南総里見八犬伝を英語で・番外編2

南総里見八犬伝の文章はどんな文章なのだろう。 江戸時代の人たちはどんな文章を読んでいたのだろうか。

左は「人物で探る! 日本の古典文学 松尾芭蕉と曲亭馬琴 奥の細道・南総里見八犬伝 世間胸算用・国性爺合戦ほか」(国土社)
からの引用。
伏姫から八つの水晶玉が飛び出す場面。

これを読むと、伏姫の傷口から白い煙のようなものが出て、首にかけていた水晶の数珠を包み、空に上る。数珠は断ち切れてそのうち100個はつながったまま地面に落ちたが、八つの水晶玉が燦然と輝いて飛び散ったことがよくわかる。

左は信乃と浜路の別れの場面。 浜路の「くどき」と言われている場面で、歌舞伎でも取り上げることの多いところと言われている。

この本では次のように現代語に訳されている。

「私があなたを思う百分の一でも、あなたが私を思ってくださるのなら、『いつ帰ってくるかわからない。だから、私といっしょに来てくれないか』というのが夫婦というものでしょう。ああ、なんてつれない人なの。それでも、あなたを憎めない。あなたに捨てられて死ぬくらいなら、その手で私を殺して! あの世であなたが来るのを百年でも待っているから」

なかなか強烈な「くどき」だ。

この本に「暗唱して楽しまれた名場面」という説明がある。
「当時の人々は、この物語を声に出して読んで楽しんだ。とくに、名場面と言われるシーンは、暗記していた。音読してみると、リズムが良く、印象に残る文章がおおいことがわかる。また、馬琴は、場面によって、かな文字の多い和文と、漢字の多い漢文をじょうずに使い分けている。漢文調の部分は、中国の故事や物語を取り入れて、格を高めている」
と書かれている。

確かに声を出して読んでみると、調子もいいし、内容もなんとなくわかってくる。

西條奈加の『曲亭の家』にも、当時の様子が書かれている。

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・・・大工らが声高に語っている話題の中心は、八犬伝であった。
「そりゃあ、読んでるさ。あたりめえだろ」
「そうじゃなくて、この前出たばかりの、刷りたてのほやほやの十冊だよ」
「うおっ! おめえ、読んだのか! まだ、貸本屋ににも出回り始めてばかりじゃねえか」
「おれなんざ、順が回ってくるまでに、ふた月はかかると貸本屋にいわれたぞ」
「それがよ、去年、娘が嫁いだろ? そこの隠居に伝手(つて)があるとかで、いち早く手に入れたそうなんだ。普請が引けてから毎日、娘の嫁ぎ先に通い詰めてよ、まあ、向こうさまや娘には呆れられたが、おかげで昨日、十冊すべて読み終えたぜ」
ほおお、と羨望と垂涎の眼差しが、語り手の大工に向けられる。
「で、で、続きはどうなったんだい? たしか前の巻は、敵方が兵をまとめて、里見に向かわんとするところで終わったろう?」
「それがな、荘介と小文吾が・・・」
「馬鹿野郎!そっから先を言ったら絞め殺すぞ!楽しみが失せちまうじゃねえか」

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江戸の町人たちは、南総里見八犬伝を心待ちにしていたのがよく分かる。大工の楽しそうな会話を聞いていた路が、代筆を続けることを決意したところである。

上は「浮世絵師の絵で読む 八犬伝(上)」からの引用。「南総里見八犬伝」の草稿である。向かって右が曲亭馬琴の直筆、左が路の代筆である。

この本の解説を引用する。
「お路という聡明でしっかり者の嫁がいなかったら、『八犬伝』が完成したかどうかはわからない。早稲田大学図書館には今も、馬琴が手さぐりで書いた、行文がかすれてよろめいた草稿と、お路に代筆させるようになって整然と記された草稿とがすぐ連続して綴り合されているものがあるが、その右の乱れた文面と左の美しい文面との対称は見るものに熱い感動を覚えさせる」

里見八犬伝の伏姫のモデルは、お路をはじめとする曲亭馬琴を支えてきた女性だったのかも知れない。