金沢城公園の三等三角点

三角点を探る旅 37


兼六園のそばにある金沢城公園に三塔三角点があることがわかった。

兼六園見学を一人外れてこの3等三角点探しにでかけた。

兼六園の入口に面するように金沢城公園への橋がある。

金沢城には天守閣は残っていない。写真にあるのは五十間長屋。大阪城を見慣れている私には、全く違った印象のお城だ。
私が目指すのは辰巳櫓跡(たつみやぐらあと)。

地図と見比べるとどうも道から少し離れた木々の中にあるようだ。

あった、あった。三角点が見える。

三等と右から左へ書かれている。縦に三角と読み取れる。 三塔三角点だ。 地図を見る限り、金沢城にはここしか三角点がない。

他の三面を見るが、何が書かれているのかわからなかった。古いものなのだろう。
人の通る道から奥まったところに静かに鎮座している。
お城の多くは三角点や標準点がある。歴史的なもので移転することもないし、台地や山の頂上付近にあるので、三角点の置く場所としては最適なところだ。
この三角点は、海抜59.3 m のところに設置されている。

園内のあちこちに写真のようなマップが設置されているが、三角点を表示したものはない。大阪城もそうだった。私の記憶では、和歌山城には立て札があったことを覚えている。

おもしろいものがあった。第2次世界大戦中、陸軍が石垣を潰して作った弾薬庫。
米軍に見つからないように、と作ったそうだ。

ここはいろんな積み方をした石垣があるので有名なようだ。
石垣をめぐりのコースがあることが案内板にしるされていた。

近くにある兼六園に似合うようなきれいに整備された金沢城公園だった。
兼六園近くのアイスクリームショップで、金沢で人気の「金箔・銀箔のソフトクリーム」を買う。1個1000円なり。
バスの運転手さんに「いろんな国の人がいますね。」というと、
「日本人は一人もいないでしょう」と冗談を返してきた。
それぐらい外国からの観光客が多かった。
外国には三角点があるのかな、ふと疑問が湧いてきた。

 

 

金剛山の一等三角点

三角点を探る旅 36

ここは金剛山のロープウェイ。千早駅。
金剛山駅の標高が975m、ここ千早駅の標高は708m。高低差267mを約6分で移動する。登山口から山頂まで歩いて1時間から1時間半ほど。
小学校の耐寒登山で登ったり、春には子どもを連れて登った金剛山も、今回はロープウェイで。それでもロープウェイの金剛山駅から山頂までは30分ほどは歩く。

1000mの山となると、紅葉も見ることができる。 台風の後なので、お天気は曇りがち。 時々陽射しが差し込む。 歩いているとそれほど寒さは感じないが、じっとしていると風は冷たい。

林の中を歩くと、立て札が見えてきた。少しピントがずれているが、 左向きの矢印が書かれている立て札には「一等三角点」の文字がある。

何かフェンスが見える。アンテナの敷設のようだ。

上の写真左が地図にある表忠塔。高さ25mの鉄塔で、燭光400ワットの灯りがつく。右の写真は表忠塔のそばに設置されているアンテナ群。
表忠塔?、インターネットで調べてみると、楠木正成をしのんで昭和3年に作られたものらしい。第二次世界大戦から昭和36年までは消灯されていたが、現在は点灯されているらしいが、時間的には確認できなかった。現在は金剛山展望台としてフェンスで囲まれていて入れなかった。金剛山は楠木正成に縁のあるところと再認識。

表忠塔、アンテナのフェンスの向こうに三角点があった。
ここは湧出岳(ゆうしゅつだけ)のてっぺん。

http://seesaawiki.jp/w/kongosan_ropeway/

金剛山ロープウェイのHP(上のアドレス)のイラストにあるように、大日岳、葛城岳、そして湧出岳の三つの峰がある。その三つを総称して金剛山と呼んでいるということを初めて知った。金剛山という名前は、山頂にある転法輪寺の山号であり、金剛山転法輪寺の金剛山が峰々全体を表すようになったそうだ。山岳信仰、役行者と関係のあるところと一緒に登ったグループから教えてもらう。

「一等三角点」の文字が読める。「点」が「點」と旧字体なのが、この三角点の古さを証明しているようだ。

他の三面の文字は読み取れなかった。雨や風で風化したのかもしれない。

「建設省国土地理院」、「大切にしましょう三角点」、「基本測量」、「一等三角点」という文字の書かれた白い標柱がある。

三角点、アンテナ群のそばにあるのが「妙法蓮華経如来神力品第21経塚」。山岳信仰に関係があるのだろうと思うが、詳しいことはわからない。

金剛山の名前のもとになった「金剛山転法輪寺」。

おなじみの山頂広場。眼下は曇っていて大阪市街の街は霞んでいる。小学校の耐寒訓練で来た時は一面が雪だった。、雪の広場で弁当を食べたのを覚えている。

山頂の温度は5度。100m昇るごとに0.6度下がると言われているから、市内は10度少しなのだろうか。
右は金剛山で一番高い葛城神社への石段。ここを登ったところが1125mのところ。

山頂でお弁当を食べた時に知り合った犬連れのご夫婦。
白いラブラドール・レトリバーが可愛いので「このワンちゃんも歩いて登ってきたのですか」と声をかけた。
「ええ、この子は今日で1399回目の山登りなんですよ」
「えーっ、もう1400回じゃないですか?!」
「はい、4ヶ月の時から登ってますからね」
と笑って答えてくれた。
ご夫婦とミルクちゃん(犬の名前)は歩いて山を降りるらしい。

お昼時は太陽が見えたのに曇ってきた。山の天気は変わりやすい。
私たちはケーブルカーで山を降りた。

 

水準点めぐり 20

地図を見ると、二等水準点がある。
川沿いに歩けばいけそうだ。

この橋の向こうに見えている、土手沿いにありそう。

橋のたもとに、丸い鋲のようなものが打ち込まれている。
水準点の表示はない。

地図を頼りに土手沿いを見るが、わからない。

地図によると、上の写真の真ん中部分の土の道付近にあるのだが、それらしい表示はない。しかもその周辺は住居の敷地になっているので、あまり深く立ち入ることはできない。よくわからないまま調査終了。
大阪に帰ってから、国土地理院のホームページをみると、この水準点のある場所は「住宅地」になっていた。やはりそうか。個人の調査では無理なところなのだ。

さて、以前に見た「宍道湖大橋」たもとの三角点はどうなっているのだろう。

ありました。 「三角点を大切にしましょう」の文字は薄くなっている。

「四等三角点」の文字は見える。

コンクリートの台座の端にある「三角点」。この三角点は普通にある石の角柱ではなく、円形の金属パネルという珍しいもの。
ここも気づかない人は気づかないままに通り過ぎるだろう。

</p 宍道湖の湖面は静か。町並みも落ち着いている。 朝の味噌汁に入っていたシジミはここのものかなあ。松江は、食べ物、水、空気のおいしい町だ。

 

 

島根県・松江城の三角点

三角点を探る旅 35

島根県にやってきた。
ここは県庁所在地の松江市。松江市といえば松江城。
このお城のそばに三角点がある。

お城のそばだから確実にあるだろうと予想できる。

松江城はお堀を巡る「堀河めぐり」で有名。その船が見えてきた。

地図で見ると、この付近に三角点があるはずだ。目の前にある橋のたもとの左側の空き地にありそう。

「三角点を大切にしましょう」という白い柱はあるが、三角点はどこだ?

イベントで使うのだろうか、茶色の木の台が3組ある。その茶色の木の台を動かしてみる。三角点らしい形が見えた。草にすっかりおおわれているが、ここに違いない。
草を抜くが、三角点とまわりの石の間のすきまに草の根がびっしりと生えている。悪戦苦闘の末、三角点が見えてくるのに15分以上はかかったにちがいない。
お堀のそばで、しゃがんで草を抜いている姿は、観光客や堀河めぐりの船からどんなふうに見えるかなあ、きっと怪しい人に違いない、と心細くなる。

ありました。四等三角点。
土の中にすっかりうまっているので、文字の確認はできなかった。

木の台を元に戻すして、見た目の原状復帰。三角点を隠すことになるが、仕方がない。この木の台の下に三角点があるとは、だれも気づかないだろう。

 

立派なお城と手入れの行きとどいたお堀。しかし
「三角点を大切にしましょう」の白い標柱の文字も消えかかっていて、三角点は木の台の下にあって見ることができない。なんとも残念、という気持ちで、水準点探しにうつることにした。

 

 

 

イケア鶴浜のそばにある三等三角点

三角点を探る旅 34

IKEAにお買い物。
調べてみると、IKEAと鶴町小学校のあいだに三等三角点があることがわかった。

IKEAの向かいにTOKYO interior という大きな建物ができていた。以前IKEAに来た時は、このショップはなかった。
休みの日なので、車がどんどんやってくる。

鶴町小学校のそばにある「鶴町中央公園」。

三角点は公園の芝生の部分、道路側にあるようだ。

鶴町という地名の由来が書いてある案内板があった。

     鶴町
鶴町地域は、市の築港計画(明治30年〜昭和3年)による埋め立てによって造成され、大正8年3月、「鶴町」「鶴浜通」「福町」という新しい町として誕生しました。
鶴町の町名は聖武天皇の「難波の宮」のちかくの光景を「田辺福麻呂」が詠んだ「潮干れば葦辺に騒ぐ白鶴(百鶴とも)の妻よぶ声は宮もとどろに」(万葉集巻6ー1064)から「鶴」を、また福町は、この詠者の「福」からとられたものです。
昭和51年の住居表示により、鶴浜通は鶴町1〜4丁目に、福町は現在の鶴町5丁目となりました。
鶴町地域は運河や内港に面していることから、外資系自動車工場や日本とアメリカの間の海底ケーブルを敷設した会社や橋梁会社等の工場や倉庫が立ち並ぶ臨海工業地帯として、また職場と住宅が近接した地域として発展してきました。
鶴町には、昭和5年から11年まで中央気象台大阪市台が設置され、昭和9年の室戸台風も観測していました。
昭和25年のジェーン台風以降に港湾事業や土地区画整理事業が並行して進められ、現在のような防波堤に囲まれた地域となっています。」

なるほど、大阪が発展してきた時に誕生した町なのだ。

ありました。草に覆われていて、ここに三角点があるとは、知らない人には全くわからないだろう。

写真を撮るために、まわりの草を抜いてお掃除したのが上の写真。

「国」という字が見える。「国土地理院」あるいは「国地院」の「国」だろう。

「基準」の「基」の字が見える。たぶん「基準点」とか「基準」という字が書かれているのだろう。


左から「三等」と書かれている。真ん中の文字は「三角点」と縦に書かれているのだろう。

もう一面の書かれている文字は地面の下にあるため、わからなかった。

この公園の隣には鶴町小学校がある(上の写真)。学校のそばにある三角点だから、何か表示がほしいなあと思う。

他府県では、国土地理院の「三角点を大切にしましょう」という表示があったり、「ここに三角点があります」という立て看板があったりする。
社会科や地理の勉強で、三角点や水準点の勉強をすると思うのだが(私は小学校か、中学校で習った記憶があるが……)今はどうなのだろう。

こちらは「鶴浜小学校」。三角点の近くにあった小学校は「鶴町小学校」。かつては多くの子ども達が二つの学校に通っていたらしいが、子どもの人数が減少していったため、2015年に鶴浜小学校は鶴町小学校に統合されたそうだ。 しかし、写真の鶴浜小学校の正門にはそういった歴史的経過を記した表示がなかった。この小学校に通った子どもたちの思い出の学校なのだから、何か表示がほしいなあと、ここでも思った。