。
学生たちがたくさん大学の中に入っていっていた。
私達が行ったときは、丁度夏休みが終わり、2学期が始まるまでの準備をしているというところだった。
大学の中にある学生会館らしいところでは、クラスメイトが再会の握手やハグをしていたり、カリキュラムをパソコンで見ていたりしていた。いつの時代も、新学期が始まる時の明るい雰囲気と緊張感が感じられるときだった。

なぜアイルランド民謡が文部省唱歌に?

上の楽譜はウィキペディアの「庭の千草」より引用。
「庭の千草」は文部省唱歌として日本では知られている。
ウィキペディアによると、

作詞: 里見義(1824 – 1886)
作曲: 不詳
原曲: アイルランド民謡「夏の名残のバラ」(The Last Rose of Summer)
掲載: 文部省音楽取調掛編纂『小学唱歌集 第三編』文部省、1884年(明治17年)6月
底本: 『小学唱歌集第三篇』初版
とある。

この「小学唱歌集第三篇」を調べてみると、この唱歌集には、
◎仰げば尊し/原曲 アメリカ民謡 Song for the Close of School
◎アニー・ローリー 「才女」/原曲 スコットランド民謡 Annie Lourie
◎庭の千草 「菊」/アイルランド民謡 The Last Rose of Summer
◎野ばら(ヴェルナー)「花鳥」 /原曲 ドイツ歌曲 Heidnroslein
が収められていたとある。

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行2」に「庭の千草」に関しての記述がある。

「ふと、小学唱歌のことをおもった。
明治初年の小学唱歌は、文部省音楽取調掛によって創(はじ)められたのだが、その初期はすでに欧米にあった歌曲に日本の詞をつけただけのものが多い。
 とくに、ケルト(スコットランドやアイルランド)の民謡が多かった。たとえば「蛍の光」や ”夕空晴れて” という唱い出しの「故郷の空」などはスコットランドのものであり、また「庭の千草」はアイルランドの古い民謡である。この3つの歌に共通するものは山本修二がいうところの甘い憂鬱というものだろう。
 私は、川口信行氏の記憶力を信じているから、当然のことのようにかれに「庭の千草」の原題をきいた。
「”夏の終りのバラ”(The Last Rose of Summer)でしょう」
 ああ、それだ、・・・・略・・・・
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 川口氏が小さく歌った。 
  庭の千草も、虫の音も、
  枯れて、さびしく、なりにけり。
  ああ、しらぎく、嗚呼 白菊
  ひとり 遅れて 咲きにけり。

 声も悪くない。
 ところが、うたいおわってもたれもが沈黙し、川口氏の顔をみつめるだけだった。おろらく、アイルランドの古曲を、どうしてこの日本人はわけのわからぬ言葉でうたうのかということだったろう。(P190〜P192)」

ヨナ抜き音階

ネットであちこち見ていると、「ヨナ抜き音階」の紹介があった。
音階といえば「ドレミファソラシド」と口から出てくるが、これは西洋中心の音階で、民族によって持っている音階は違う。東アジアでは五声(ドレミソラ)という五音がよく使われていたそうだ。
ド レ ミ フ ァ ソ ラ シ ド は明治時代には
匕(ヒトツ) フ(フタツ) ミ(ミッツ) ヨ(ヨッツ) イ(イツツ)
ム(ムッツ) ナ(ナナツ) と称していたそうだ。
日本の古くからの音階ではファとシがないものが多いと言われている。
ファがヨ、シがナなので、ファとシがない音階ということで「ヨナ抜き音階」と呼ばれているそうだが、これは西洋音階からみた言い方である。
しかしスコットランド民謡やアイルランド民謡にはこの「ヨナ抜き音階」のものが多いそうだ。司馬遼太郎さんが書かれている「故郷の空」も「蛍の光」、そして「庭の千草」もこの「ヨナ抜き音階」でできている。

 「ヨナ抜き音階」で作られた曲は昔の曲だけではない。現在私達がよく知っている曲もこの「ヨナ抜き音階」でできていると知ってびっくりした。
ホームページのアドレスを下記にコピーしておく。

https://flip-4.com/955

明治維新から日本とアイルランドの関係が深かったことがよくわかった。
同じ島国、大国からの圧力にどう対処していくか、アイルランドから学ぶことが多かっただろうし、アイルランドに着目して先人たちの眼力にも感心する。

山下直子さんの講義には「アイリッシュハープ」の奏者のお話もあった。
それは次回に書くことにする。

 

 

 

タラの丘 HILL OF TARA

アイルランド・カルチャー講座 第4回

アイルランド・カルチャー講座も4回目、後半に入ってきた。
アイルランドで行ってみたいところといえば、「風と共に去りぬ」の「タラの丘」。
多くの人がそう思っていると思う。
山下直子さんのお話によると、日本人の観光客が圧倒的に多いそうだ。

タラの丘はダブリンから北西36キロメートルのところにある。
ここには4〜5世紀ごろの土の砦が残っている。ケルトの人たちがやってくる前からこの地は聖なる場所としてあったらしい。


聖パトリックの像の写真を取り、サンザシ(英語名はホーソン)の樹の下を通り抜ける。サンザシは赤い実がたくさんついていた。

広い、草原のような丘。みわたす限りの草原、という雰囲気。
丸く盛り上がっているのは古墳らしい。古墳の中には新石器時代にさかのぼるものもあると山下直子さんは說明されていた。日本の古墳時代のずっと前から、ここで文化が栄えていたのだ。

この石柱は王の中の王が戴冠式を行ったと伝えられている。「運命の石 Lia Fail (リアフォール)または Stone of Destiny 」と言われ、「真実の王が触ると、唸りをあげる」という伝説があるそうだ。私は触ったけれど何もなかった(残念!)。ツアーの男性の添乗員さんに触るように促すと、「いやー、私が触って王になったら、みなさんと一緒に日本に帰れませんから遠慮します」と笑って答えてくれたことを思い出す。

土曜日の講座の後の追加のユーチューブで、山下直子さんは石柱には豊穣のシンボルとしての意味があることをおっしゃっていた。アイルランドでは大地は女性を表すそうだ。
近くの泉の紹介もあった。私は行っていないけれど、タラの丘周辺には7つの泉があるそうだ。また石柱の近くには泉が多いという、これもまた豊穣のシンボルとしての伝説が広がる背景にもなったのだと思う。

現在のタラの丘の紹介がビデオであった。 フェンスで囲まれているのにびっくり。
なにか修理中なのか、ひよっとしたら「新型コロナ感染予防」のため、観光客などが触らないようにしているのかもしれない、と山下直子さんの説明にあった。こんなところまで「新型コロナ」の影響があるのかと驚いてしまった。

山下直子さんの講義によると、「風と共に去りぬ』を書いたマーガレット・ミッチェルは、父方がスコットランドで母方がアイルランド出身だそうだ。曽祖父が農園主で作中のタラ農場のモデルとなっている。祖母がアイルランド移民と結婚し、南北線層の話をよく聞いていたらしい。それもこの作品に反映されているそうだ。物語の設定として、30年アメリカにいてもアイルランド訛りの抜けない父親、タラという地名をつけるなど、こてこてのアイルランド人が思い浮かぶようになっているらしい。

「愛蘭土紀行1」で司馬遼太郎さんは次のように書いている。
「・・・アイルランド人の形質や気質について・・・形質としては『アイリッシュ・ブルーの大きな目』(映画『ブルックリン』のシアーシャ・ローナンの青い目がそうだと思う)、民族性としては「アイルランド人が卑怯者だということはきいたことはない」、・・・さらには『アイルランド人はたとえ敗北に直面しようとも敗北を認めない。
 スカーレットは、百敗する。南軍が破れ、家も町も焼かれ、最初の夫も二度目の夫も戦いでうばわれ、三度目の夫のレッドバトラーも失踪した。すべてを失いながら、さいごに、昂然と顔をあげる。 『タラへ帰ろう。ー』 それは、彼女が父からゆずりうけた農場の名というだけではなかったろう。アイルランド人としての不撓の血が流れていることをわすれるな、ということをその地名をとなえることによって暗喩したのちがいない。再生への祈りでもあったはずである。」

アイルランド人の「土地への愛着」、土地を奪われてきた歴史的背景が、小説「風と共に去りぬ」にある、と山下直子さんはいう。
360度見渡せるタラの丘に立つと、スカーレット・オハラの気持ちが何となくわかるような気がする。草原のような大地と吹き抜ける風、広い空の下にいると、「よし、がんばろう」という気力がわいてくる。

「風と共に去りぬ」の続編として、「スカーレット」(アレクサンドラ・リプリー作、森瑤子訳)が紹介された。(左の写真はアマゾンのホームベージより)
私はこの本を読んでいないので、内容については触れることはできない。
しかし山下直子さんのお話で、アイルランドの西海岸側の町や史跡が写真とともに紹介されて、とても興味深かった。
行ったこともないところなので、機会があればと思っていると、この講座の質問に答えるユーチューブで、「司馬遼太郎さんのアイルランドツアーがあれば行ってみたい」という参加者からの意見が紹介された。「今はないけれど、皆様のご希望を聞いて・・・」という旅行社からの返答もあり、これは期待が・・・・。
ますますこの講座が面白くなってきた。