アメリカ東海岸 「若草物語」と「あしながおじさん」の旅 7

二日目 ボストン市内観光その6
    ウェイサイドとオーチャード・ハウス

「若草物語」が書かれた家、それが「オーチャードハウス」。
作者のルイーサ・メイ・オルコット達が「オーチャードハウス」に住む前に住んでいたというのが「ウェイサイド」と呼ばれている家。距離にして100mぐらいしか離れていない。下の写真がその「ウェイサイド」。

この屋敷はオルコット達が住んでいた頃は「ヒルサイド」と呼ばれていたが、後に住んだホーソーンが「ウエイサイド」と名付けて、現在にいたっている。

所有者が変わるたびに改築されている。Whitneyが1775年に建て(白い部分)、Alcott家は1845年〜48年に改築をし(エメラルド色のところ)、そのあとHawthorneが1860年に大きく手を加えている(青い部分)。Lothropが1887年に1階のベランダ付近を増設して(赤い所)今の形になったそうだ。

歴史を感じさせながらも、なおかつ美しい建物だ。
エマソンはオルコット家の友人で、子どものルイーザ・メイ・オルコット姉妹たちとも仲が良かったと言う。エマソンは「若草物語」のローレンス氏のモデルと言われている。ここから少し歩くと「オーチャードハウス」。私たちは舗装された道路を歩いたが、オルコットたちは道路から少し離れたところにある小径を散歩したのだろう。

私たちのあとからも、沢山の観光客がやってくる。人気のある建物だとわかる。

残念ながら建物の内部は写真撮影禁止。
私たちは二つの班に別れて見学をした。
私の班の説明は、年配の女性が英語で解説し、現地ガイドさんが日本語に訳して説明してくれた。

左はルイザの父エイモスが建てた「哲学学校  
The Concord Summer School of Philosophy 1879 〜  1888」
オーチャードハウスの左奥に建っている。エマソン達による超絶主義に関する講義が行われたそうだが、エイモスの逝去に伴って閉鎖されたそうだ。

上の写真はオーチャードハウスの売店で買った冊子。見開きでコビーを取ったので、現在と昔のオーチャード・ハウスの様子がわかる。オルコット一家のことが簡潔に説明されていた。この冊子によると、
「オーチャードとは、果樹園という意味です。当時(1857年頃と思われる)この家は約15000坪の果樹園に囲まれ、1年で約36樽ものりんごがとれました。それで、プロンソンは、オーチャード・ハウス(果樹園の家)と名付けました。そして、ルイザはこの家が古かったことから、りんごの焼き菓子の名前を取って、アップルスランプ(煮くずれりんご屋敷)と呼びました。

ここでは何種類かのパンフレットをもらった。

Louisa May Alcott’s
ORCHARD HOUSE

ルイザ・メイ・オルコットのオーチャード・ハウスとして世に知られているようだ。
いろんな取り組みがなされているようで、ワークショップやメンバーシップの募集など、積極的な活動を行っている。

ルイザはこの家で「若草物語」を執筆した。

1階の売店では、若草物語に関係するものがいくつも売られていた。
若草物語を原文で読みたいなあと、いくつか種類のある原書を手にとった。
日本でも買えるかなあ、と思って買わなかったが、日本に帰ってから考えると、やっぱり買っておいたほうが良かったなあ。旅行に行くと、帰ってから、ああしとけば、こうしておいたら、と思うことがいつもある。まあ、それも旅の楽しみの一つだろう。

 

 

 

 

 

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