ドイツグリム紀行17(4日目の夜)

ブレーメンの音楽隊

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左はマルクト広場にある「ブレーメンの音楽隊」の像。
まわりが工事中なので、あまり目立たなくなっている。でもこれをのがしてはここに来たかいがない。
ロバの上に犬。犬の上に猫、猫の上に雄鶏がしっかりと乗って立っている。

松本侑子さんの「ブレーメンの音楽隊」についての文を紹介する。

「老いて荷が引けなくなり始末されようとしていたロバ、老いぼれて狩りができなくなった猟犬、ネズミを獲らなくなった年寄りの猫、今夜には殺されて食べられるオンドリ。彼らは飼い主のもとを逃げ出して、ブレーメンへ行っておかかえの楽士になろうと話し合い、旅に出る。夜もふけ、森で野宿していたところ、灯りが見える。近づくと、泥棒たちがご馳走を並べて酒盛りをしていた。そこでロバ、犬、猫、オンドリがいっせいに鳴き叫んで窓から飛び込んだところ、泥棒たちは魔物がやって来たと驚いて、ほうほうのていで逃げ出した。真夜中、ふたたび泥棒が様子を見に戻ってくると、鼻をつままれてもわからない真っ暗闇の中、猫に引っかかれ、犬に噛みつかれ、ロバに蹴飛ばされ、オンドリにけたたましくわめかれ、恐れをなした泥棒は二度と寄りつかなかった。そこで四匹の楽隊たちは、この家でしあわせにくらしました、というお話だ。
職を失い追い払われようとしている老人たちが、新しい仕事にありつこうと景気の良さそうな都会へ向かったところ、道中、食料や財産を貯えた強盗たちの住処にゆきあたり、四人で力を合わせて悪人どもを追い払い、屋敷を乗っとって住み着いた。めでたし、めでたし、といった物語である。その日暮らしの貧しい庶民にとって、この童話は胸のすくような爽快さがあったことだろう。弱者が悪を打ちまかすのびのびした自由な雰囲気が漂っていて楽しい。」・・・・・

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このブレーメンの音楽隊のロバの足だけがピカピカとひかっている。ロバの両足を握って願い事をすると、その願いは叶うという言い伝えがあるかららしい。それでは、とみんなロバの足を握っているところを写真に撮る。
このブレーメンの音楽隊の像は1953年に制作されたものらしい。
フランクフルトの空港で見たブレーメンの音楽隊のポスターは、この像だったのだ。ブレーメンの音楽隊の像は、いろいろとデザインを変えて町のなかにあったが、これが本家本元のブレーメンの音楽隊の像。

続いて行ったのは、この広場の近くにあるチョコレート専門店。

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img_3806ブレーマー・ハッチェス(Bremer Hachez Chocolade)というお店。1890年創業という歴史のあるチョコレート専門店。緑のドアが可愛いお店だった。
ブレーメンの音楽隊をあしらったチョコレートが売られていて、私たちもおみやげとしてゲット。ここには韓国からの若い人たちのグループも買い物に来ていた。それほど有名な店なのだろう。

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土曜日の夕方なので、この広場にはテントがでて、そこでは沢山の人が食事にビールにと週末を楽しんでいる。

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続いてやって来たのが「ベトヒャー通り」。中世の町並みを残していると言われているところ。

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このビルの屋上には「グロッケンシュピール(Glockenspiel)」といわれている鐘が取り付けられている。
屋根と屋根の間にあるのは30個のマイセン磁器の鐘。
12~18時の毎時に、鐘の音に合わせて時計の横にある板絵が動き出し、コロンブスやリンドバーグなど大航海時代をテーマにした絵があらわれるというので、行ってみると、前の広場は大入り満員。

マイセン磁器は東洋から伝わった白い磁器をドイツで作ろうとし、1709年にその技術が完成したという。img_3765_2

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「あれはだれかな?」「コロンブスかな?」とあちこちで日本語が聞こえる。
夕方5時、まだまだ明るい。

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ここは旧市街地のシュノーア地区。14世紀から16世紀にかけて建てられた家が残っていると言われている。かつては漁師や船員、職人さんたちの居住区だったそうだ。
左の写真はこの街角で見つけたブレーメンの音楽隊の像。本好きなロバ、犬、猫だ。
ここで様々なペーパークラフトが売られているお店を発見。ホテルに戻る前に、もう一度立ち寄ったが営業時間がすぎていて、戸には鍵がかかっていた。残念だ。夕食の時間が近づいているのだ。私たちはマルクト広場近くのレストランに行く。

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歩き疲れた体に、ビールが染み込む。お料理もほんとに美味しかった。

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映画のロケなのだろうか?レストランからホテルに戻る途中で目に入った風景。
結婚式直前?直後?ウエディングドレスとタキシード姿の男女。おもわずiPhoneのシャッターを押すが、あわてたためピントがブレる。

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ブレーメンでのホテルは、RADISSON BLU BREMEN 。
旧ヒルトンホテルとして知られているホテル。ハーメルンの笛吹き男で出てきたヴェーザー川がすぐそばを流れている。
さて明日は飛行機に乗って出発地、フランクフルトに向けて移動する。
このツアーの最後の旅行地になる。

 

 

 

 

ドイツグリム紀行16(4日目の3)

ハーメルンからブレーメンへ

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ハーメルンの町は上の地図のように川に面している。その川がヴェーザー川。ネズミが溺れたという川。
昼食の後、地図の中央ぐらいにある「Hochzeitshaush」に行く。市の祝宴会場で「結婚式の家」として知られているということだ。
ここに「仕掛け時計」があり、毎日3回公演。午後1時5分からというスケジュールに合わせて私たちは散策と昼食をとったというわけだ。

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これがその「結婚式の家」。2階の中央に金属製?の扉がある。この扉が開き、人形が動き出すそうだ。公演の時間に合わせて観光客が集まってきた。

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松本侑子さんの資料から。

「午後1時15分から、繁華街にあるホッホツァイハウスで、機械じかけのネズミ捕り人形劇が始まる。
時間を見計らって出かけた。これも17世紀の建物で、見上げると、二階に鉄の扉がある。ここから人形がでてくるのだろう。少しずつ観客が増えてきて、定刻きっかりに始まった。建物上部の外壁に吊るされたたくさんの鐘がハーモニーをなしてメロディーを奏でる。金属的で、なんとしても妙な音色だ。それぞれの鐘が調和した和音を響かせるのではなく、わざと中途半端にずれていて、催眠術にかけられているような心地になる。摩訶不思議な伝説をイメージした作曲なのだろう。やがて鉄扉が開き、人形のネズミ捕りとネズミの行進が始まった。続いてネズミ捕りと子どもたちが進む。最後にネズミ捕りだけが行進して、子どもたちはもう通らない。仕掛けは簡単だが、からくり人形らしい無機的で、やけに薄気味悪い人形劇だった。この冷淡さが逆に、800年昔の因習と迷信、貧困と猥雑、粗野と病気に満ちた中世農村の暮らしを思わせた。」

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この日はとても暑い日だった。写真のように、半袖姿で石畳の影も黒々としている。
私たちは散策の時間に買い物もしたりして、陽気な町の風景を楽しんだ。
さて、これからバスに乗ってブレーメンへ向かう。

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バスで2時間半の長旅。途中にはとうもろこしの畑が続いていた。
風車の後ろには風力発電の鉄塔が。ここでは風力発電の鉄塔が多く見られた。

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ブレーメン到着。荷物をホテルにおいて町を散策することになる。時刻は午後4時に近くなっている。
ここで松本侑子さんの資料の紹介。

「・・・ブレーメンは、1200余年の歴史を持ち、中世はハンザ同盟の中心都市の一つとして栄えた。ハンザ同盟とは、13世紀から16世紀にかけて、海上交通の安全、海賊からの防衛、商業権の拡張を目的として、北海やバルト海沿岸にある北ドイツの都市が結成した同盟のことだ。ブレーメンは海に面していないが、ウェーザー川の下流にあって川幅が広く、船が行きかう。北海に近いことから海外貿易でうるおい、ハンブルグについでドイツ第2の貿易港である。現在の人口は50数万人だ。
・・・(略)・・・・車を留めて歩きだすと、なんとも楽しくにぎやかで浮き浮きするような商業の都だった。石畳の広場には大道芸人が歌い踊り増えを吹き鳴らしている。春の日ざしを浴びながら、それを取り囲む観光客たちもにこにこしている。街角の小さな店のテラスでビールのグラスを傾けて談笑する人々、貿易港らしく洒落た品々がきれいなウィンドーに飾られ、キラキラ光るような商店が軒を連ねるきれいなショッピングアーケード、疏水のヴァンドラーハムの岸辺はよく手入れされた芝生で、大きな昔ながらの水車小屋がそびえ、紫パンジーを敷きつめた花壇が広がる。・・・・・・・・」

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私たちが訪れたのは、世界遺産に指定されている市庁舎。
写真のように工事中だったが、中の見学ができる。見学のための集合時間が迫っているので、大急ぎでこの市庁舎の入口を探して小走りになってついていく。市庁舎の歴史は古く、1405年までさかのぼるらしい。

img_3734見学の入り口は、工事中のフェンスの横。ドイツ人らしい観光客がならんでいる。
ブレーメン市庁舎は、自由ハンザ都市ブレーメンの参事会議長及び市長がいる建物。
第2次大戦中、市民たちは市庁舎の外壁を覆いで囲ってこの建物を守ったと言うほど、ブレーメン市民にとって愛着のあるものらしい。何度も修復と改修がされ、私たちが訪れたときも大きな工事中だった。

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下の写真は、市庁舎の装飾が立派な大広間。天井からは帆船の大きな模型が吊り下げられている。
少しわかりにくいが、この帆船の両側に見える壁の壁画には、右にクジラ、左にシャチ?らしきものが陸に上げられているところがかかれている。
ガイドさんに聞くと、北海ではクジラ漁が行われていたそうだ。

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おもしろかったのは最初に見学した部屋にあった鏡。
天使が鏡を持っている。
左の天使は本を持っている。過去のことがここには書かれている。右の天使は時計を持っている。未来はこれからやってくる。
そして真ん中の鏡には、現在の私が写っている、というわけ。
過去、現在、未来を表しているそうだ。
なるほど、最後の審判を待つ人達にとっては、現在の姿をしっかりとみつめなさい、というわけかなと自分流に考えた。

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市庁舎前の広場、マルクト広場にあるのが、ローラント像。この像を含めて世界遺産となっている。
ローラント像は、中世の文学「ローランの歌」に登場する英雄のローラントの像で高さ5.47mの立派な像。松本侑子さんの資料によると、

「マルクト広場のブレーメン市庁舎は、15世紀初めにゴシック様式で建てられ、17世紀にルネッサンス様式で増築されたきらびやかで優雅な建物だ。圧倒される大きさ、存在感、豪華さで、この街の繁栄がつくづくと偲ばれる。これまでの街道沿いの市庁舎とは風格がことなる。ロバたち四匹がブレーメンへ行けば、音楽隊としてどうにか食べていけると思ったのも無理はない。マルクト広場には、高さ5メートル以上あるローラント像も建っていた。これはハンザ同盟の自由都市の象徴だが、こうした巨人もデンマークなど北方の伝説を思わせる」

 このローラント像は1404年作で、最初は木造だったらしい。第二次世界大戦のときには、市民がレンガで壁を作って守ったという。

私たちはもう少し、夕食までの時間を使ってこの町を散策することになる。

 

 

 

ドイツグリム紀行15(4日目の2)

ハーメルン

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カッセルからバスで2時間ほどの距離。10時半ぐらいにハーメルンに到着した。

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「ハーメルンの笛吹男」は「ねずみ男の伝説」とも言われている話で、みんなよく知っている話だと思うが、松本侑子さんの資料を紹介しょう。

「ハーメルンの笛吹き男は、ネズミ捕りの笛吹男に連れられて子どもたちが大勢行方不明になった伝説である。童話や民話ではなく、実際に起きた歴史的事実とされている。
 ハーメルンは豊かな穀倉地帯の中心地であった。現在でも市の紋章にその名残がある。麦を脱穀する水車がデザイン化されているのだ。新しい市庁舎に行ってみると、建物の外壁に、この立派な水車模様の紋章が誇らしげに掲げられていた。
(下の写真は私が撮したマンホールの蓋。マンホールに市の紋章がついている)

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 しかし小麦や穀物の集まるところ、ネズミも好んでやってくる。そこで町の人々は、ネズミ捕りを頼んだ。男が笛を吹き吹き往来を歩くと、家々からネズミがあらわれ、ぞろぞろと列をなして男の後をついていく。ネズミの大群は男の先導されて町をでて、野原を越え、男がヴェーザー川をわたったところ、ネズミも水に入り、すっかり溺れ死んだ。町中、ネズミが一匹残らずいなくなったのだ。ところが町の人々はネズミ退治の代金を出し渋って、払わなかった。しばらくしてまた男は町にあらわれ、笛を吹きながら歩くと、今度は家々から子どもたちが飛び出してきて、みんな嬉しげに男の後をついていき、二度と戻ってこなかった。行方知れずの子どもたちの数や、130人にのぼるという。
 なんとも不思議な話だが、1238年に起きた事件で、グリム兄弟は童話集ではなく『ドイツ伝説集』に収録している。
img_3627子どもたちが笛を吹き鳴らす男とともに、さも楽しげに通り過ぎて神隠しにあった往来は、今も町の入口に残っている。私は神妙な心地で、この小さな通りへ足を踏み入れた。幅数メートル、午後の白い光が満ちた何の変哲もない裏通り、車がゆるるると走っている。けれどその路地をゆきながら、なぜか鳥肌立った。
(左の写真が路地の入り口。左のレストランのディスプレイに、笛吹き男がレイアウトされているのがわかる)
小道を入ったばかり、左側の壁には金属板が埋め込まれている。英語版を読むと、「1238年6月26日聖ヨハネと聖パウロの日にハーメルン生まれの子どもたちが色とりどりの服を身にまとった笛吹き男につれられて町を出て、カルヴァリーを通り過ぎたところで130名が消息をたった」と記されている。ネズミ捕りの代金を出し惜しんだハーメルンの人々は結局大きな代償を払ったのだ。これもまた童話の教訓めいた印象を与える。ちなみに今でもこの通りは、歌舞音曲が禁止されている。・・・・・・・・・・・・・・・」

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この小径には写真のようなネズミのレリーフがところどころに埋め込まれている。ネズミのレリーフをたどっていくと、、、ハーメルンの子どもたちと同じ運命になるのかも、、、、と松本侑子さんのゾグゾクが伝わってきそう。

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「色とりどりの服を身にまとった男」というのは、こんな感じだったのだろう。

メインの通りはたくさんの観光客でいっぱい。どこかの団体のガイドの人なのか町のガイド役の人なのかわからないが、笛吹き男が活躍している。

さてこの「笛吹き男」については様々な研究や解釈がおこなわれているが、松本侑子さんは「ハーメルンの笛吹き男」(阿部謹也著、ちくま文庫、1988年)を紹介されている。私はまだ読んでいないので、これからの宿題としておこう。

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さて、松本侑子さんの資料はまだ続く、、、、、

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「ハーメルンはメルヘン街道にふさわしい物語性があり、人通りの多い観光地だった。メインストリートのオスター通りには物見遊山の旅人らしい初老の夫婦が多く、店先にはネズミの縫いぐるみやパンを堅く焼いたネズミ型のおみやげが売られている。通りを歩いていると、建物が、フランクフルトやハーナウといった中部ドイツとは異なっていることに気づく。彫刻と彩飾を施した立派な木組みの建物もあるが、石または煉瓦造りの北欧風の建物が増えてきimg_3649_2て、景色か違う。北ドイツに入ったことを肌で感じる。・・・・・・」

左の写真は本屋さんでとったもの。こんな巨大なネズミがぞろぞろと列を作って歩いているところを想像すると、ゾグゾクしてくるなあ。

市庁舎付近の通りや広場はヨーロッパの観光客が多かった。日本人の子ども連れの観光客もみたが、アジア人のツアーはほとんど目にしなかった。
ドイツでは選挙があるらしく、広場ではカラフルなテントがたてられて、選挙の宣伝なのか、サンドイッチや花が配られていた。私もほしかったが、みるからに外国人だし、投票権もないわけだから、パンフレットもわたしてくれなかった。
日本の選挙の宣伝に比べると、大変静かで、対話、フレンドリーといった感じがした。

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上の写真のオレンジのテントが選挙関連のテント。
さて、散策の後は昼食。町のレストランにはいる。入り口はにぎやかな人だかりだがなかは静かなテーブル席。

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しっかりとしたランチ。デザートもたのしい。 旅も中ほどになると、体調を崩す人も出てくる。私も少し熱っぽい。ガイドさんに頼んで、薬局体験をすることにした。

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通りにはいくつか薬局があった。日本のスギ薬局やマツモトキヨシといった大型店ではなく、昔からあるようなお店。店内に古風な柱時計があった。12時40分を指している。薬局には女性の薬剤師さんらしい人が二人。
症状をガイドさんに頼んで、伝える。咳止めと風邪薬らしいのを処方してもらった。

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上の写真に、机の上にある青とオレンジの薬箱が写っているが、拡大したのが左。

よく見るとどちらの箱にも点字が打たれている。

下のオレンジの箱には、薬の名前 paracetamol
−ratiopharm
とそのままアルファベット表示されている。その下には、500mgと点字でかかれている。アルファベットと数字は万国共通のようだ。

こんなところで点字に出あうとは思っても見なかった。この二つの薬のおかげで、日本に帰ってくるまでは症状が進むことはなかった。さすがはドイツの薬? しかし錠剤の大きさは日本の薬より大きかった。ドイツ人は大きいのを薬で実感。

ランチも終えて、私たちは市庁舎の仕掛け時計の見学に行く。

 

 

 

ドイツグリム紀行14(4日目の朝)

ラプンツェルの塔

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いよいよこのグリム兄弟の跡を追うメルフェンツアーも後半に入ってきた。

4日目の朝は朝靄で古城全体がもやっている。
朝食後にラプンツェルの塔に登ってみよう。昨日登った人の話を聞くと、とても眺めが良かったそうだ。
この日の予定は、ハーメルンへ移動して、「ハーメルンの笛吹」の町の見学とさらにブレーメンにまで足の伸ばして、「ブレーメンの音楽隊」に関係のある施設を見学することになっている。

このツアーの出発点となった「ハーナウ」はグリム兄弟の生誕の地。そして今日訪れる「ブレーメン」はグリム童話「ブレーメンの音楽隊」で名高い町。以前に書いたように、この二つの街を結ぶ街道があったわけではない。ハーナウとブレーメンの途中の70以上の町が参加し、道路を結び合わせ、観光街道として整備されたもの。1975年に組織させたそうだ。

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テラスから見える風景は、完全に靄の中。

img_3600上の写真の左側の赤い柱があるところが、私たちの食事をしたところ。右側のテラスにもテーブルが並んでいる。そこが中から見ると朝靄の中にあるように見えた。

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ラプンツェルの塔も朝靄の中でかすんで見える。
それにしても「ラプンツェルの塔」がこんなに大きいものとは思っていなかった。
ディズニーのアニメ「塔の上のラプンツェル」で見ていた塔は、高さばかりに目がいっていて、横幅があることに気が付かなかった! 確かに高い塔であれば、塔の下部は大きくなるのは理屈どおり。上から垂れ下がっているのがラプンツェルの髪。ちよっと太すぎる、、、。

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中は空洞で、壁には張り付くような階段。
安全のためか、中心には鉄骨の螺旋階段がある。観光客はその階段を登って屋上の階へ。周りには魔女やラプンツェルのパネルがあって、ちょっとした楽しみも。

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最上部は展望台になっていて、かなり広い。でもまわりはもやの中。 天気がよかったらさぞかし眺めが良かっただろうなあ。 昨日登っておけば、、と思うが、こんな霧の中のラプンツェルの塔もめったに体験できないとも思う。

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霧の中にある可愛いお庭。赤いテーブルにバラ、古城の古い石の色にマッチしている。ドイツの空気によくあっていると思う。

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お城だったことがわかるようにと、古い大砲もこの庭にあった。

ラプンツェルの意味は?
最近のテレビでグリム童話の再紹介がよく行われている。そこでは「ちしゃ」と訳されていて、野菜サラダとして食べているように紹介されていることが多い。
ちしゃはキク科の野菜だが、ラプンツェルと呼ばれている野菜は、オミナエシ科のノヂシャ、キキョウ科のCampanula rapunculusなど複数存在するらしい(Wikipediaより)。妊婦が食べるのに良いとされている野菜とされているのは童話どおり。

「塔の上のラプンツェル」のアニメが出る前は、この物語はあまりポピュラーではなかったように思える。日本では「髪長姫」と訳されていたせいかもしれないと、個人的には思っている。
最近の研究では、グリム兄弟の集めた童話の中で、改訂版のたびに性的な要素を省いていった事がよくわかる作品、として知られるようになった。

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この塔には地下室もあり、そこは牢獄と拷問部屋のようなところだった。
「塔の上のラプンツェル」のロマンティックな雰囲気が、一気に中世の山城の現実に引き戻されるというところだった。

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霧も晴れてきた。 8時45分。バスに乗って、「ハーメルンの笛吹き」の舞台となったハーメルンに向けて出発する。

 

 

ドイツグリム紀行13(3日目の夜)

トレンデルブルクの古城

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img_7207ここはラプンツェルの塔がある古城ホテル、BURG TRENDELBURG。

もともとは14世紀にコンラッド三世によって建てられたお城で、1958年にホテルとして改装されたそうだ。ここも22部屋しかなく、私たちのツアーがほぼ独占状態。レストランでの夕食にはドイツの若いカップルの人たちもいた。お城のレストラン目あてにやってきたこの町と人たちかもしれない。

img_7203なんともロマンティックな雰囲気が漂っている。
お部屋の内装もメルヘンチック。

img_7216 img_7217 img_7221夕食はこの古城ホテルのレストランで。 わたしたちはレストラン内だが、テラスにも席があり、ドイツ人らしい人が夕食を食べている。 img_3553

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img_3557 img_3558パンには塩とオリーブオイル。

img_3561 img_3566メインのお肉の串焼きは、すぐそばで焼いてくれる。

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img_3569デザートまでのフルコース。もうお腹がいっぱい。

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夜もすっかり更けてきた。
今日の朝はマールブルグで、ドイツの点字を見つけた。
赤ずきんの村、シュパルムシュタットに行って、「赤ずきん」の「ずきん」は私たちが思っていたものとちがっていることがわかった。
グリム兄弟が長く暮らしたカッセルの町にある最新設備のグリム博物館の見学、そして「いばら姫」のモデルとなったザババルグ城、夜は「ラプンツェル」のトレンデルブルクのお城。
よく歩き、よく食べ、よく見学した。実りの多い1日だった。