滑走路・ハリネズミ・はやぶさ2

ここは梅田の映画館・テアトル梅田。
「滑走路」の映画を見に来た。
平日のお昼すぎなので、人も少ない。20人弱ぐらいだと思う。
ほとんどが私のようにお一人様。
他にはご夫婦連れのような方、女性の友だち連れの方などがいた。

この映画を見ようと思ったのは、朝日新聞11月23日号の天声人語を読んだからだ。
映画館の入り口にある写真とともに萩原慎一郎さんの歌が掲示されている。
「遠くからみてもあなたとわかるのはあたたがあなたしかいないから」
「きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい」
「非正規の友よ、負けるなぼくはただ書類の整理ばかりしている」

左はこの映画のパンフレット。
パンフレットに書かれている映画の内容を紹介すると、
「厚生労働省で働く若手官僚の鷹野は、激務に追われる中、理想と現実の狭間で苦しんでいた。陳情に来たNPO団体が持ち込んだ非正規雇用者のリストから、自分と同じ25歳で自死した青年の死の真相を探り始める。
30代後半に差し掛かり、将来的なキャリアと社会不安に悩む切り絵作家の翠。
子どもを欲する想いを自覚しつつも、夫拓巳との関係に違和感を覚え始める。
幼馴染を助けたことでいじめの標的になってしまった中学2年生の学級委員長。シングルマザーの母・陽子に心配をかけまいと、一人で問題を抱え込んでいる。
それぞれに”心の叫び”を抱えた三人の人生が交差したとき、言葉の力は時を超え、曇り空にやがて一筋の希望の光が差し込む・・・。」

左は原作の歌集「滑走路」
この本にご両親が「きっとどこかで」と題した文章がのせられている。その一部を抜書きしてみる。
「(前略)
ところが、中学受験をして私立の中高一貫校に入り、数人からいじめを受けてしまったのです。その苦しい時期に出会ったのが、短歌だったようです。我慢して高校2年の最後に親に話しました。大人が気づいてあげられなかっなことは、本当に可愛そうでした。学校も調査と指導をしましたが、卒業を迎えることになってしまいました。それから、彼の精神的な不調が出てきて、自宅療養と通院で、時間をかけて大学を卒業しました。そして、本人も頑張って、なんとか少しずつアルバイト、契約社員として働けるようになってきたところでした。
 最近は、つらい体験により失われたごく普通の学校生活や、自分の希望に沿った就職へのチャレンジが不可能になった事等を通して、社会を見つめていたように思います。(後略)」

この萩原慎一郎さんの詩集からインスパイアされ、オリジナルの脚本が作られて映画化されたのがこの映画「滑走路」。
萩原員一郎さんの人生そのものを映画にしたものではないが、背景に萩原慎一郎さんの自死という現実が横たわっているので、内容は重い。
しかし2時間という時間がしんどくて辛い長さとは感じなかった。
三人の中学時代を演じた若い俳優さん、大人になった三人、なかでも翠(みどり)役の水川あさみさんの演技と中学時代の翠(みどり)の木下渓(きのしたけい)さんは私の心に響いた。
映画と原作は別の世界のものなので、詳しい内容はこれ以上書かない。やっぱり映画だなあと思うところもあるし、展開で腑に落ちないところもあったが、このような社会的なテーマの映画は多くの人が見るといいと思う。でもどうして大手の映画館で上映しないのだろう。
この「滑走路」もロクグランになると思う作品だが、何かもやもやしたものが残ったことも事実だ。
いじめの被害者はこれほど苦しんでいるのに、加害者の責任はどうなのだ。
映画の中で「彼は自殺ではありません、殺されたのです」と叫ぶ彼女の声はそのとおりだと思う。私の周りに、自殺未遂の若い男の子、女の子、引きこもりになっている人がいることを聞いている。その人たちにかける言葉はないのだろうか。どのような関わりであったら良かったのだろうか。
そんなことを映画を見たあと自問自答したり話し合ったりしていけば、そこから次の一歩、自分の滑走路が見つかるかもしれない。

自分には励ましてくれる人がいると気づく、それが前を向く一歩になるかもしれない、と思いながら次の日に読んだ本、それがあさのあつこさんの「ハリネズミは月を見上げる」だった。

この本は新潮社の「波」で知った本。新潮社の月刊紙「波」に「高校生の満足度93パーセント」と書かれていたので図書館に予約していた。
私が借りたあとも20人近くの人が待っている本だ。
新潮社のホームページに、あさのあつこさんがこの本のことを紹介している。

少女よ、心に針を持て。

 引っ込み思案な高校生・鈴美が出会った、凛とした雰囲気を纏う同級生の比呂。本作は、そんな二人の少女が悩みながら成長する姿を描いた青春小説です。        
同世代である高校生からどんな反応が返ってくるのか知りたく、刊行前に読者アンケートを実施しました。
しかも、予備知識のない状態で読んでもらうために、著者名とタイトルを伏せて敢行!ご協力いただいた埼玉県立浦和第一女子高等学校の生徒のみなさんから熱い感想が寄せられましたので、 
一部をご紹介します。 

とある。その高校生の感想を一部引用すると、   

「私も今年高校生になり、新しい環境で自分らしく生きていこうと決めていたので、この作品に背中を押してもらったような気持ちになりました。私のようにこの作品に救われる人はたくさんいると思います。」(高1)

「鈴美の気持ちがだんだん強くなっていっているところが、読んでいて気持ちよかった。弱いままで終わるのではなく、いろいろなことを経験して、感じて、新しく生まれ変わるようなとても爽快な物語でした。」(高2)

「気づいたら深夜までページをめくっていたほど、ストーリーから目が離せなかったです。 登場人物が不器用ながらも懸命に、自分のことを話す場面では目頭が熱くなるのを感じました。まさに、言葉の暴力が問題となっている現代に向けた本だと感じました。」(高1)

「読書が苦手な私が一気読みをしてしまいました。それくらい、この小説を読めば読むほど続きが気になり、どんどん世界に引き込まれていきました。高校2年生でこの小説に出会えて良かった、書いてくれてありがとう、それが読み終えた今、私が一番思うことです。」(高2)

私も一気読みしてしまった。人間関係のこと、セクハラ、パワハラと映画と重なる部分がある。高校生の感想にあるように、とにかく最後まで読んでしまいたい、と思う本だった。ハリネズミというのはこの本の登場人物鈴美が創作した小説「森の王国」の主人公。ハリネズミの針、「少女よ、心に針を持て」それが作者あさのあつこさんのメッセージなのかもしれない。
映画「滑走路」でのもやもや、どうすればよかったのか、言葉の力とは何なんだ、と思って肩に力がはいっいたが少し楽になった気がした。
文学や芸術には確かに力があると感じているところに「はやぶさ2」のニュースが飛び込んできた。

はやぶさ2は2014年12月3日に打ち上げられ、3億km先の小惑星「リュウグウ」に2回のタッチダウンをして、砂の採取に挑んだ。
そしてその砂が入っていると思われるカプセルを積んで地球に帰ってきた。
2020年12月5日午後2時半ごろにカプセルを地球に向けて発射。
2020年12月6日午前2時54分にそのカプセルはオーストラリアに着陸した。総飛行距離は52億4千万キロメートル。
左の写真はテレビから撮ったカプセルが火球となって砂漠に降下してくるところ。サザンクロスとケンタウルス座のそばを通過している。

カプセルを分離したはやぶさ2の本体は、次の目的地「1988KY26」に向かって地球を出発した。片道11年の飛行だ。

「はやぶさ2は走って帰ってきて『ただいま!』と言いながら玄関にランドセルを放り投げて、『行ってきまーす!』と言いながら走っていったみたいです」とJAXAの人が解説していた。
そのはやぶさ2が再出発したときに地球の植生写真を撮った。カプセルの着陸したオーストラリアと自分の生まれた日本が映っている。初号機のはやぶさも最後に地球にカメラを向けて地球を撮影をして(「はやぶさくんに地球を見せてやろう」という川口プロジェクトマネージャーの決断だったと伝えられている)、大気圏に突入した。JAXAの思いが伝わってくるような運用だ。

喜びに湧く管制室の様子をネット中継で見ていると、物理法則だけに支配されている「はやぶさ2」に感動とロマンと、人と人との信頼が大きな力になっていることを教えられる。
人間もよくやるじゃないか、ハリネズミくんにも教えられたような気がした。
映画「滑走路」、小説「ハリネズミは月を見上げる」、「はやぶさ2」、色々と考えることの多い3日間だった。最後に水川あさみさんが萩原慎一郎さんの歌集から選んだ歌を紹介しておく。
「自転車のペダル漕ぎつつ選択の連続である人生をゆけ」