なぜ「ゑ」は使われなくなったの 4

堺市の小学校1年生が使っている国語の教科書「こくご 1 上」に載せられている50音図(P64,65)をみると、
50音図の前のページに「あいうえおであそぼう」という教材があり、そこには「やかん ようかん やいゆえよ」
「わくわく わいわい わいうえを」
という言葉が紹介されていて、歴史的仮名遣いにつながる「やいゆえよ」「わいうえを」がのせられている。そして次ページの一覧表には「や (い) ゆ 「え) よ」「わ (い)(う)(え)を」とかっこ付きの一覧表になっている。

光村図書の書写の教科書を見てみると、書写の教科書の50音図は、教科書の50音図とおなじ表だった。

東京書籍が出している書写の教科書「新しい書写」の6年生用のものをみてみると、
6年生が使うので、ひらがなの元になった漢字が載せられている。しかしヤ行、ワ行はカッコ付きの形になっているのは、光村図書と同じである。

現在使われている教科書「国語」「書写」には、「ゑ」「ゐ」「ヱ」は登場しない。それは文部省の告示に従っているからであろう。

このカッコ付きのヤ行、ワ行について平成22年5月19日に、衆議院において質問されている。その内容を要約すると、
「教科書には「や(い)ゆ(え)よ」「わ(い)(う)(え)を」となっている。現代仮名遣いではヤ行とワ行には「い」や「え」は存在しない。歴史的仮名遣いを教えるのなら、「ヰ」「ヱ」と書くべきだ。小中学校の教科書において50音図はどのように扱われているのか。学習指導要領、教科書県警基準はどうなっているのか」
という内容だ。
この質問に対して内閣総理大臣が衆議院議長あてに答弁書を出している。
この部分を要約すると、
「50音図の取扱いに関する基準は設けていない。教科書に50音図を載せるかどうか、掲載するときにどのような内容にするかは各教科書会社が適切に判断するものである。小学校指導要領に歴史的仮名遣いの指導については触れていないが、やさしい文語調の短歌や俳句などについて指導することになっている。中学校指導要領では歴史的仮名遣いを含む文語のきまりなどについて指導することとしている。」
というようなもので、教科書やドリルなどの50音図の内容は国として関与していない、出版社の判断にまかされている、といった内容だった。

ttps://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/174484.htm

発音の変化があり、表す仮名が複数になったことから、発音どおりに仮名を書くという原則で仮名の整理が進められてきたものと思われる。
現在にも「としゑ」さんや「かずゑ」さんという名前の人がいる。
しかしこれからはそういった表記は減ってくるだろう。小学校のかな文字入門期で教えられる(習う)現代仮名文字が主流になっていくのは、そしてそうなっているのは必然だろう。
これから日本語の表記はどうなっていくのか、音韻の変化はどうなるのか。
それはまだ私の勉強不足のため今後のことは想像もできない。ただ日本語の音と表記が時代とともに変化してきていることが確認できたのはいい勉強になった。

 

 

 

なぜ「ゑ」は使われなくなったの 3

「新しい国語表記ハンドブック」(三省堂・三省堂編集所編)によると、
ここに「現代仮名遣い」という項目がある。三省堂編集書の注として「昭和61年7月1日内閣告示第1号。この告示により内閣告示「現代かなづかい」(昭和21年11月16日付)は廃止された。」とある。
今は廃止された「現代かなづかい」をネットで調べてみると、告示の前文にあたるところに「国語を書き表す上に、従来のかなづかいは、はなはだ複雑であって、使用上の困難が大きい。これを現代語音にもとづいて整理することは、教育上の負担を軽くするばかりでなく、国民の生活能率を上げ、文化水準を高める上に、資するところが大きい。それ故に、政府は、今回国語審議会の決定した現代かなづかいを採択して、本日内閣告示第33号をもって、これを告示した」とある。其の内容を抜粋して引用してみる。
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現代かなづかい

まえがき
1 このかなづかいは,大体,現代語音にもとづいて,現代語をかなで書きあらわす場合の準則を示したものである。
1 このかなづかいは,主として現代文のうち,口語体のものに適用する。
1 原文のかなづかいによる必要のあるもの,またはこれを変更しがたいものは除く。

発音 新かなづかい 備考(旧かなづかいを示す)
くわ
ぐわ

 

*さらに細則として
第1 ゐ、ゑ、を は、い、え、お と書く。ただし助詞のを除く。

1、と書くもの
  (省略)
2,と書くもの
コヱ) つツヱ×)』 すスヱ) うる(ゑる) する(×ゑる)』 とく(会得ヱトク) ち智慧チヱ××) こう(回向ヱカウ) この近衛コノヱ)』 ちょうつ(超越テウヱツ)』 んきん(遠近ヱンキン) こうん(公園コウヱン) けんん(犬猿ケンヱン ×) いちん(一円イチヱン) ぎょん(御苑ギヨヱン ×) んさ(怨嗟ヱンサ××) んじょ(援助ヱンジヨ) んざい(冤罪ヱンザイ× 
3,以降は省略
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*こうして、現代語をかなで書き表す場合には、『ゐ』『ゑ』『を』は、『い』『え』『お』とすることが定められた。

改定された「現代仮名遣い」をみてみよう。

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現代仮名遣い 前書き

1 この仮名遣いは,語を現代語の音韻に従つて書き表すことを原則とし,一方,表記の慣習を尊重して,一定の特例を設けるものである。
2,3は省略
4,この仮名遣いは,主として現代文のうち口語体のものに適用する。原文の仮名遣いによる必要のあるもの,固有名詞などでこれによりがたいものは除く。
5,6、7は省略
8、歴史的仮名遣いは,明治以降,「現代かなづかい」(昭和21年内閣告示第33号)の行われる以前には,社会一般の基準として行われていたものであり,今日においても,歴史的仮名遣いで書かれた文献などを読む機会は多い。歴史的仮名遣いが,我が国の歴史や文化に深いかかわりをもつものとして,尊重されるべきことは言うまでもない。また,この仮名遣いにも歴史的仮名遣いを受け継いでいるところがあり,この仮名遣いの理解を深める上で,歴史的仮名遣いを知ることは有用である。付表において,この仮名遣いと歴史的仮名遣いとの対照を示すのはそのためである。

本文 第1(原則に基づくきまり)
語を書き表すのに、現代語の音韻に従って、次の仮名を用いる。
ただし、下線を施した仮名は、第2に示す場合にだけ用いるものである。

1 直音

直音
 このあとに続く拗音、撥音、促音、長音は省略。

*下線の引かれた「を」「ぢ」「づ」は、本文第2(表記の慣習による特例)という項目に細則のように書かれている。
たとえば、
1,助詞の「を」は、「を」と書く。
2,3,4,5,は省略
5,次のような語は、「ぢ」「づ」を用いて書く。

  • (1) 同音の連呼によって生じた「ぢ」「づ」
    例 ちぢみ(縮) ちぢむ ちぢれる ちぢこまる
      つづみ(鼓) つづら つづく(続) つづめる(約) つづる(綴
    [注意] 「いちじく」「いちじるしい」は,この例にあたらない。
  • (2) 二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」
    例 はなぢ(鼻血) そえぢ(添乳) もらいぢち そこぢから(底力) ひぢりめん、・・以下省略・・
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*図書館でもらった「ゆずりは」には次のように結論が書かれていた。
「昭和61(1986)年「内閣告示第1号現代仮名遣い前書き」で、「現代仮名遣いは、語を現代語の音韻に従って書き表すことを原則とする」とされたため、「ゑ」は「歴史的仮名遣いで用いる仮名」と見なされ、「ゑ」は「え」で表されるようになりました。最近は人名や「ゑびす」など固有名詞で稀にみかけることはありますが、一般に使用されることは少なくなっています。」
なるほど、このような経過を経て、音と表記に矛盾をなくすように考えて政策化されてきたことがわかった。
昭和21年の内閣告示「現代かなづかい」によって、『ゑ』は「え」と書き表すことが学校教育で教えられるようになったということは、戦後の国語教育の政策の一環なのかもしれない。
昭和61年の内閣告示「現代仮名遣い」で、50音図のような仮名の一覧表がはじめて登場してきた。この扱いについては次回に・・・・
 
 
 
 
 
 

なぜ「ゑ」は使われなくなったの 2

前回は「50音図」について少し調べたが、「仮名づかい」「日本語の表記」について興味が広がってきた。
「たのしい日本語学入門」(ちくま学芸文庫・中村明著)をみると、次のように「仮名づかい」について書かれていた部分があったので、一部引用する。

「仮名の発明により日本語を自由に書き表すことができるようになった。これは画期的なことである。単語を仮名で表記する場合のきまりを「仮名遣い(かなづかい)」という。仮名は表音文字だから、文字と音韻とがつねに一対一の対応をしている限り何の問題も生じない。ところが、時代とともに発音に変化が起こる。一方、書かれた文字はそのまま残りやすい。
日本語では古く、「い」と「ゐ」、「え」と「ゑ」、「お」と「を」を書き分けてきた。それぞれ二つの音が次第に区別できなくなり、さらに「ひ」「へ」「ほ」と書いてきた音も時にそれらと同じ発音になるなど、音の種類が減る傾向にあった。平安時代末期には仮名のほうが多くなり、表音文字としてはまさに「字余り」の状態になったため、同じ音に対応する複数の仮名をどのように使い分けるかという問題が起こり、仮名遣いが論じられることになる。」

*なるほど、発音の変化と音を表す仮名とのずれが起きてきたわけなのだ。ではどのように対処するのか。

「考え方としては、過去の一定の時期を模範としてそれに従うか、現代の発音どおり表記することに徹するか、両者の折衷案を採用するかの三方向がありうる。
 明治時代以降、国定教科書では第一の考え方を重視し、江戸時代の前期に契沖が平安時代中期以降の文献を基準にして定め提唱した仮名遣いをもとに、「歴史的仮名遣い」を採用してきた。「オーギ」は「あふぎ」、「スモー」は「すまふ」、「エガオ」は「ゑがほ」、「ワライドーシ」は「わらひどほし」、「オリカエス」は「をりかへす」となるなど、現代の発音とのずれが大きく、学習上の負担にもなっていたようだ。・・・略・・・
 第二次大戦集結直後の1946年に「現代かなづかい」が制定され、1986年にそれをわずかに改定した「現代仮名遣い」となって今日におよんでいる。・・・・
 新しい仮名づかいは大幅に表音文字に近づき、ほとんど発音どおりに書けばよいが、完全な表音文字という段階までは踏み込んでいない。たとえば、助詞の「は・へ・を」はそれぞれワ・エ・オを発音するが、従来どおり「は・へ・を」のままにするなど、折衷案と見るべき性格も部分的に残されている。・・・略・・・。」

*ここまでで、音と表記のずれが生じたことから、「仮名づかい」についての議論が起きてきたことがわかった。

50音図の事に触れた「みんなの日本語事典」(明治書院・中山緑郎、飯田晴己、陳力衛、木村善之、木村一 編)が「ゆずりは」に紹介されていた。
そこに「五十も音がないのに、どうして『五十音図』と言うのですか」という項目があった。(P438)
そこから抜書をしてみると、
「・・・明治以降になり、辞書の配列にもそれまでのいろは歌から五十音図が主として使われるようになり現在に至っています。五十音図という名称も明治時代になって一般化したものです。
ヤ行のイ・エ、ワ行のウは文字として重複しており、五十個ちょうどではないのですが、五段十行という秩序を持った音図という意味で五十音図という言い方が広まっていったようです。

・・・五十音図は最初は、悉曇(しったん;梵語学習のための文字表)の学習と漢字音の学習の便宜のためにつくられたもので、それが偶然に日本語の音韻の表として適したものになってまとめあげられたものです。ところが、中世の間は、この五十音図は日本語の音の表であることはあまり意識されず、悉曇(しったん)や漢字音の学習の世界の中だけで用いられていたようです。それが、近世になって、本居宣長の流れを引く国学の世界などで、動詞の活用の種類などに応用されることにより、日本語の音の表であることがはっきりと意識されてきたものらしいです。そのような流れの中で、明治時代の教育に、五十音図が活用されるようになり今に至ることになったのです。」

*「五十音図」が「音の表」であることが強調されている。なるほどここでも音と表記の関係が大切であることがわかる。
時代とともに表記と音のズレが現在の五十音図になっていったのだろう。その時期はいつかというと・・・(続く)。