奥の細道を英語で6(白河の関)

日光の訪問を終えた芭蕉と曽良は、
那須、黒羽、雲巌寺(うんがんじ)、殺生石(せつしょうせき)、遊行柳(ゆうぎょうやなぎ)と訪ね、白河の関にやってくる。

I finally reached Shirakawa, the gateway to the Tohoku region.
My dream journey was really beginning.
Sora and I walked, visiting places where old poets wrote great poems.

心許(こころもと)なき日かず重なるままに、白川の関にかかりて旅心定りぬ。
「いかで都へ」と便り求しも断(ことわり)也。
中にも此(この)関は山関(さんかん)の一にして、風騒(ふうそう)の人心をとどむ。・・・・略

*風騒の人;文人墨客たど風雅の人(騒は原文では馬へんに噪のつくりで一文字)
*山関:勿来の関(なこそのせき)、鼠の関(ねずのせき)と並んで白河の関は奥羽三関の一つといったという。

橋本治さんの訳を引用する。
「旅のことをいろいろと思いめぐらせているうちにも、心はなかなか落ち着かないものだが、いざ旅に出てしまっても似たようなものである。あれこれと思い煩う事が多い。しかし、途中、日を重ね、白河の関が近くなって、やっと今、自分は道中にあるのだと気持ちもしっかり定まった。
 むかしこの関を越えた人の中にも、こうして白河を通過していると、なんとか都にいる人たちに知らせる方法はないかと、歌に残した人があるが、その気持がよく分かる。
 この白河の関は、東国山関と呼ばれるもののひとつで、いよいよここから「みちのく」にはいるせいか、この関を通過した多くの人がここを通過する思いを、いろいろなものに書き残している。・・・略・・」

*平兼盛の歌に「便(たより)あらば いかで都へ告げやらん けふ白川のせきはこゆると」がある。他にも白河の関を読んだ歌がこのあと芭蕉は紹介しているが、Enjoy Simple English では省略。

白河の関を通り、須賀川(すかがわ)、あさか山、しのぶの里、佐藤庄司が旧跡、飯塚、笠島、武隈(たてくま)、宮城野(みやぎの)、壺の碑(つぼのいしぶみ)、末の松山、塩釜、と名所旧跡・歌枕にゆかりのある地を訪れて、目的地の一つである松島にやってくる。
(写真は「白河の関跡」ビジュアル古典文学「おくのほそ道」より・出版 ピエ・ブックス)