命は描けるか

出版社が出しているPR雑誌は、おもしろいものが多い。

左の雑誌は岩波書店が出している「図書」。一時期定期購読をしたくらいに、私の気に入ったものの中の一つだ。
最近は大きな書店に行くと、無料で配布されているので、本を買ったついでに手にとることが多い。
8月号に私の大変興味を引いた記事があった。
それが今回の表題にしている「命は描けるか」という記事だ。
著者は画家として紹介されている舘野鴻(たての ひろし)さん。

「私は虫の絵本を描いている。と言っても虫を擬人化して物語を語らせているわけではない。虫がどう生きているか、ということを淡々と描いているだけの絵本である。」という書き出しから始まる。

舘野さんの絵本を調べてみると、図書館に「しでむし」「つちはんみょう」「ぎふちょう」の3冊あることがわかり、さっそく借りることにした。3冊とも偕成社の本。

この「しでむし」という本を仕上げるまでに3年以上かかったそうだ。
実際に自分で確かめ、取材、スケッチ、そして作品に書き上げるまではそれは苦労したことが想像される。
3冊の絵本を見て、原画はどれぐらいの大きさなのだろう?と思った。
精密に描かれた絵本は、子ども向けの絵本というよりも、大人がじっくりとみる絵本だという思いがする。

この本の解説で、舘野さんは「死んで土にかえる、といいますが、まさに死体を土にかえす仕事をしている一員が、このヨツボシモンシデムシです」と書いている。

この「しでむし」について舘野さんは「図書」8月号にこんなことを書いている。

「しでむし」のヨツボシモンシデムシは、ネズミなどの小型脊椎動物の死体を糧に安全に子育てをし、十数匹の子どもたちはほぼすべてが成虫になれる。しかし、死体という食料資源は競争率が高く、成虫が死体にありつき繁殖できる確率はきわめて低い。ヨツボシモンシデムシは動物の死体と共にあり、死体がないと種を存続することができない。誰かが死んでくれなければ困るのだ。
 人の世界では、今も疫病、飢饉、自然災害、戦争などで死が身近にある人たちがいる。私たちの国でも、2011年の大震災で多くの犠牲者が出たばかりだ。そのとき私たちは、生きることに対して真摯に向き合ったはずだ。しかし、その気持を今も持っているだろうか。死がそこにあると意識することで、ようやく今自らが生きているということに気付きはしないか。

生物の死が生につながる、とよく言うが、そのことを突きつけてくる絵本だ。

この「ぎふちょう」の解説によると、
ぎふちょうの寿命は1年。
そのうち約10ヶ月の間、蛹で眠っているそうだ。活動するのは成虫での10日前後、卵から孵化して50日前後の、あわせて2ヶ月という。気配を消して1年の大半を過ごすぎふちょうの生活スタイルは大昔から変わらないといわれている。耐えるような生き方を貫くことが、ぎふちょうの戦いなのかもしれない、と書かれている。

ギフチョウについて「図書」8月号にはこんな記述がある。

「ギフチョウは生涯にわたり、アリという天敵に狙われ続け、辛うじて蛹になっても、地べたで休眠している10ヶ月の間にネズミや鳥に喰われ、春に舞い飛ぶこの美しい蝶はその危機をくぐり抜けた幸運な者たちなのだ。」

 絶滅の危機が心配されているギフチョウ。人気も高く、研究対象としても多くの成果があげられているそうだ。ただ一部の採集者によって、個体数が減少し、絶滅した地域もあるそうだ。ギフチョウにとって最大の天敵は、私たち人間ではないか、と舘野さんはこの本の解説で言っている。

「つちはんみょう」を絵本にしようと思って10年、というのが舘野さんのこの虫にかける情熱。

この「つちはんみょう」の絵本は私にとっては衝撃的だった。「図書」には、「『つちはんみょう』の主役のヒメツチハンミョウでは、メスの産んだ約4000個の卵から孵った幼虫のうち、運よくヒメハナバチに寄生して成虫にまでなれるのはほんの数匹。他の赤ちゃん皆死んでいる」と書かれている。

この本のあとがきで舘野さんはこのように書いている。

 最初は死にゆくおびただしい数の1齢幼虫の姿を描こうと思っていましたが、その生き様を見続けるうちに、決死の旅を生き抜いた1齢幼虫の力強い生命力を描きたいと思うようになりました。しかし、その幼虫たちもさらに激しい運命にさらされる。物語の最後には、安全を保証されたヒメハナバチの育房の中で、1齢幼虫たちが殺し合う姿が描かれます。飼育下で実際に起こったこの行動は、私に多くのことを考えさせました。
 主役のつちはんみょうは目立たず不格好、見た目も生態もへんてこです。でも彼らにとってそれが普通、どんな姿でも、奇跡の末にうまれた命です。それはつちはんみょうだけでなく、私たちを含めたどの生き物も同じ、そして、死んでいったたくさんの命の上にいま私たちがいる。

この3冊のどの本を見ても、考えさせられることが多かった。
絵本の中にある絵も紹介したいが、絵本という特性上それはしないことにした。
実際にそれぞれの人が、自分の手にとって、じっくりと見る価値のある本だと思う。

「図書」8月号で舘野さんは最後に次のように綴っている。

「命は描けない。命は静止しているものではなく、状態であり、関係の中で、いつも運動し変化しているものであるから。姿を平面に描いてもそれは命ではない。
 私にできるのは、断片を誠実に描くことくらい。その静止した断片の連なりが絵本であり、ページという静止と静止の狭間に、永遠に描くことのできない命のようなものが忍び込んでくれたらと願うのだ。」

絵も文学も、歌も、詩も、映画も、すべて静止と静止の狭間の中に命を吹き込もうとする営みかもしれない。人間ができることはそれだけかもしれない。その継続が命の尊さを確認しながら、平和への歩みになることを願うばかりだ。
8月6日、広島に原爆が落とされた日。そんなことを考えた。

 

 

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