日本語表記の歴史 5

「ひらがな」の誕生

「カタカナ」は漢文を読む工夫から出来たことはわかった。
漢文を読むために、日本語の注や読みなどを万葉仮名を利用していたが、漢字の一部を利用する「カタカナ」に発展していったと理解できる。

この当時の筆記用具は筆だったことを忘れてはならない。現在のように鉛筆やボールペン、万年筆はなかった。すべて墨と硯と筆で文字は書かれた。だから漢文の四隅に万葉仮名を使って読みや注釈を書き入れることが面倒だったことは想像できる。

漢字の書体の変化は左の写真のように変化した。
今から2200年ほど前、秦の国がそれまであった書体を「小篆(しょうてん)」という書体に統一し、さらにより書きやすい「隷書(れいしょ)」がつくられた。
「隷書」を早く書くために、「行書」「草書」という書体がつくられた。
私達が普段よく使う「楷書(かいしょ)」は一番あとからできた文字で、「隷書」から別れたものだと言われている。
楷書が一番あとから出来たとは知らなかった。私は「楷書」が「行書」や「草書」に変わっていったものだと思っていたら、そうではなかったのだ。

「草書」は平安時代には使われていたようで、万葉仮名が草書で書かれるようになった。

この「草書」が「ひらがな」の起源だと言われている。

「金田一先生と日本語を学ぼう2 文字のいろいろ」(岩崎書店)によると、

「平仮名のおこり
『万葉集』の作られた奈良時代の、次の平安時代(「794年〜1191年)になると、漢字はさらに広く使われるようになり、早く書くために『草書体』といって、字形をくずした書き方が行われるようになりました。この草書体から平仮名が生まれました。・・・・・平仮名の字体はたくさんありましたが、1900年(明治33)年に現在の形に統一されました。」とある。

「広がる!漢字の世界2 漢字が日本にやってきた!」(光村教育図書)によると、
「平仮名は万葉仮名の形を崩した文字、片仮名は万葉仮名の一部を取り出した文字です。くずし方や取り出し方は、時代や人によってさまざまでした。そのため、同じ「あ」を表す平仮名・片仮名にもいろいろな書き方がありました。
その状態が明治時代まで続き、1900年に「小学校令施行規則」が出されてようやく、平仮名・片仮名の形はわたしたちが現在使っている形に統一されました。そして、教科書が統一された形の文字でつくられました。・・・」とある。

(平仮名の成り立ち・・「金田一先生と日本語を学ぼう2 文字のいろいろ」より)

(「広がる!漢字の世界2 漢字が日本にやってきた!」(光村教育図書)より)

2冊の本を比べてみると、平仮名のもとになったという漢字は同じものが紹介されている。しかしそのくずし方は色々とあることがわかる。