愛蘭土紀行 その8

ダンルース城

 

ナルニア国物語のケア・パラベル城のモデルではないかといわれている、このダンルース城について、現地ガイドのナオコさんが書いているブログが大変参考になる。

http://naokoguide.com/blog-entry-3046.html

そこから一部引用させていただく。

「C.S.ルイスは1901年、3歳の夏に、お母さんに連れられて兄と共にダンルース城近くの海辺の町、キャッスルロック(Castlerock)を訪れています。その後も2度の夏をそこで過ごしているので、おそらくその時にダンルース城を訪れたのではないかと思われます。
しかし、大好きだったお母さんとは、たったの9歳で死別。その後のルイスの人生に大きな影を落とすことになります。
ダンルース城を含むアイルランド北海岸は、お母さんとの限られた思い出がいっぱい詰まった、特別な場所だったのかもしれませんね。」

「ちなみに、ナルニアの城、ケア・パラヴェル(Cair Paravel)の「ケア(Cair)」とは、「要塞」とか「城」を表すアイルランド語。
ケルトを意識して『ナルニア』を読み返したら、いろいろは発見がありそう。」

「ダンルース城の歴史にもちょっと触れておきますね。
城の発祥は13世紀にさかのぼりますが、現在の建物は1500年頃、マッキラン(McQuillan)一族が建てたもの。1550年頃には海の向こうのスコットランドから勢力を伸ばしてきたマクドネル(MacDonnell)一族の手に落ち、彼らのアイルランド支配の拠点となります。1600年代初めなると、小さな城下町にまで発展したそう。
実際に、ここからスコットランドは海の向こうに肉眼で見えるほど近く、40~50キロ程でしょうか。当時、緊急時にのろし火をたいてスコットランドの親族に合図を送ると、ガレー船をこいで援軍が駆けつけた…というのもうなずけます。」

 

中には資料が展示されている建物があり、昔の様子が想像できる。

上の左の写真は、台所ではないかといわれているところ。右の写真のようにして食事を楽しんでいたのだろう。

ダンルース城はナルニア国物語のケア・パラヴェルのモデルではないかと言われている。
ナルニア国物語では、ケア・パラヴェルはこんなふうに説明されている。

「・・・何キロも先の方に、海が見えた。海のかなたに空が広がり、群雲が沈む夕日を受けてバラ色に染まっていた。ナルニアの国土がちょうど海と出会うところー大きな川の河口にあたる場所ーに小さな丘があり、キラキラと輝くものがみえた。輝いて見えたのは城で、西日を受けた窓という窓に光が反射したせいなのだが、ピーターの目には海辺に大きな星が降りたように見えた。
『見るがよい』アスランが言った。
『あれが4つの王座を持つケア・パラヴェルだ。・・』」
(ナルニア国物語2 ライオンと魔女と衣装だんす)

 そしてそれから1300年後(ナルニアにとっての時間)、四人は再びナルニアによびもどされる。そこて四人が見たのは廃墟となった城だった。

『いいかい』ピーターがあらたまった口調で言った。『そろそろ、みんな、頭を働かせてもいい頃じゃないか?」
『どういうこと?』エドマンドが言った。
『ここがどういう場所か、だれも気づいていないのかな?』
『続けて、続けて』ルーシーが言った。『さっきからずっと、この場所には何かすごい秘密があるような気がしてたのよ』
『話して、ピーター』エドマンドが言った。『みんな聞いているよ』
『この場所はほかでもない。ケア・パラヴェルの廃墟なんだ』
(ナルニア国物語4 カスピアン王子)光文社文庫 土屋京子訳

ピーターたち四人が見たケア・パラヴェルは、今私達が見ているダンルース城のようだったのかもしれない。

上の絵は「This is Ireland 」という絵本からの引用。(作 ミロスラフ・サセック、ブルース・インターアクションズ出版)

周りは緑の牧草地。白く見えているのは、羊、羊、羊、羊・・・・
いったい何頭いるのだろう。
外務省のホームページを見ると、世界で一番羊を飼っているのが中国。約1億6000万頭以上らしい。イギリスは約3400万頭と書いてある。アイルランドもそれくらいはいるだろう。
といってもここはイギリス領の北アイルランドだから、上の数字には私達が見た羊が入っているのかもしれない。

さあ、これからはバスに乗ってそばにあるらしいジャイアンツ・コーズウェーに向かう。