枕草子を英語で③

「枕草子」に関する本はいくつもでている。主な注釈書が紹介されているので、それを記すと、

①「日本古典文学体系 枕草子 紫式部日記」岩波書店
②「新日本古典文学体系 枕草子」岩波書店
③「日本古典文学全集 枕草子」小学館
④「新編日本古典文学全集 枕草子」小学館
⑤「新潮日本古典集成 枕草子」上・下 新潮社
⑥「角川ソフィア文庫 新版 枕草子」上・下 角川書店
⑦「講談社学術文庫 枕草子」上・中・下 講談社

私は原文を読んでも中途半端にしか理解できないので、どうしても現代語に翻訳されたものがいる。
このブログで紹介した本は、コミックと現代語に翻訳されたもの。
ただ翻訳されたものには全段を翻訳したものが少ないように思う。
私が手にした本の中で、全段を現代語に翻訳されていたのが、上の写真の「イラスト古典全訳枕草子」(日栄社 橋本武著)だった。橋本武さんは、灘高校の国語の先生でたくさんの本を出されている。中でも「銀の匙」の授業で有名な人らしい。

Things that make your heart speed up

胸つぶるるもの 競馬(くらべうま)見る。元結(もとゆひ)よる。親などの、心地あしとて、例ならぬけしきなる。まして、世の中など騒がしと聞ゆるころは、よろづの事おぼえず。また、物言はぬ児(ちご)の泣き入りて、乳(ち)も飲まず、乳母(めのと)の抱くにもやまで、久しき。

例の所ならぬ所にて、殊にまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、異人(ことひと)などの、その上など言ふにも、まづこそつぶるれ。いみじうにくき人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。昨夜(よべ)来はじめたる人の、今朝の文の遅きは、人のためにさへ、つぶる。(145段)

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「胸つぶるる」という言葉の意味は、辞書によると「(驚き・悲しみなどで)胸がしめつけられる。どきどきする。はらはらする。」という意味。落ち着かず、胸騒ぎが止まらないときに使うそうだ。同じ胸がドキドキするときには、期待を込めてワクワクしているときは、「心ときめき」というそうだ。
この「むねつぶるる」を英語では Things that make your heart speed up.
と表している。胸のドキドキが your heat speed up なのだろう。

角川ソフィア文庫の「枕草子」では、「どきどきして胸がつぶれそうになるもの」「はらはらどきどきするもの」と説明されている。
先に上げた「イラスト古典全訳」では、「胸がどきどきはらはらするもの」と訳されている。

この段が有名なのは、真ん中にある

例の所ならぬ所にて、殊にまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、異人(ことひと)などの、その上など言ふにも、まづこそつぶるれ。

があるからだろう。

ここは今の私にはこの原文ではほとんど意味がつかめない。英訳を見てみよう。

When you hear the voice of your secret lover that no one knows about.  Especially if you hear it when you didn’t expect  to.  And if people start talking about him, your heart beats wildly.

「思いがけないところで、とくにそれも、公でない恋人の声を聞きつけたときは当然のこと、他の人が、その噂などをしても、たちまちドキドキする。」(角川ソフィア文庫「枕草子」より)

清少納言の体験をもとに書かれているのかなあ、と話題になるところだ。

Things that are cute

うつくしきもの、瓜にかきたるちごの顔。すずめの子の、鼠鳴きするに、をどり来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、いと小さきちりのありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人(おとな)などに見せたる、いとうつくし。
頭は尼そぎなるちごの、目に髪のおほへるを、かきはやらで、うちかたぶきてものなど見たるも、うつくし。 大きにはあらぬ殿上わらはの、さ(そ)うぞき立てられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまに抱きて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとら(ろ)うたし。 ・・・略・・・(146段)

「うつくしき」は単純に現代の「美」ではない。この時代の「うつくしき」は、肉親の間の、幼いもの、弱いものに対するいたわりのこもった愛情を表した。美を表すのは平安時代の終わりから」(角川ソフィア文庫「枕草子」より)

英訳がcuteとなっているのがおもしろい。
この段は枕草子の中でも特に有名な部分がのっている。それは

二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、いと小さきちりのありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人(おとな)などに見せたる、いとうつくし。

英訳を見てみよう。
Or when a small child is crawling quickly and then suddenly sees something and stops.  It’s a piece of garbage.  But the child picks it up with its small, fat fingers and shows it to an adult. These gestures are cute.

なるほど、様子が絵のようにうかんでくる。
清少納言の書いた古文の面白さが、英語でよりわかりやすくなるというのは、現代風だなあと思う。