都七福神めぐり4

午後に最初に訪れたのは、「西国第19番札所 革堂 行願寺」。
「革堂」は「こうどう」とも「かくどう」とも呼ばれているそうだ。
市バス「河原町丸太町」の停留所が最寄りのバス停。

もらったパンフレットには、
「平安初期、行円上人によって開かれたもので、観音霊場、西国33箇所の19番札所です。 開基当時、一条通にあったものを、「天下泰平福寿円満」を祈る太閤秀吉により、現所に移築されました。 本尊である寿老神を御真言を、一日三回唱えると福寿吉運が授かると言われており、長寿を願うたくさんの善男善女が初詣や月参りにおとずれています。」とある。

「革堂観音」と書かれた大きな提灯がぶらさがっている。

ここが寿老神が祀られている寿老神堂。

ご本尊の寿老神の姿を見ることができないので、ウィキペディアにあった七福神の像の写真を引用する。右から布袋尊、福禄寿神、寿老神となる。
寿老神は鹿を連れているのが特徴。

革堂行願寺のホームページに、由来が書いてあった。

「霊麀山行願寺と号する天台宗の寺院で、西国三十三所観音霊場の第十九番札所です。
寛弘元年(1004)に行円上人によって、一条小川(上京区)に創建されました。子を孕んだ母鹿を射止めてしまったことを悔いた上人が、常にその皮をまとって鹿を憐れみ、人々から皮聖と呼ばれていたことから、革堂と呼ばれるようになりました。
以後、人々からの厚い信仰を受け、町堂として大いに栄えたが、度々の災火により寺地を転々とし、宝永五年(1708)の大火の後、当地に移されました。
現在の本堂は、文化十二年(1815)に建てられたもので、堂内には行円上人の作と伝えられる本尊千手観音像を安置しています。
境内には、都七福神巡りの一つになっている寿老人神堂をはじめ、愛染堂、鎮宅霊符神堂、加茂明神塔などがあります。」

寿老神はどういう神様なのだろう。パンフレットによると、
「中国の老子が天に昇ってなったという仙人の姿。三千年の長寿を保つ玄鹿を従え、人々の難を払う団扇を持っていたことから、福財・子宝・諸病平癒・長寿の功徳ありといわれています。」と書かれている。

さあ、次は10日が賑やかだっただろうなと想像する「ゑびす神社」に向かう。