ハイジとドレミの歌 20

シュテファン大聖堂

モザイクの屋根が特徴。ウィキペディアによると。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
シュテファン大聖堂(ドイツ語: Stephansdom)は、オーストリアの首都ウィーンにあるゴシック様式の大聖堂。ウィーン大司教区の司教座聖堂である。シュテファン寺院とも呼ばれる。 ウィーンのシンボルで、その観光名所のひとつである。この聖堂を含むリング (Ring) と呼ばれるウィーン歴史地区は2001年にユネスコの世界遺産に登録された。ハプスブルク家の歴代君主の墓所であるほか、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとコンスタンツェ・ウェーバーの結婚式が行われ、また葬儀が行われた聖堂としても知られている。 オーストリア公ルドルフ4世の命によって建造されたこの聖堂は、1359年に65年がかりで南塔が完成。136.7メートル[1]の高さをもち、教会の塔としてはウルム大聖堂(161メートル)、ケルン大聖堂(157メートル)についで世界で3番目の高さがある(略)。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

砂岩でできているそうだ。

 

なかも大変豪華。ゴシック建築の素晴らしがあふれている。

寄付するところがあったので、お金を入れる。キリスト教を信じていると思われる人たちの行動を見ていると、寄付するボックスが間違っていたみたい。失礼しました。

大聖堂の外に出てガイドさんの説明を聞く。 私は教会の建物に、シュテファン大聖堂の屋根のようにモザイクがあるのは初めて見たのでそのことを聞いた。 「よくわかるところに行きましょう」と、ガイドさんと一緒に移動したところがここ。

モザイクで描かれているのは「双頭の鷲」。これはハプスブルク家の象徴。
F 1 とかかれているのは、「フランツ一世」のイニシアル。
1831というのは、第二次世界大戦前、最後に葺き替えした年号。
フランツ一世の思い入れのある建物なのだろう。

 

周りの通りなどは、過去と現在と未来が行き交うような空間だった。
未来都市にあるようなガラス張りのビル。周りの歴史建築と合うのかな?という疑問が湧いてくるところだ。

これは「戦争とファシズムへの戒めの記念碑」
ガイドブックにはこんな説明があった。

「この像のあるアルベルティーナ広場に以前建っていたアパート郡は、第二次世界大戦で爆撃を受け、多くの住人が亡くなった。その後この場所に、ナチの支配と戦争の悲劇を忘れないため、この記念碑群が1989年に創設された。地面を這うユダヤ人の銅像の前には『暴力の門』があり、背後には戦争での破壊を表す像がある。」

ナチスドイツを率いたアドルフ・ヒトラーはオーストリアで生まれた。オーストリアは第二次世界大戦のときにナチスに協力し、ユダヤ人の虐殺にも協力した。その痛烈な反省からこのような碑があると私は思う。そして世界的な観光地となったこの場所に、過去の戦争とファシズムへの反省としてのモニュメントが造られたことに感心した。 日本にそういう場所があるだろうか。ナガサキ、ヒロシマの原爆資料館などがあるが、加害者として反省と謝罪を表すものはあっただろうか。

古い町並みと現代の共存を目指して、いろんな工夫がなされているようだ。
街灯の後ろにある金属製の円柱の工作物はゴミ箱。街にマッチするゴミ箱が募集されたそうだ。その作品がこのゴミ箱。

夕食はここにあるレストランで食べる。それまでのわずかな時間は自由時間となった。しばし街の散策をして夕食時間を待つ。