なんばパークス

ここはなんばパークス。
案内標識にあまり目立たないが案内プレートが貼ってある。
「大阪球場
 メモリアルプレート
 ピッチャーズプレート約28m先
 ホームベース約10m先」と書かれている。

10m先にあるのがこれ。拡大してみよう。

タイルで作られたホームベースだ。
「1950 − 1998   
     大阪球場」
とかかれている。その下には南海ホークスの鷹のマークとHawks と刻まれている。

「南海ホークス」と言って分かる人は少なくなった。今では「福岡ソフトバンクホークス」だ。「南海ホークス」と言う名称は1938年から1988年までのものだ。
「南海ホークス」の球場が「大阪球場』であり、選手たちは「中百舌鳥球場」で練習をし、中百舌鳥には選手の寮があった。
今は「大阪球場」は1998年に営業を終え、グランドは住宅展示場などに使われていたが、2003年10月に「なんばパークス」に生まれ変わった。中百舌鳥にあった練習用の球場や選手寮はもっと以前に高層の公営住宅に変わっている。

左の写真はホームベースから約18mはなれたところにあるビッチャーズプレート。
こうしてみると、ピッチャーとバッターの距離というのはかなりあるもんだと実感する。

なんばパークスには何度もきているし、ここがかつては大阪球場だったことも知っている。しかし「ホームベース」と「ビッチャーズプレート」の記念碑があるとは気が付かなかった。ほとんどの人も気づかずに通り過ぎていた。
気が付かないかもしれないが、こういった記念碑は大切だと思う。
私のように、昔を懐かしむ人はいるに違いない。

4連休になんばパークスに来たが、人ではかなり多い。このホームベースとピチッチャーズプレートの写真を写すために、人通りの少ない時をまったが、ほぼコロナ前にもどってきたかのように思えた。違うのはほとんどの人がマスクをしているということ。何かの練習帰りのような体格のしっかりした男性たちが「マスクをしておこうか」と声をかけあっていたから、マスクは定着しているのかもしれない。

なんばパークスに面して「住宅展示場」がある。
そこで日曜日のイベントをやっていた。

バジルを摘み取って、ピザを作るというイベントだ。

薪ストーブを使ってピザを焼くという、キャンブ風の取り組みも面白かった。
たくさんの親子が来ていたが、ソーシャルディスタンス、マスク姿、そしてキャンプ風のイベント、新型コロナウイルス前と変わってきているところだろう。
しかし以前のような混雑ぶりがもどってくると、さてコロナの終焉はどうなるのだろうと心配する。2週間後の大阪の感染者は?と思うと不安感がでてくる。
大阪球場のプレートのように、教科書や記念碑に「新型コロナから学ぶ」という内容のものが残されるのかもしれないなあ。