奥の細道を英語で3(仏五左衛門)

3月27日に江戸を出発した芭蕉たちは、草加(そうか)を経て、室の八島(むろのやしま)といわれる「木花咲耶姫(コノハナサクヤ姫)を祀った神社を訪れている。古事記にあった、身の潔白を証明するために炎の中で子どもを生んだ姫のことだ。

芭蕉と曽良は4月1日に日光を訪れるという計画のようだ。

3月30日に日光山のふもとで宿泊している。その時の話からはじまる。
「仏五左衛門」との出会いがここであった。

On the last day of March, I was in Nikko.
From long ago, people have believed the mountains here have special power.
On this journey, I traveled with Kawai Sora, one of my students of haiku.
We chose an inn for the night.
The owner was an old man called Gozaemon.
He said to us, “Welcome, both of you.
I’m happy to have you here.
People call me ‘Buddha Gozaemon.’
 I think it’s because I’m a truly honest person.
So you have nothing to worry about.
Rest well”
Hmm.
I thought it was a little funny.
Would a normal person say that kind of thing about himself?
He must have felt sorry for us with our tired faces and dirty, old clothes, so he treated us especially well.
I watched him for a while and he really was a truly honest man.
I was glad to know him

*Buddha; ブッダ、仏
*He must have felt sorry for us; 彼は私達を哀れに思ったに違いない。

この主な部分の原文は以下のようである。

晦日(みそか、日光山の麓(ふもと)に泊る。
あるじの云うけるよう、「我名(わがな)を仏五左衛門と云(いふ)。
万(よろず)正直を旨とする故に、人かくは申侍(もうしはべる)まま、一夜の草の枕も打解(うちと)けて休み給へ」と云(いふ)。
いかなる仏の濁世塵土(じょくせじんど)に示現(じげん)して、かかる桑門(そうもん)の乞食(こつじき)順礼(じゅんれい)ごときの人をたすけ給ふにやと、あるじのなす事に心をとどめてみるに、唯(ただ)無智無分別(むちむふんべつ)にして正直偏固(しょうじきへんこ)の者也。
剛毅(ごうき)木訥(ぼくとつ)の仁に近きたぐひ、気稟の清質、尤尊ぶべし。

*濁世塵土に示現して;俗世間に姿をお見せして
*桑門;僧侶
*乞食順礼;聖地などをめぐる貧しい巡礼者(ここでは芭蕉自身)
*唯無智無分別にして正直偏固の者;ただただ理屈はなく、正直一点張りの人
*剛毅木訥の仁;ただ真面目で質朴というのだけが取り柄の人
*気稟の清質 「気稟(きひん)」は生まれつきの気質・気前。
*「清質」は気立てが清らかであること。

英文には、日光の紹介と曽良の紹介も文頭に書いてあるが、原文ではこの仏五左衛門の次に書かれている「日光」のところと、さらにそのあとに書かれている「黒髪山と曽良」にそのことが書かれている。次回に紹介できると思う。
Enjoy Simple English では、ページ数が限られているから総合的に書かれている部分がある。

このブログで紹介する注の主な出典は左の「えんぴつで奥の細道」と、以前に紹介した「おくのほそ道」(高橋治・講談社)によっている。

上の枠内に紹介した原文の部分の高橋治さんの訳を引用する。

「3月30日は日光山のふもとに泊まった。その家の主人がこんなことをいう。
『自分は仏五左衛門とよばれている。何事も正直にしなければならないと、常々思っているからでしょう。人さまがそう言ってくれるくらいだから、今夜はどうぞ安心して休んでください』
どんなありがたい仏がこの汚れた世の中に姿を現して、自分のような僧の格好をした乞食巡礼同様の人間を助けてくださるのかと、主人のすることに目を配っていた。その結果わかったのは、べつに人に優れた知識や判断があるわけではなぐ、ただただ正直一途にこりかたまっているだけで、論語にある『剛毅木訥の気性は仁の徳に近い』という種類の人間に思えた。生まれついて心がきれいに出来上がっているのだろう。こういう人こそ大事にされなければならないと、自分は深く納得したものだ。」

*ここの記述について高橋治さんは「点景として、ちらと行きずりの人を、さりげなく描写するところが、じつにうまい」とベタ褒めしている。
「奥の細道」が紀行文だけではなく、文学として評価されている所以なのだろう。
次は日光東照宮をたずねる。