大池公園の三角点

三角点を探る旅 39

地図を見ると八上小学校から北に進むと、三角点があることがわかった。 さっそく行ってみることにした。

この公園にあるようだ。

今では珍しくなった、緑の公衆電話ボックスがある。

これが大池とよばれている池なのだろう。公園にある石碑には「灌漑用の溜池」として使われていたと書かれてあった。

 

きれいに整備されていて、広いグランド、遊具やベンチもあり、市民の憩いの場としてあるようだ。 グランドを清掃している人もいて、きれいに手入れされている。

三角点は、上の写真の左側の道路に沿ってある、街路樹付近にあるようだ。

この街路樹のところにあるはずなのだか、、、、何回か行き来するがわからない。

地図とアイフォンのGPSで調べると、この木の間付近にあるはずなのだが、何もない。周辺に移動されているかもしれないと、探してみるが、やはりない。

池の改修に伴って、公園の整備とともに、三角点は消えてしまったようだ。 地面の中に埋められたままになっているのかもしれない。
道路の拡張、公園の整備、池の改修などによって消えてしまう三角点がある。
ここ大池の三角点もそのうちのひとつなのかもしれない。

気を取り直して、学校にある三角点を探しに行こう。

*追加

上の写真は、国土地理院のホームページから「大池公園 四等三角点」の写真を探したもの。このブログの上から9枚目の写真とほぼ同じアングルで写真が撮られている。どちらの写真にも赤いパネルが見えるので、ほぼ同じ位置だといえると思う。
平成24年、今から6年前には三角点があったのだ。盛り土、植樹がされて姿が見えなくなってしまった。いつか機会を見つけてもう一度調べに行きたいものだ。

 

 

 

 

八上小学校の四等三角点

三角点を探る旅 38

黒姫山古墳の付近を地図で調べていると、三角点があった。

ここは堺市立八上小学校(やかみしょうがっこう)の敷地内。

何か地域の行事、フェスティバルのような行事が行われていた。

門を入って右側のブロック塀のすみにあった。「国土交通省 国土地理院」という白い立て札もある。ただ年月のせいだろう、文字がうすくなっていた。

四等の文字が見える。 調べてみると、「八上小学校 四等三角点 標高42.44m 」であることがわかった。

「049」の文字も見える。他の面には「基準点」の「基」が見えた。違う面には「国土地理院」の「国」と思われる文字もよみとれた。
運動場のブロック塀のすぐ内側にあった三角点。もともと小学校の敷地にあったのだろうと思われるが、道路の拡張や学校の整備で、学校の運動場のすみになってしまったのかもしれない。「国土交通省」と書かれているので、2001年以降にこの付近が整地されたと予想される。標高42mというのは比較的高い敷地にある。黒姫山古墳があるということは、古い土地ということもいえるだろう。

でもお花がすぐそばに咲いているのは偶然だろうか。だれかがここに持ってきたのだろうか? お花が飾ってあるような三角点ははじめてだ。

黒姫山古墳周辺には他にも三角点がある。もう少し調べてみよう。

 

 

 

 

 

黒姫山古墳

ここは「黒姫山古墳」
堀に沿って歩くことができる、自然な形で残されている古墳だ。

写真にある道路拡張があったが、この古墳は破壊からまぬがれた。

解説があったので、読んでみると、
「黒姫山古墳は、百舌鳥古墳群と古市古墳群の中間に位置する堺市美原区黒山に所在する前方後円墳です。5世紀の中頃の築造と考えられ、平地に立地し、前方部を西に向けています。全長114m,後円部径64m、高さ11m,前方部幅65m,高さ11,6mの二段築成で、幅15〜20mの壕をめぐらせています。・・・・」
とある。

全国一の鉄製の甲冑の出土量

「古墳は、戦後すぐに発掘調査が行われ、24領の鉄製の甲冑(よろいかぶと)が前方部の石室で発見されました。この数は、日本にある古墳からの出土量としては、全国一です。第2位の野中古墳が11領なので、それと比べても2倍以上の鎧兜が出土したことになります。・・・略
黒姫山古墳に埋葬された人物は、強力な軍事力を持っていたと考えられます。また、鉄が朝鮮半島から入ってきていたとかんがえられるため、外交的な力をも持っていた人物と考えられます。これらのことから、この古墳に埋葬されているのは、当時この地域で勢力を持っていたとされる豪族、丹比(たじひ)氏の首長と考えられています。」

これは石室の復元模型。この石室の中に鎧いや甲が埋葬されていたらしい。

両側には埴輪が復元され並べられている。

この黒姫山古墳から歩いて数分のところに、出土品をメインにした「みはら歴史博物館」がある。しずかな博物館でゆっくりと見学することができた。もちろん無料で。

黒姫山古墳と「みはら歴史博物館」のあいだにあるのが、以前紹介した「桜珈琲」。
博物館の受付の人の話によると、黒姫山古墳を見学する人が車で来たとき、その車を桜珈琲の駐車場に停めることができるという条件で、堺市が桜珈琲に建築を許した、という経過があるそうだ。
なるほど、黒姫山古墳が丁寧に保存され、その博物館もあるというのは、堺市の歴史にかける意気込みなのだろう。