愛蘭土紀行 その17

タラへ帰ろう

みんなが写真を撮っているのは、聖パトリックの像。

聖パトリックが右手に持っているのが「シャムロック」。

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行1」に次のような叙述がある。

「さて、聖パトリック(385?〜461?)について語らなければならない。
そういう名の人が、愛蘭土にやってきて、はじめてキリスト教を伝えた。実在した人物ながら、彼がやったとされている伝承は、後世の私ども異教徒にとってひどく童話的な印象をうける。
「これをごらん」
といって、聖パトリックはこの島のひとびとに三つ葉のクローバーをかざしてみせた、という。
『葉が三つにわかれているように見えるだろう。だけど、よく見ると一枚なんだよ』つまり三位一体なんだよ、といって、このむずかしい教義を説明した。
三位一体とは父(神)と子(キリスト)と精霊はひとつのものだ、というもので・・・(略)・・・キリスト教の根本的な玄義の一つとされる」(P35〜P36)

明日訪れるトリニティ・カレッジはここに由来している。
さて写真の聖パトリック像は左手に杖を持っているが、その上部は折れてしまってなくなっている。もともとの姿に興味のある人はウィキペディアで「パトリキウス」を調べられるとよい。

広い草原のような場所。丘のように見えるのは古墳だそうだ。

アイルランド特有の十字架を見る。

写真の丸い石柱がLia Fail リア・ファイル。ここで即位の儀式を行ったとされてる場所。ケルト族の聖地の一つだと言われている。下の写真の右側の碑は、アイルランド独立戦争で亡くなった人々の墓石だそうだ。

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行1」に次のような説明がある。

「じつをいうと、アイルランド人は古代に統一国家をもたなかった。しかし”タラにはアイルランドを統べる大きな王がいた”という神話が、実証以上の実在感をもって信じられており、
『タラ』
といえば、聖地だった。日本神話でいえば、高千穂の峰とか、高天ヶ原にあたる。
タラは、ダブリン北西36キロの地にある小農村で、そこにはラース(rath )とよばれる4,5世紀頃の土の砦がのこっているのである。」(P202)

タラの丘からの眺めは良く、よく晴れた日には、アイルランドの25%が見えると言われている。

私は「タラ」と聞くと、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラを思い出す。
司馬遼太郎さんもそのことを書いている。

「スカーレットは、百敗する。南軍が破れ、家も町も焼かれ、最初の夫も二度目の夫も戦いでうばわれ、三度目の夫のレット・バトラーも失踪した。すべてをうしないながら、最後に、昂然と顔をあげる。
『タラへ帰ろう。ー 』
それは、彼女が父からゆずりうけた農場の名というだけではなかったろう。アイルランド人としての不撓(ふとう)の血が流れていることをわすれるな、ということをその地名をとなえることによって暗喩したのにちがいない。再生への祈りでもあったはずである。」

そうか、ここがスカーレット・オハラが「タラに帰ろう」と言った時に脳裏に浮かんだ場所なのか。確かに自分の足元を思わず見たくなる場所だと思った。

左はこの地の売店で買った「アイリッシュ、ホイッスル」。

日本ではペニー・ホイッスルとかティン・ホイッスルとも呼ばれている縦笛。
私がこの縦笛のことを知ったのは、長谷川集平さんのコンサートに行った時だ。

長谷川集平さんは絵本作家で自分の体験をもとにした「はせがわくんきらいや」で有名になった人。森永ヒ素ミルク中毒事件を扱った絵本で、絵も文字も魅力的だった。その長谷川集平さんが奥さんである、くんちゃんとの二人のコンサートが大阪であった。その時にこのティン・ホイッスルでの演奏があった。

映画「タイタニック」の挿入歌でこのティン・ホイッスルが奏でるメロディーに心を惹かれる人は多いと思う。私もその一人で、どこかでこの楽器を手に入れたいと思っていた。アイルランドに来たら、楽器屋さんを探して・・・と考えていたら、なんとお土産物として売られていたのだった。
値段も約10ユーロだったので買うことにした。自分へのおみやげとした。