大阪環状線撮り歩き  弁天町駅

一番下の写真は、「交通科学博物館」の跡地。弁天町といえば「交通科学博物館」だった。食堂車がなつかしい。
2014年4月6日閉館。展示物の多くは梅小路蒸気機関車館の京都鉄道博物館へ移設されているそうだ。

今日も暑い。36度になりそう。まわりが白っぽく見える。

これはカメラの露出補正についての勉強。
左は露出補正なし(EV=0)
肉眼ではこんなふうに見えている。
右は露出補正を+3(EV=+3)の状態。
暗いところだからプラス補正をすると、モデルさんの青いシャツがはっきり見えてくる。あわてて撮ったので、ピントはブレブレ

同じ場所。露出補正を変えてみる。
最初はプラス補正、次は補正なし。
最後はマイナス補正。
より明るくするために露出をプラス方向にずらすか、反対に露出をマイナス側にして光の量を抑えるか、そこがカメラマンのどのように表現するかの考え方なのだろう。瞬時に決めるのは、難しい。

 

これは映り込み。「写っているものに焦点を合わしなさい」と講師の先生。

お好み焼きの「まいど」、味処「こんかな」、和洋酒家「うましうみ」、銭湯「寿温泉」。何かノスタルジックな看板とお店。

ここは安治川。大きなトラック、トレーラー、貨物船が並んでいる。

急に人が動き出した。旗で合図を送っている。コンテナ船がやってきたのだ。

タグボートが出発する。コンテナ船の太いロープをつなぎ、岸壁に固定する。

船尾側のロープがおわれば、船首に回る。

もう1本のロープをとりに急旋回するタグボート。
大きなエンジン音と黒煙が立ち上る。

船首、船尾2本づつのロープで船体を固定。乗降用のはしごを下ろして着岸の完了。

太いロープ4本をあやつることで岸壁にぴったり横づけ。

タンカーの横づけを見学した後、足を伸ばして移動。ここは「弁天埠頭前」。

関西汽船のビルは取り壊されていて、残っているのは加藤汽船のビル。さんふらわあ号や小豆島や高松や松山に行ったなあ、と思い出が頭をよぎる。
昔はビルの屋上に関西汽船と加藤汽船の大きな立て看板が立っていたのに、今はもう面影もない。1995年天保山、南港に移転し、今は廃墟同然になっていた。

残っている加藤汽船側からの写真。二階から船を見送ったんだったかなあ。
海側は防波堤・防潮堤で遮断されてしまい、海の様子は見ることはできなかった。

道路にある地図には「弁天埠頭」の文字があった。
バス停にも「弁天ふ頭」という駅が残っている。 なんとも苦い味が口に上ってくる。ここは安治川だったなあ、と苦笑い。

安治川のアーチ型の水門が見えるところ、波除に足を伸ばす。
「まだ残っているだろうか?」「確かめておこう」。見ておきたいところがあった。

あった。ここは「男はつらいよ27 浪花の恋の寅次郎」に出てくる場所。
幼くして生き別れた弟をさがすふみちゃん(松坂慶子)が寅さんと一緒に、弟が働く会社にやってきて、大村崑と話をしたところ。

映画ではこの小屋の右側にある建物の二階の事務所に、寅さんと松坂慶子さん演じるふみが階段を昇っていくのだが、その事務所のある建物は完全になくなっている。1981年の作品だからもう35年も前の映画。ここが残っているだけでも奇跡かもしれない。映画ではこの会社の対岸にある火力発電所が映っているが、今はその発電所も撤去されている。
「浪花の恋の寅次郎」は私にとって、大事にしたい作品。通天閣、昔の浪速警察署、石切さん、新世界・・・懐かしい風景がいっぱい出てくる。
この映画の最初に対馬にある和多都美神社がでてくる。私が対馬に行った時は、海の中に鳥居が立っていたのをおぼえているが、それが「浪花の恋の寅次郎」の最初のシーンに出てくるのに気づいたのもずっと後だった。対馬に行く前に、この映画を見ていたらもっとおもしろかったのに、と思うのはいつものことだ。
映像や記録に残すことは大事だなあ、でも暑い、背中は汗でびっしょり、早くクーラーの効いた喫茶店にでも入ろう。

 

 

 

 

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