ギネスシチュー

アイルランド料理に挑戦してみよう。
左の本はアイルランドで買ったレシピブック。
ギネスビールを使ったシチューを作ろうと思って探してみるが、そのような表題のレシピはない。
Irish Stew という項目はあるが、ここにあったのはラム肉を使ったもので、ギネスビールは使っていない。伝統的なシチューのレシピだと思う。
ギネスビールを使ったシチューは、一番上に上げた写真、Mickey Gill’s Beef Braised with Stout のようだ。アイリッシュスタウトとレシピに書いてあるからこれがギネスビールのことだと思う。
この本に紹介されている材料を原文(私の解釈いりで)を紹介すると、
2 tbsp olive oil (オリーオイル大さじ2)
2 bay leaves (ローリエ2枚)
1.25 kg stewing beef, cut into chunks
small onions, or 1 large onion, sliced (玉ねぎ1個を使った)
1 garlic clove, crushed
2 tbsp seasons flour (味をつけた小麦粉・・日本にはないので普通の小麦粉を使う)
150 ml Irish stout
225 g carrots, thickly sliced
115 g button mushrooms, sliced (まだ傘の開いていない小さなキノコ)
1/2 tsp dried mixed herbs (ミックスハーブ小さじ1/2 家にあったハーブを利用)
Salt and freshly ground black pepper (塩と黒胡椒)
chopped fresh parsley, to garnish mashed potatoes, to serve (付け合わせのポテト、刻んだパセリ)

以上が本で紹介されている材料。いったい何人分なのか? 本のあちこちを斜め読みするがどうも書かれていないみたい。
日本のシチューのレシピを見ると、4人分で牛肉400グラムと書いてあるのが多いので、1.25 kg となると相当に多い。しかし他の野菜は4人分ぐらいなので、牛肉400g程度を用意した。(アイルランドの人は日本の3倍ぐらいの肉を食べているのかなあ・・・)

写真のように材料を用意した。

オリーブオイルを熱し、小麦粉を混ぜた牛肉を加えて焼き色を付けるように熱する。
(レシピ本では大きな煮込み用の大きな鍋を使っているが、フライパンを使った。またこのときにローリエを入れる指示が書いてあったが、私は煮込むときにローリエを入れた)

肉を取り除いて、にんにくを炒めて玉ねぎをしんなりとするまで加熱。(until softened と書いてある)
きのこがなかったので、じゃがいもをいれる。

ギネスビールを入れる。レシピでは150 ml だが、ここは気前よく1本分のギネスビールを投入。
蓋をせずに加熱して、沸騰させてアクをとる。
私は圧力釜を使ったので、蓋をして加熱。シューッといいだしたら火を小さくして、15分間加熱し、あとは自然にピストンが落ちるまで待った。

なかなかいい色に仕上がっている。 これはギネスビールの色のせいだろうか。

お皿に入れるとなかなか美味しそう。 家で育てたレモンバジルをちらしてみた。
ギネスビールの苦味はまったくなく、牛肉もとても柔らかく仕上がっている。冬にもう一度つくってみよう。
付け合せのマッシュポテトのサラダも作ってみた。この本にあった Colcannon (コルカノン)だが、その調理方法は次の機会に紹介してみたい。
ところでこのレシピ本にある「 MICKEY GILL’S 」とはどういう意味なのだろう。
ネットで調べてみるが全くわからない。
山下直子さんの講義のときに質問してみると、
MICKEY GILL という名前は、アイルランドの人にとってはとてもなじみがふかいそうだ。この名前だけで、「ああ,アイルランドだ」と連想するようなネーミングと教えてもらった。世界的に有名な「ミッキーマウス」も、アイルランドを連想させるミッキーを意図的にウォルト・ディズニーは使ったという話もあるそうだ。実はウォルト・ディズニーのルーツもアイルランドにあることも初めて知った。
山下直子さんの講義が料理にも生かされるという、貴重なレシピだった。

 

 

 

アイリッシュハープ

引用

山下直子さんの講義の最終には、アイリッシュハープの演奏があった。

奈加さんのホームページを見るとアイルランドへの思いがよく伝わってくる。
プロフィール紹介よりの引用。
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アイルランド音楽との出会いは、10歳のとき。♪ ロンドンデリー・エアーや ♪ 庭の千種を初めて聴きました。その美しいメロディーの中にある物悲しさや逞しさに心惹かれ、大人になった今でも私の大切なものとなっています。

アイルランド音楽。それは、聴く人を優しく包み込む癒しの音楽であり、昔から歌い継がれてきた歴史のある音楽だと思います。
エメラルドの島の音楽は、深くて神秘的な世界へと私を連れて行ってくれます。

https://yasukonaka.com/profile/

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奈加さんのもっている写真のアイリッシュハープは重さが約3.5キログラムだそうだ。
3.5キログラムというと赤ちゃんぐらいだ。講座の画面で、奈加さんがハープを持ち上げて全体の形を見せてくれるところがあり、なるほど持って歩けるものだと思った。
桜の木でできているそうだ(アイルランドでは柳の木が使われることが多いと、山下直子さんの説明にあった)。大型のハープは足のペダルで半音などの操作をするが、アイリッシュハープは手元のレバーで行うそうだ。

上の写真はトリニティ・カレッジの図書館に展示されていたアイリッシュハープ。
現存する世界最古のアイリッシュハープだそうだ。14世紀から15世紀初頭のものと推測されている。
高さ約86センチメートル、
重さ5.2キログラム。
弦は29本だそうだ。
これぐらい大きいと持って歩くの困難かと思う。

上の写真は大阪市中央区にある島之内教会での「ケルト音楽の演奏会」があったときに写した写真。
ハープの演奏者はこのアイリッシュハープを担いで会場に入場されていた。

ハープの上部を拡大してみる。半音の操作はなかなかむずかしそうだ。

上の写真は昨年末にマレーシアに行ったとき、ホテルのロビーでハープの演奏があったので、その様子を写真にとったもの。これはグランドハープとよばれているもの。
こうしてみると、ハープにもいろいろな種類があることがわかる。

吟遊詩人

吟遊詩人といえばホメロスが「オデュッセイア」を語っている場面を想像する。歌や詩を創り、各地を回ってそれを歌って人々に聞かせる。そんな人達は世界のあちこちにいたようだ。
日本の琵琶法師などもそのような人たちの範疇に入るのだろう。

アイルランドの伝説的な吟遊詩人はターロック・オキャロン(1670年〜1738年)だそうだ。山下直子さんの話によると、天然痘で失明した彼はハープの修行を3年間し、馬と案内人とともにハープ演奏の旅に出たという。訪れる土地の町の人や貴族などに様々な曲を創り、その数は200曲をこえるそうだ。

奈加靖子さんのもっているハープなら肩に担ぐこともできるだろうし、馬がいれば移動もしやすいだろうと思う。

奈加さんのお話によると、アイルランドの特徴として「私はハープを持っている」という言い方をせずに「このハープが私のところにある」という表現になる。「今私はとてもしあわせです」は「今幸せという気持ちが私のところにある」という言い方をするそうだ。「持っている」という所有の感覚が英語とは違うのだという。
民族の言葉には、その民族独自の感覚や表現があるということなのだろう。
奈加さんはアイルランド語で歌を歌っているそうだ。「歌を歌うことは、物語を語っていくこと」と話されていた。それは吟遊詩人の心だと思った。

6回の講座がこんなに早く進むものかとおどろく時間だった。
訪れた国なので深く知ることができた。
山下直子さん、ユーラシア旅行社の皆さん、ありがとうございました。

 

 

 

 

庭の千草

庭の千草」と The Last Rose of Summer

左の写真はトーマス・ムーア。
日本では「庭の千草」と知られている歌の作詞者。写真は英語版ウィキペディアより。
https://www.wikiwand.com/en/Thomas_Moore

「庭の千草」の原題は、「夏の名残のばら(The Last Rose of Summer)」。
1805年、アイルランドのキルケニー州ジェンキンスタウン・パークでこの詩を書いたといわれている。トーマス・ムーアが26歳頃の作品である。トーマス・ムーアが見たピンクのバラは、ダブリンのボタニックカーデンに移され、今も見ることができるそうだ。
1813年に出版された「アイルランドの旋律(A Selection of Irish Melodies)に収められ、この版のピアノ伴奏は作曲家ジョン・アンドリュー・スティーヴンソン」によって書かれている(しかしダニーボーイと同じように、アイルランドの古い民謡が原曲だという説もあるそうだ)。

庭の千草、The Last Rose of Summer とはどんな曲なのだろうか。

これは無料で楽譜を見ることができるサイトからの引用。 この楽譜はアルトサックス用のものだが、演奏例として ティン・ホイッスルによるものが紹介されている。ティン・ホイッスルによる演奏は、なかなか聞くことができないと思うので、ホームページを紹介しておく。

https://wind-note.com/altosax/the-last-rose-of-summer-altosax-sheet-music/

トーマス・ムーアはアイルランドの詩人として知られている(1779〜1852)彼は1795年にトリニティ・カレッジを卒業している。
上と左の写真はトリニティ・カレッジの現在の写真。
学生たちがたくさん大学の中に入っていっていた。
私達が行ったときは、丁度夏休みが終わり、2学期が始まるまでの準備をしているというところだった。
大学の中にある学生会館らしいところでは、クラスメイトが再会の握手やハグをしていたり、カリキュラムをパソコンで見ていたりしていた。いつの時代も、新学期が始まる時の明るい雰囲気と緊張感が感じられるときだった。

なぜアイルランド民謡が文部省唱歌に?

上の楽譜はウィキペディアの「庭の千草」より引用。
「庭の千草」は文部省唱歌として日本では知られている。
ウィキペディアによると、

作詞: 里見義(1824 – 1886)
作曲: 不詳
原曲: アイルランド民謡「夏の名残のバラ」(The Last Rose of Summer)
掲載: 文部省音楽取調掛編纂『小学唱歌集 第三編』文部省、1884年(明治17年)6月
底本: 『小学唱歌集第三篇』初版
とある。

この「小学唱歌集第三篇」を調べてみると、この唱歌集には、
◎仰げば尊し/原曲 アメリカ民謡 Song for the Close of School
◎アニー・ローリー 「才女」/原曲 スコットランド民謡 Annie Lourie
◎庭の千草 「菊」/アイルランド民謡 The Last Rose of Summer
◎野ばら(ヴェルナー)「花鳥」 /原曲 ドイツ歌曲 Heidnroslein
が収められていたとある。

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行2」に「庭の千草」に関しての記述がある。

「ふと、小学唱歌のことをおもった。
明治初年の小学唱歌は、文部省音楽取調掛によって創(はじ)められたのだが、その初期はすでに欧米にあった歌曲に日本の詞をつけただけのものが多い。
 とくに、ケルト(スコットランドやアイルランド)の民謡が多かった。たとえば「蛍の光」や ”夕空晴れて” という唱い出しの「故郷の空」などはスコットランドのものであり、また「庭の千草」はアイルランドの古い民謡である。この3つの歌に共通するものは山本修二がいうところの甘い憂鬱というものだろう。
 私は、川口信行氏の記憶力を信じているから、当然のことのようにかれに「庭の千草」の原題をきいた。
「”夏の終りのバラ”(The Last Rose of Summer)でしょう」
 ああ、それだ、・・・・略・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・。
 川口氏が小さく歌った。 
  庭の千草も、虫の音も、
  枯れて、さびしく、なりにけり。
  ああ、しらぎく、嗚呼 白菊
  ひとり 遅れて 咲きにけり。

 声も悪くない。
 ところが、うたいおわってもたれもが沈黙し、川口氏の顔をみつめるだけだった。おろらく、アイルランドの古曲を、どうしてこの日本人はわけのわからぬ言葉でうたうのかということだったろう。(P190〜P192)」

ヨナ抜き音階

ネットであちこち見ていると、「ヨナ抜き音階」の紹介があった。
音階といえば「ドレミファソラシド」と口から出てくるが、これは西洋中心の音階で、民族によって持っている音階は違う。東アジアでは五声(ドレミソラ)という五音がよく使われていたそうだ。
ド レ ミ フ ァ ソ ラ シ ド は明治時代には
匕(ヒトツ) フ(フタツ) ミ(ミッツ) ヨ(ヨッツ) イ(イツツ)
ム(ムッツ) ナ(ナナツ) と称していたそうだ。
日本の古くからの音階ではファとシがないものが多いと言われている。
ファがヨ、シがナなので、ファとシがない音階ということで「ヨナ抜き音階」と呼ばれているそうだが、これは西洋音階からみた言い方である。
しかしスコットランド民謡やアイルランド民謡にはこの「ヨナ抜き音階」のものが多いそうだ。司馬遼太郎さんが書かれている「故郷の空」も「蛍の光」、そして「庭の千草」もこの「ヨナ抜き音階」でできている。

 「ヨナ抜き音階」で作られた曲は昔の曲だけではない。現在私達がよく知っている曲もこの「ヨナ抜き音階」でできていると知ってびっくりした。
ホームページのアドレスを下記にコピーしておく。

https://flip-4.com/955

明治維新から日本とアイルランドの関係が深かったことがよくわかった。
同じ島国、大国からの圧力にどう対処していくか、アイルランドから学ぶことが多かっただろうし、アイルランドに着目して先人たちの眼力にも感心する。

山下直子さんの講義には「アイリッシュハープ」の奏者のお話もあった。
それは次回に書くことにする。