倉吉にある四等三角点

三角点を探る旅 46

地図を見ると、市役所の山手側に三角点があることがわかった。

陸上競技場と駐車場の接するところにあるようだ。

すっぽりと雪におおわれている。 これで発見できるだろか?

地図を見ると上の写真のように、少し高くなったところにありそうだ。
三角点だから付近を見渡せる高いところにあるはずだが、このようすだと陸上競技場や駐車場は山を削って作られなのではないかと思う。
ディズニーシーそばの三角点もそうだった。ディズニーシーではグランド設置のためにどこにあるのかがわからなくなっていたが、ここはどうだろう?

発見! この立て札には見覚えがある。
すっぽりと雪にうまっている。まわりをほってみよう。

立て札のすぐそばをほったが、見当たらない。もう少し範囲を広めてみよう。

何かフタのようなものが出てきた。これだ。この下だ。

ありました。フタの下に三角点の頂部が見える。

しゃがんで四等という文字をさがそうと思ったが、雪でぬれてくるのでやめた。
国土地理院のホームページの情報を見ると、

「葵町」という四等三角点。標高は37.0mとあった。

一等水準点の標高は約16mだったから、やはり三角点のほうが高いところにある。

フタをして、雪をならし、ほぼ現状にして調査は終了。

だれも通らなかったからよかったが、人が見たら「何をしている」と声をかけられそうだ。

近くの小学校の壁には、羽衣の天女が書かれている。 調べてみると、 「打吹天女伝説」(うつぶきてんにょでんせつ)というのがあるらしい。

倉吉観光情報のホームページを見ると、

「昔、一人の男が池の浅瀬で美しい天女が一人水浴びをしているのを発見しました。 男は天女に恋をし、近くに脱いであった衣を隠してしましました。天に帰れない天女は男の女房になり、二人の子を授かりました。
そんなある日、天女は羽衣を見つけ自分の体に羽衣をはおってみると、今まであった親子の愛情はたちまちうすれ、子ども達を地上に残したまま天界に飛んで行きました。二人の子ども達は大いに悲しみ、近くの小高い山(現在の打吹山)に登り、笛を吹き、太鼓を打ち鳴らし、母親に呼びかけました。しかし、母親の天女は二度と地上には帰って来ませんでした。」

私達の知っている天女伝説の原点はここにあるらしい。

倉吉市で「一等水準点」と「四等三角点」の2つが観察できたことはラッキーだった。鳥取から足を伸ばして倉吉に来たが、鳥取ではまだ「三角点」や「水準点」をみることは出来ていない。
季節がもっと良くなってから、来てみたいものだ。

 

 

 

倉吉にある一等水準点

水準点めぐり 21

ここは鳥取県倉吉市にある「研屋町児童遊園」。
ここに「倉吉打吹流しびな」(くらよしうつぶきながしびな)の像がある。
4月はじめに、雛人形の絵馬を川に流し、子どもの成長と川の浄化を願う行事があるそうだ。
この像のすぐそばに、「一等水準点」がある。

ここの「一等水準点」は、昭和10年(1935年)に設置されたと書かれている。
それにしても、立派な立て札というか表示だ。

雪に埋まった水準点も珍しい。 基本通りに、周りに保護用の石が置かれている。 雪がなかったら、たいへん目立つだろうなと思う。
しかし、ほとんどの観光客はこの水準点に気が付かないというか、目に止めない。

ここは倉吉の観光スポット、白壁土蔵群のあるところ。
こういった観光地の真ん中に水準点、しかも一等水準点があるとは思ってもいなかった。

一等水準点のある公園のそばには、裁判所や小学校、倉吉市役所がある。
こういった市内の中心施設に一等水準点があるのは、古くからの土地なのだろうと思う。
さて、次は三角点をさがしてみよう。

 

 

 

 

姫路城の三角点

三角点を探る旅 45


ここは姫路城。白鷺城ともよばれる白いお城だ。
ここに三角点がある。以前来たときは工事中だったのでそれを確認できなかった。
あいにくのお天気だが、観光客は多い。前に来たときよりも外国からの観光客が多いように思えた。

天守閣に向かって歩く。 天守閣までの道は急な坂道だ。

11月というのに、桜が咲いていた。
観光に来ていたたくさんの外国人が、この桜の木の下で写真を撮っていた。
今年の異常気象のおかげだろう。
この桜は、来年の春にももう一度花を咲かせるのだろうか?

そんなことを思いながら坂道を登る。

天守閣の手前にある広場、ここに三角点がある。

隅にあるベンチの後ろ側にある。

 「この下に 三角点の標石あり」という石がある。
この四角い石を動かすと、

穴が空いている。丸い石のようなものがフタのようにふさいでいる。この丸い石をのけてみよう。

やっぱり穴が続いていた。腕を入れて中の土を取り除く。

腕の届くかぎり伸ばして土を取るが、私の腕の届く範囲のむこうに三角点の標石があるようだ。周りの人の視線を感じてこのへんでやめとおこう、と原状復帰する。

「この下に三角点の標石あり」のベンチからはこんなふうに天守閣が見える。
三角点が設置されてから、何回も改修され、盛土がされたのだろう。そのため三角点もどんどん地面の下になっていったのだろうと思う。和歌山城の三角点もそうだった。

上の写真は、国土地理院のホームページで調べた姫路城の三角点。
標石の写真はなく、私が腕ん入れた穴に棒が差し込まれた写真だった。写真は平成17年のものだ。そうすると姫路城の改修前も深い穴の底に標石があるのだろうと想像される。
とにかく姫路城に三角点があることが確かめられた。心残りだった三角点が一つ解決された。