アップデートに御用心

私のブログはwordpressを使っている。
ブログを書くために、もともとのwordpressのソフトにプラスして、便利になるように後からインストールしたソフトが数種類ある。それらをプラグインソフトとよんでいる。

wordpressは、バージョンアップもよくあり、性能の改善に力を注いで要るようだ。
それに合わせて、プラグインソフトもバージョンアップされている。

バージョンアップをしても、これまで何の不都合も起きなかったが、先週末のプラグインソフトのバージョンアップの後、wordpressが開かなくなった。

Fatal error: Can't use function return value in write context in /***略

上のようなエラーコメントが出て、それ以上動かなくなったのだ。

どうすれば者の状態に戻すことができるか?
考えて、二つの方法を試して見ることにした。

まず、iMacの復元機能を使って、Time Machine バックアップからの復元を試みた。
シャットダウンをして、コマンドキーとRキーを同時に押しながら、電源キーを押してiMacを立ち上げる。そうすると上のような画面が出てきて、Time Machine バックアップからの復元ができる。

プラグインソフト導入の前のバックアップを選んで、復元させる。
結構時間がかかるが、他の仕事をしながら復元終了を待つ。

プラグインソフトのバージョンアップ前に戻したが、wordpressは開いてくれなかった。以前と同じ

Fatal error: Can’t use function return value in write context in *****略***

が出て、そこでストップ。
wordpressの立ち上がりには、ネットからの情報が影響しているようだ。
 iMacのシステムではなく、wordpressを動かす、ネット上のデータのやり取りが関係しているのかもしれない。

私のブログのレンタルサーバーは、ロリポップを利用している。 ここにはオプションで有料のバックアップサービスがある。
指定した日数の間隔で完全なバックアップをとってくれる。

ロリポップへメールで事情を説明し、バックアップの復元でwordpressが、プラグインソフトバージョンアップの状態に戻るかを訪ねた。

1日ほどして返事があった。

*****************************

お問合せいただきました件について、バックアップオプションを利用し、
プラグインのバージョンアップを実行する前の状態に
「Webサイトの復元」を行うことで、元の状態に戻すことが可能です。

データの復元方法は、以下マニュアルをご参照くださいませ。
(略)
なお、もしプラグインのバージョンアップ後に、記事を更新していたり
サイトを編集しており、バックアップオプションから復元すると
不都合があるという場合には、該当のプラグインを無効にすることで、
管理画面にログインできるようになるかと存じます。

 ※該当のプラグインを利用することはできなくなります。

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■ WordPressのプラグインを無効化する方法
————————————————————

1.ユーザー専用ページへログイン

    (略)
 
4.画面上部より、フォルダ名を【_?????】に変更し、
  「保存する」ボタンをクリック

*※※*※※*************************

と、二つの方法を提示してくれた。

バックアップの復元を試してみたかったので、その方法を取ることにした。

「Webサイトの復元」を選ぶ、やはりサイト上のデータが関係しているのだ。
復元を処理の時間がかかる、かかる。ブログ全体だから時間がかかるのだろう。
一晩ほうっておいた。

次の日の朝、復元完了のメッセージがでていたので、wordpressの編集画面のダッシュボードに接続する。

ダッシュボードの画面がでた。 これでブログが作れる。
2週間程度前の状態になっているので、プラグインソフトのアップデートをする。 これまでのような、一括アップではなく、1つずつインストール、ブログのダッシュボードの確認をしていった。

あやしかったプラグインソフトのバージョンアップをする前に、ロリポップでブログのバックアップを取る。
時間がかかるが、確実さのためにはこの方法が良いだろうと思った。
バックアップを確認して、一番怪しげなブラグインソフトのバージョンアップを実施する。
異常なし!

これで完了。
ソフトのバージョンアップには、「バックアップをしてください」という注意コメントが出るが、今回はなるほどと思った。
バックアップがあってよかった、と実感。

*iMacのバックアップの復元をすると、何回もApple IDとパスワードの入力が求められる。古いバックアップの復元だと、Apple IDやパスワードを変更しているときもある。その時は古いApple IDとパスワードが必要になるので、記録を残しておかないと困ったことになる。パスワードの変更も求められるが、以前のものも大切に記憶しておかねばならないことも実感した。

 

 

 

アナレンマ

このモニュメントは何?

丘の上にある不思議なモニュメント、もう少し接近してみよう。

三本の柱の真中付近に何かがある。

もう少し拡大してみよう。

ここは堺市立みはら歴史博物館
(M-Cみはら)にある公園。
三原ふる里公園と呼ばれているところ。

ホームページを見ると、
「カタチ造りの達人がグランドコンセプト。中世の鋳物技術者集団河内鋳物師、24領の鉄製甲冑が出土した黒姫山古墳をメインテーマとした展示と、文化・芸術に触れ交流できるホールとの複合施設です。愛称のM-Cみはらは、Museum(博物館)とCommunity(交流)をイメージしています。」
とある。

このモニュメントは、その「みはら歴史博物館」の裏側にある「三原ふる里公園」にある。

モニュメントには写真のように、三本のワイアで固定されているものがある。私には全く何かわからなかった。そばに説明があったので読んでみよう。

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モニュメントのレリーフは、鋳物師発祥の地の由来から「炎」を表現し、そこからモニュメントが生まれたことを物語っています。
また、刻の丘の位置づけから正午を示す機能も備え、中空に張られたノーモン(き針=ドーナツ型円盤)の影と、柱に刻まれた8の字の字型のアナレンマ(均時差=見かけの太陽と標準時の差をグラフ化したもの)で正午を読み取ります。
時計の12時は一つしかありませんが:この正午日時計は、季節で高さが変化し、太陽と地球の軌道関係で左右にずれ、8の字を形成します。晴れた日には、機械仕掛けでは味わえない、季節感や宇宙観を与えてくれる夢の時計で、感じることを心に刻んでください。

 アナレンマ(正午用)の味方
①月日を探す(目盛りの間隔は約10日)
②その月日の線上にノーモンの穴の光が差し込んだら正午です。
③また、数値でその日の均時差が解ります。(2分表示)
  東経 135度33分45秒
  北緯 34度32分42秒

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 なるほど上の写真のように線と文字が刻まれている。
この文字と線が刻まれている一番低いところを見ると、

6月21日が一番低いところの印になっている。これは夏至近くという意味だろうか。 逆に一番上の部分を見ると12月末になっている。冬至ということかもしれない。
アナレンマ・・・・!この言葉に記憶があった。そうだ、明石の天文台で見たのだ。

上の写真が明石の天文台で見た「正午計」。

この正午計を拡大したのが「みはら歴史博物館」でみたアナレンマを利用した「正午計」なのだ。
今日は12時をとっくにすぎている。天気の良い日の12時頃に来れば、アナレンマの現象を見ることができるかもしれない。
一つ楽しみが増えた。

 

 

 

「オプションB」の出番だ! 

この本は新聞の本の紹介で知った本。

本の扉に次のような内容紹介が載せられている。

「だれであれ、『バラ色』だけの人生はありえない。
フェイスブックのCOOシェリル・サンドバーグは、休暇先で最愛の夫を突然失った。
友人で著名心理学者のアダム・グラントが教えてくれたのは、人生を打ち砕く経験から回復するための、具体的なステップがあるということだった。
回復する力(レジリエンスは、自分で鍛える事ができる力なのだ。
 人生の喪失や困難への向き合い方、逆境の乗り越え方を・・略・・著者は説く。」

図書館に予約してから半年近く待った本。それほど多くの人が読んでいる。私の予約のあとにも二十人近くの人が予約待ちをしている。

レジリエンスという言葉はきいたことがあったが、「回復する力」とは知らなかった。それを知っただけでも大きな成果。

目次と各章のはじめの言葉があればそれを紹介する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめに

1.もう一度息をつく
  「続けなくては行けない/続けられない/続けるのだーサミュエル・ベケット」

2.部屋の中のゾウを追い出す
   絵と「部屋の中のゾウ:だれもが見て見ぬふりをしている部屋」

3,友情のプラチナルール
   
4.自分への思いやりと自信ー自分と向き合う

5.逆境をバネに成長するー未来の自分が私をつかんでくれる
  「冬のさなかにようやく気がついた。
   私のなかにゆるぎない夏があるのだと。」ーアルベール・カミュ

6.喜びをとりもどす

7.”レジリエント”な子どもを育てる

8.一緒に強くなる
  「私たちはたがいにつながり合う網の目にからめとられ、
   運命という1枚の衣に織り込まれている。
   何かがひとりに直接影響を与えれば、
   間接的にほかの全員にも影響がおよぶのである」
         ーマーティン・ルーサー・キング・ジュニア

9.仕事での失敗と学び

10.もう一度、愛し笑う

ともにレジリエンスを育もう

謝辞、原注

・・・・・・・・・・・・・・・・

上の二枚の図は第2章にあったもの。
悲しくて辛い思いの人にはどう声をかければいいのだろう。だれしもが悩む問題。
悲しい話題に触れないように、辛い思いにならないように話題を選び、言葉を選ぶ。
でもそれが一番いい方法なのだろうか。
当事者が「聞いてほしい」「話題にしてほしい」と思っても、ないことのようにスルーしてしまうことが多いだろう。それがいいと思って。
 ここではゾウという例えでその問題を考えている。

「悲劇に見舞われると、人間同士の血の通ったやりとりがまわりから消えてしまう。体(てい)のいいありきたりの言葉ですまされてしまうのだ。では、『すべては起こるべくして起こったのよ』などの陳腐な言葉の代わりに、なんと声をかければよいのだろう?」と心理療法士のティム・ローレンスは問いかける。「一番よいのは相手の気持を理解し、そのまま受け止めることである。『おつらいですね、いつもそばにいますよ』と、文字どおりいうのだ」・・・・・双方から手をのばさなくてはいけない。まずはお互い思いやりを持って素直に話してみよう。念じるだけではゾウを追い払うことはできない。でも代わりにこう伝えればいい。『わかる。あたなが苦しんでいるのはわかる。あなたのことを気にかけているよ』と。」

これは第9章「仕事での失敗と学び」にあった写真。 ニューヨークの町中に最近設置されている黒板だそうだ。
「失敗した行動」ではなく、「行動しそこねたことへの後悔が大半を占めているそうだ。著者シェリエル・サンドバーグは「私もこどものころ、母によく諭された。『後悔は、やったことではなく、やらなかったことに対して感じるものよ」と。
と書いている。
 上の黒板には、「スポーツをあまりしなかった」「愛していると言わなかった」「連絡をとりあわなかった」「心を打ち明けなかった」「大学にいかなかった」「やりたいことをやらなかった」「もっとハグしなかった」などが書かれている。

左の図は第3章「プラチナルール」にでてくる図。

ユダヤ教の聖書には「自分が扱ってほしいように他人を扱いなさい」という黄金律(ゴールデンルール)があるそうだ。

著者は言う。
「だれかが苦しんでいるときには、ゴールデンルールより、プラチナルールに従うほうがよい。『他人が扱ってほしいように、他人を扱いなさい』。苦しんでいる人が発するサインを読み取り、おもいやりと、できれば行動をもって応じよう」

図は著者を中心にした「嘆きの序列」。「リングのどこにいる人も、内側の円に助けを差し伸べ、外側の円に助けを求めていい。自分より悲劇に近い人には支援を与え、多い人からは支援を受けられるのだ」とこの本に書いてある。

アメリカの本らしく研究とデータをもとに解決方法が経験をもとに書かれている。
たとえばストレスの実験としては古典的で有名なものらしいが(私はまったく知らなかった)、ランダムな間隔で騒音が発生している中でパズルを解くというのがある。
参加者はミスを連発し、心拍数と血圧があがる(ここまで測定しているのがアメリカらしいと私はおもってしまう)。このとき一部のグループに「騒音が不快になったらこのボタンを押すと音が止まる」と逃げ道を教える。予想通りこのグルーブは落ち着き、ミスが少なくなった。驚くべきことは、「ボタンを押した参加者は誰一人いなかった」ことである。
参加者は「騒音を止められる」という意識が違いをもたらしたのだ。「自分で状況をコントロールできる」という意識がストレスに耐える力を高めたのだと言う。

こういった実験例や研究成果が具体的にしめされて、「苦しんでいる人には『ボタンが必要だ』と示されると、説得力が増す。
「日本の子どもの6人に1人が貧困状態にある」、というデータも紹介されていた。それは第7章の「レジリエントな子どもを育もう」というなかでだ。

私が以前に読んだ自己啓発本とはまったく違った視点から書かれていて、勉強になることがたくさんあると感じた。翻訳も読みやすく、原文ではどのように書かれているのだろうと思うこともあった。

日本人にはない発想もあるが、心に止めておきたい本だと思った。
オプションAがだめなら、オプションBがあるじゃないか。なんならオプションCも発動させようか、ちょっと元気になる本だ。

 

 

 

分数の計算④

私たちの分数感覚 → 1/2 は 0.5 か?

私たちの「分数に対する感覚」を気づかせてくれるのがこの本。

左の「数量的な見方考え方」の著者板倉さんは次のように書いている。

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「・・・私たちは、学校で教わる算数とは別に、<現実の事物の数量的な問題をうまく取り上げるいろんな知恵>を身につけていることにも注意しなくてはいけないのではないだろうか」

「私たちは日常的によく『半分』という言葉を口にする。それなら、この『半分』というのは 『1/2 のことであるから、0.5 のことだ』と言っていいのかというと、そうではないだろう。
 もともと、現実の事物を数量的にとらえるときには、誤差がつきものであり、近似的にならざるを得ないことが多いものだが、 1/2 と 0.5 では誤差の幅がかなり変わってくるからである。
実際の場面で 1/2 といったとき、(場合にもよるが)それは『1とも0とも言い難い、その中間ぐらいというほかない』とか『1/3 ほど少なくはなく、2/3 ほど多くない』といったことを意味するであろう。
ところが、これが 0.5 となるとだいぶ話がちがってくる。あるものが 0.5 だというのは、『 0.40.6 よりも 0.5 に近い』ということを意味することになるからである。
つまり、
 1/2 ・・・・・0.3 〜 0.7 (または 0.4 〜 0.6 )
 0.5 ・・・・・0.45 〜 0.55 
というような誤差の範囲を許容しているとみるのが普通なのである。

 『ボイルの法則』を発見した英国のボイル(1627〜1691)の論文では目盛の読みが小数ではなく分数になっている。それをみてもこんな感じで読まれていることがわかる。

 しかし、小学校の算数ではもちろんこんな事柄はとりあげない。私だって『こういう問題をとりあげろ』というつもりはない。私はただ『私たちの日常用いている<半分とか 1/2 >というのは、1/2 = 0.5 と単純におきかえられるものでないことが多い』ということを指摘したいのである。

私たちは日常生活の中で、誤差や近似値のことを考えて、1/2 といったり0.5 といったりして分数と小数の使い分けているのであって、普通の算数における 1/2 = 0.5 よりもかなり高度なことをやっているのである。ところがそういうことに心しないで、ただやみくもに「 1/2 = 0.5 」を押し通すと、私たちの日常生活の中での「便利で(高級な)数量的な言葉の使い方の原理」が破壊されることになりかねない。そのことに注意してほしいのである。

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なるほど、日常生活で使われている数字の意味や、感覚を大事にしたいということ、日常の生活と結びついている算数や数学の学習の大事さがわかるような気がした。
しかしボイルの法則で知られているボイルの論文で、目盛の読みが分数になっていたなんて全く知らなかった。知っている人もきっと少ないに違いない。
板倉さんは「分数の計算ができない大学生」が話題になったとき、こんなことを書いている。読んで驚く人もいると思うし、顔をしかめる人もいるかもしれない。でも私は読んでいて、こういう視点は自分にはないものだから、知っておいたほうがいいなと思ってのでここに書いておくことにした。

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・・・今では大部分の人々が「中産階級的なかなりの余裕」をもって生きていくことができるようになりました。私たちの生活はそんなに大きく変化してきてたのです。ですから、当然、学校教育の内容も全面的に変えなければならないはずなのです。それなのに、その現実の変化に応じた教育の改革が遅れているのです。
 いまの教育は、あたかも「明治維新後になっても、子どもたちに「論語」などの四書五経の教育をおしつけているようなものと言っていいでしょう。小学校の高学年以降の教育内容を見てご覧なさい。それらの教育内容は、上級学校への受験のために役立っても、社会に出てからどれだけ役立つというのでしょうか。数学教育関係者の中には、「いまの大学生たちの中には分数の出来ない者もかなりいる」と嘆いたりしている人々がいます。しかし、そういう大学生にとって分数の計算がどれだけ役立つというのでしょうか。いままで当たり前として教えてきたことが受け付けられなくなったからと言って、それを嘆いても仕方がないのです。

 もちろん、分数の計算だって、一部の人々には役立つことがあるし、必要です。だからこそ、ごく一部のエリートだけが教育を受けた時代には、分数の計算も教えられてきたのです。しかし、いまのように、ほとんど全員が高等学校に通い、半分の子どもが大学に進学する時代には、その時代の変化にもっとマッチした教育内容を準備する必要があるのです。

「分数が出来なければ理工系の教育ができない」などという人がいます。しかし私は、「今日の電気の時代を切り開くのにもっとも重要な役割を果たした電気学者ファラデーや電気の発明家エジソンだって、分数の計算ができなかったことは事実だ」と思っています。新しい時代を開くには、もっと創造的な教育が必要なのです。
・・・・・中略・・・・
教育の内容と方法を全面的に改革すれば、かつてなかったようなレベルに教育を高めていくことができるのです。

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「ロボットは東大に入学できるか」というプロジェクトを立ち上げ、研究を進めていた新井紀子さんは、学生に「どうして私たちの仕事を奪うかもしれない人工知能(AI)の研究をするのですか?」と問われたとき、こう答えたそうだ。

 「私が研究をやめても世界の企業や研究者はAIの研究をやめはしない。
そうならば、AIの可能性と限界をきちんと見極め、対策を取ろうではないか。
AIには弱点がある。それは彼らが「まるで意味がわかっていない」ということだ。

 数学の問題を解いても、雑談につきあってくれても、珍しい白血病を言い当てても、意味はわかっていない。逆に言えば、意味を理解しなくてもできる仕事は遠からずAIに奪われる。」

(2016年11月朝日新聞より ゴチックは私が強調のためにした)

「ぶんすうのがくしゅうをして、分数の計算がわかってうれしい、と喜びがわきあがってきた、そのことの意味」
「どうしてだろう?と胸がざわざわするような好奇心の意味」
そんな「わくわくとドキドキ」、分数の学習にもそういったものがあれば「分数嫌い」や「勉強嫌い」はなくなるかもしれない。
そこに人工知能にはない「人間としての意味」があるのかもしれない。
 「分数ものさし」からとんでもない範囲にひろがってしまった。ゆっくりと考えていこう。

最後の写真は5月1日に種まきをした「藍」。 10日もすると二葉がプランター一面に出てきた。こういったときは、6割ぐらいの発芽率というのかな? それともまいた種の三分の二の発芽率といったほうがいいのかな?
今年も藍染を目ざして藍を育てていこう。

 

 

ジャガイモの花

ジャガイモに花が咲いた(5月3日見つける)

駐車場のそばの畑にジャガイモが植えられている。
花が咲いているではないか。

 

これぐらいの広さの畑なのだが、上の写真に赤い丸で囲んだところのジャガイモに花がついているの

花にも種類があるようだ。

畑のオーナーさんの話にきいてみると、オーナーさんの経験ではジャガイモに花が咲くが、全部のジャガイモiではないこと、また実がなることもあるが、めったにないということだ。
じゃがいもの花と実? おもしろそうなのでもう少しきいてみると、ジャガイモの実は青い小さなトマトのようだと言っていた。
少し調べてみようと思った。

以前に「赤毛のアン」を訪ねるカナダツアーに行った時、ブログにじゃがいもについて調べたことを書いたが、もう少し本を探してみると、左の「ジャガイモの花と実」というその名もズバリの本があった。

表紙には「ジャガイモの実」と「種」の写真もあり、私の関心に応えてくれるピッタリの本だった。
この本の表紙にあるジャガイモ畑は北海道の美瑛だそうだ。一度いってみたいものだ。

ジャガイモの原産地は南アメリカ大陸で、2000年以上前からジャガイモを畑に植え、栽培し、食料にしていたと考えられている。
コロンブスのアメリカ大陸「発見」を機会に全世界に広まっていったわけだが、歴史的な経過については以前のブログ(カナダ赤毛のアンツアー33)に書いた。

ジャガイモの実は左の図のような形をしているらしい。
この「ジャガイモの花と実」の本の表紙にはそこカラー写真がのせられている。
ネットで調べてみると、「ジャガイモの実」で検索すると結構いろんなジャガイモの実の写真が発見できる。

疑問になってくるのは、そのジャガイモの実には種があるのだろうか。

花が咲き、実ができるのなら、その実には種ができているだろうか。
種ができている実があるに違いないとおもう。種ができるのなら、その種からジャガイモが育つのだろうか?

といった疑問がわいてくるのは当然だと思う。

ところで、現在の私たちがジャガイモを育てるときは、種イモをつかう。種をまくのではない。そして私たちが食べている部分は根ではない。茎である。「地下茎(ちかけい)」という言葉を習ったのは、小学生だっただろうか。中学生だっただろうか。
とにかくジャガイモは茎、サツマイモは根っこを食べていると習った。

種イモから育ったジャガイモはクローンだから、性質は同じだと予想できる。性質が同じだと、病気や害虫によって大打撃を受けることがあることは歴史が証明している。アイルランドでは多数の人が死に、アメリカ大陸などへの移民となった。ケネディ家も、ロナルド・レーガンもアイルランドからの移民の子孫だと言われている。

さて、ジャガイモの実から取れた種は、品種改良に利用されているそうだ。

1930年頃に、南アメリカに野生のジャガイモを見つける探検隊がだされたそうた。ロシア、アメリカ、スウェーデン、ドイツ、イギリスなどが探検隊を出し、ロシアの探検隊は150種類もの野生のジャガイモを発見したと伝えられている。

上の図のように種から育ったジャガイモは、親のジャガイモと遺伝形質が違っているため、多様なジャガイモになっている。
野生のジャガイモは、現在の栽培種のジャガイモと違い、花にはたくさんの花粉があるので、さまざまな性質を持ったジャガイモがとれたそうだ。
多様なジャガイモから、病気に強いもの、害虫に強いもの、味の良いもの、多量にイモが取れるもの・・・というように改良がなされていくわけだ。

日本には1595年頃に伝わったといわれている。豊臣秀吉が死んだ頃の時代だ。 オランダ商戦が持ってきたので「ジャガタラいも」「ジャガイモ」と呼ばれるようになったという。 飢饉の時の食料として広まったといわれている。 本格的に日本中に広まって栽培されるようになったのは、明治になってからで、アメリカ人などが持ってきた新しいじゃがいもの品種によって、ということだ。

花が咲いたあと、実がなるかどうか、気にかけて見ていくことにしよう。