さようなら みさき公園

3月31日午前10時、みさき公園駅に到着。 延期、延期で延びた開演。
そして今日は最終日。

公園の入口前で、体温検査と手の消毒。大人も子どもも関係ない。

入り口を入ったところには、大きな「卒園証書」が。
この前で記念撮影をする人の列がずらり。家族で、友達同士で、カップルで、なかには1人で係の人に写してもらう男性の姿も。思い出があるのだろうなあ。

お目当てはイルカショー。 この日は一日4回の公開。WEBで申し込みがあった。 たまたまあたったの子どもたちは大喜び。しかし土日が休園になり、どうなるか?と心配した。最終日はやってほしいなあ、という願いが通じたかのように、「実施する」というメールが届いた。お天気も最高だった。

イルカたちも指導員さんたちも、がんばっているなあーというオーラが体中からあふれだしている。

最後の大きなジャンプ。ひもをひっぱると、そこから出てきたのは、

「ありがとうございました」の文字。大歓声と拍手の波。
このイルカたちは白浜のアドベンチャーワールドに引き取られるそうだ。
動物たちの引取先は決まっているようなので、ちょっと安心した。

キリンってこんなに大きかったのかな。天王寺動物園ではキリンと人間は同じ高さに立ってるので見上げる感じだが、ここは坂道からキリンと見ることができるので、顔や頭の大きさにびっくりする。

 

桜の木も年代を感じる。

みさき公園は
1957年4月1日に開業した。遊園地、動物園、水族館などがあった。
私自身が小学校の時に何回かおとずれている。でもその記憶は薄れてきている。
今回久々に来て、観光用の灯台があるのを見て、なんとなく懐かしくなったが、登ったのか登らなかったのか、私が来た時にあったのか、なかったのか、よくわからないというのが本当の所。
私の記憶には自衛隊のジェット機や戦車があったと想うのだがそれがここ「みさき公園」だったのかもはっきりしない。それくらいに古い記憶ということだ。桜の木も太い幹、歴史を感じる木肌、開演63年の歴史が刻まれているかのようだった。

時刻は3時すぎ。入り口にはまだまだ入ろうとする人たちの列が続く。
「最後尾」と書かれた看板を持つスタッフのお姉さんは、電車が来るたびに前に行ったり、後ろに差が立ったりと忙しそうにしている。

なんともレトロな雰囲気の回転木馬。子どもたちは楽しそうにのっている。
USJもディズニーランドも楽しいが、こんなふうな遊園地もいいものだ。
こうした遊園地がまたひとつ大阪から消えていってしまうのが残念。
跡地は岬町に無償で寄付されたそうだが、何になるのだろう。
感慨深い気持ちで「みさき公園」をあとにした。

 

 

 

 

 

 

精進薬膳カレー

奈良市内にある蔵元「春鹿酒造所」の今西清兵衛商店の玄関。
ここに「ご存知ですか?
奈良は日本酒発祥の地です。」というポスターが貼ってあった。

日本酒に発祥の地があるなんて考えもしなかった。いつかわからないうちに、誰かがどこかで発酵した米からお酒を作ったのだろう、ぐらいしか思っていなかった。

奈良が日本酒発祥の地、という言葉にひかれて調べてみると、「日本清酒発祥之地」という石碑が奈良にあることがわかった。

https://style.nikkei.com/article/DGXBZO47666870V21C12A0AA2P00?channel=DF130120166105&style=1

上のホームページによると、

JR奈良駅から車で約20分。山あいの正暦寺(しょうりゃくじ)には「日本清酒発祥之地」の石碑が立つ。地元の蔵元などでつくる「奈良県菩提●(酉へんに元、ぼだいもと)による清酒製造研究会」が2000年10月に建立した。裏には「……正暦寺において創醸され、その高度な醸造技術は、近代醸造法の基礎となりました」とある。

どぶろくのような酒から「すみざけ」ともいわれる現在のような清酒が造られるようになるのは、酒造りが朝廷から寺院に移る室町時代。寺院の酒は僧坊酒と呼ばれ、正暦寺では15世紀半ば、醸造した清酒「菩提泉(ぼだいせん)」が販売されていた記録が残る。(以下略)

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清酒の発祥の地が奈良とはそれは知らなかった。
奈良は歴史が古いので、いろんなものの発祥地になっているのだとおもう。
このポスター以外に私の目を引いたのがこれ。

「奈良・天平時代の食材だけで作る
幻の精進薬膳カレー

砂糖 化学調味料 合成着色料・保存料 無添加

1300年カレー」

英語でVEGETRIAN と書いてある。

カレー好きの私には是非とも試してみたいカレーだ。

パッケージの裏側には、次のような説明が載せられていた。

「カレーは、釈迦がスパイスを合わせて作った薬膳が始まりだと言われています。
 東大寺の大仏開眼法要でも、招かれたインド僧菩提堤遷那が薬膳カレーを振る舞っていたとすると、日本で初めてカレーを食べたのは、奈良の人たち・・・。
”1300年カレー”は、そんな想像をふくらませ当時の素材で作った創作薬膳カレーです。里芋・レンコンなどの野菜、スパイス、もち栗を使い、その頃なかった玉ねぎやトマトの代わりにナスや椎茸でコクとうま味をプラス。
奈良の地酒”奈良の八重桜”の酒粕も加え、風味豊かに仕上げました。
動物性食材を使わず、手間ひまかけたやさしい味わいをお楽しみください。」

材料は、

「なす、里芋、大根、レンコン、しいたけ、ニンニク、生姜、酒粕、もち粟、植物油脂、味噌、ねりゴマ、蜂蜜、香辛料、ゴマ、黒コショウ、山椒、カルダモン」

カルダモン、という香辛料は私がよく知らないものだった。ショウガ科の植物でその種子から作られるものだそうだ。清涼感のある芳香、ピリッとした辛味とほろ苦さがあるらしい。「香りの王様」「スパイスの女王」という呼び名もあるらしい。
とにかく、カレー粉を使っていないのにカレー味がするというからおもしろい。

食べ方は普通のレトルトカレーと同じ。

1300年前にカレーがあったら、という想像で作ったカレーのお味は?
なるほどカレー味だ。
お肉はないが歯ごたえのあるレンコン、里芋がたっぷり感がある。
なかでも大根がなんとも不思議な触感だった。
なにもかも溶けてルーだけのように見えるカレーが多いが、これは食材がよくわかって口の中にその存在感が確かめられるカレーだった。
写真のように一人分のパックだが、妻と二人で分けて食べた。

カレーはスパイスが材料なので、本来的にはカレー料理そのものが薬膳料理なのかもしれない。
奈良の大仏の開眼法要のとき、大仏さんを前にして、貴族や僧侶がカレーライスを食べているのを想像すると、これはまた楽しい風景だとひとりでに笑みが漏れる。

 

 

 

 

漢字ミュージアム3

方言活字とは?

「ある地域だけで使われる「方言活字」 日本全国、どこでも使われる漢字の他に、ある特定の地域だけで通用する漢字もあります。」

へーっ、そんな漢字もあるのか。と思いながらパネルを見る。パネルには次のような説明が書かれていた。

轌(そり)・・秋田県など東北を中心として地名に使われている国字

圷(あくつ)・・茨城県などで、地名や名字に使われている国字。

なるほどなあ、と思いながら見ていると、知っている字があった。

彅(なぎ)・・平安時代に草をなぎ倒して道案内した人に与えられた
          名字の字という言い伝えがある。この漢字を使った
         「草彅(くさなぎ)」という名字は秋田県に集中している。

 SMAPの草彅くんの名字はここから来ているのだ。
ところで「国字」とはどういうことなのだろう?ネットで「漢字辞典オンライン」というのがあり、一覧表になって紹介されていた。そこから引用すると
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国字とは日本で作られた漢字のことで、和字・和製漢字などとも呼ばれます。

国字かどうかの判断は辞書・辞典によって異なり、明確に定義されてはいません。
また、この一覧表には載っていない国字も存在します。

辞書・辞典による解釈の違いは「※」によって表しています。

「※」がある・・・国字として扱われる・扱われないの違いが多々みられる字。

「※」がない・・・多くの辞書・辞典で国字として扱われている字。(必ずではありません)

常用漢字表にある国字(10字)・・・「」「」「」「」「」「」「」「※」「」「

https://kanji.jitenon.jp/cat/kokuji.html

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漢字は中国で作られ、日本以外にも韓国・朝鮮やベトナムにも広がったので、韓国・朝鮮やベトナムにもその民族が作った国字があるそうだ。ただ広く現在も使っているのは日本だと思う。

全国の県別に多く使われている国字が地図と一緒に紹介されていた。

近畿地方を見ると、 大阪の「阪」が国字!ということにびっくり。 琵琶湖の「琵琶」も国字。 近畿の「畿」も国字。

へぇー、私達に馴染み深い漢字が国字、日本でつくられた漢字だとはしらなかった。
全国の都道府県名にも国字があることを知って、見ていて楽しかったし、勉強になった。調べてみると、日本で作られた日本でしか使われていない国字がたくさんあることがよくわかった。

漢字ミュージアムのエレベーターにあった表示。

漢字、英語、点字で表記されている。
左側の「開」には「あく」
「閉」には「しめ」、「開延長」には「かいえん」と点字表記がある。
右側の「壱』には「1」、「弐」には「2」と点字表記が示されている。

展示が素晴らしいので、パネルなどを冊子にしたものはないかと受付で尋ねた。
残念ながらそのような本は作られていないそうだ。
受付には左のような「幕末明治の翻訳語」という冊子が販売されていた。
ヨーロッパなどからの外来語を日本語に取り入れるための苦労が紹介されていた。社会、概念、品格、哲学などなど明治になって作られた言葉あるんだなあ、その言葉を日本語にしていくためには大変な努力と勉強がいっただろうなあと想像される。

入口付近には売店や喫茶コーナーがあり、中国からの観光客も多く見られた。私は受付の人に「中国からのお客さんが多いようですが、このミュージアムを見てどんな反応なのですか」と聞いてみた。
「漢字が中国で作られて、日本に広がっていったことが前半で紹介されているのはよくわかるようです」とおおむね好感をもって受け入れられているという感想だった。

漢字は中国の発明だから、それは誇りうることなのだろう。

以前八坂神社に来たときはこの建物がなかったので、何時頃できたのか受付で聞いた。3年前にこのミュージアムがつくられたそうだ。そうか、京都にはこの3年来ていなかったんだ。もう一度ゆっくりと見学してみたいとおもったが、また3年後かもしれないなぁ。