ドイツグリム紀行6(2日目の5)

マールブルクにあるグリム兄弟の足跡

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右の写真のような木組みの建築方法がドイツの家々の特徴。なにかホッとするような町並みが続く。

さて父をなくしたグリム兄弟は、カッセルに住む叔母に引き取られることになった。カッセルは翌日訪れる街なので、そのときに詳しく書ければと思う。

カッセルで中学・高校にあたる学校を優秀な成績で卒業した二人は、校長の推薦を受けてマーブルグ大学に進学する。

このマーブルグ大学で,生涯を決する恩師と運命的な出会いをするのだった。
恩師とは当時まだ20代の若き学者、フリードリッヒ・カール・フォン・ザヴィニー教授。私たちはそのザヴィニー教授の屋敷跡をたずね、グリム兄弟が住んだと言われる住宅も探すことにした。

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この町は斜面の多い町。急な階段、坂道が多い。こんな坂道や階段を昇り降りして、グリム兄弟はサヴィニー教授の家に行ったのだろうかと思うと、向学心に燃える二人の姿が想像できる。

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サヴィニー教授の家。
左の三階建ての建物が教授の家のようだ。ここに到着した時は、現地ガイドさんもよくわからないようだったが、翌日には、松本先生の資料にある「標識がうめこんである」家いうのは、この家だと説明があった。
その松本侑子さんの資料。

「ヤーコブは法律家だった父の影響もあり、法学を学んでいた。父なき後、最年長の彼は、一家の生計を立てるために、早く世に出て法律家になろうと決意していたのだ。 
当時のヨーロッパの法学は、ローマ法の研究だった。ローマ法とは、ローマ時代に作られた法律で、6世紀に編纂されたローマ法大全の各書物に明文化されてまとめられている。このローマ法が、近代ヨーロッパ各国の法律のもとになっている。
しかし恩師ザヴィニーは、ローマ法を教えながら、その一方で、法律とは、それぞれの民族地域の社会習慣から発展してきた歴史的所産であるという考えも持っていた。つまり、ゲルマン民族は、ゲルマン人が古くから村の取り決めや支配者のおふれとして守ってきた法的な慣習があり、そこにゲルマンのアイデンティティがあると考えたのだ。
もちろん、このゲルマン法は法律書として体系だっているわけではなく、慣習法だ。さまざまな利害関係の解決を記録した古文書、写本を収集し、読み、調べていくしかない。そうした調査からザヴィニーは、ゲルマン民族の伝統、古い伝説、昔話、民謡、民話にも関心を持っていた。
このように、広い意味でのドイツの文学的な歴史遺産に目を向ける恩師の影響を受けて、ヤーコブもまた法学から、ドイツの古い時代の文学に興味をもつようになる。実際、グリム兄弟がメルヘンを集め始めるのは、1806年のことで、ヤーコブが入学して4年後のことだ。彼は古文書を読むためにドイツの古語も学び始める。

 マーブルグには、恩師ザヴィニーの家も残っている。兄弟が下宿していた家の右脇から石段を上り、探し歩いていくと、城に近い中腹にあった。遠くの田園まで広々と見晴らせる気持ちのよい住宅地である。三階建に屋根裏の付いた立派な一軒家で、1803年から1808年までザヴィニーが暮らしたという標識が壁に埋め込んである。この大きさの家なら、学生たちが集まって講義を受け、盛んに討論も抱きただろう。
 十代後半のヤーコブとヴィルヘルムは、まだ20代の若い師を慕ってこの家に通いつめ、先生の熱心な研究態度、ゲルマンへの祖国愛に感化され、ますます文学の研究にうちこむのだ。格式ある大学で良き師に恵まれ、貧しくとも充実した学生生活を送った兄弟は、幸せだったのではないだろうか。」

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上の写真は、ザヴィニー教授の屋敷のある場所から見たマーブルグの町。「兄弟は、城の辺りから街を見下ろす展望を好んでいた」と松本侑子さんの資料に書いてあった。
200年前もこんな風景だったのだろうか。

私たちは今度はグリム兄弟が住んだという下宿に向かった。
石畳の坂道、傾斜する狭い路地、石の階段を降りていく。
商店街バーフリュサー通りにある建物の二階に、兄弟は下宿をしていた。左の写真の建物である。外壁の二階には、そのことを記したプレートがあった。

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建物の角には写真のようなグリム兄弟の下宿とわかるように、顔入りの掲示板が置かれている。松本侑子さんが訪れた頃にはこの掲示板はなかったと思われる。
ただ落書きがされていたのは残念。どこの観光地にもこういったイタズラはある。

この下宿で、グリム兄弟は二百十数年前、この二階に机を並べて勉学に励んだのだ。

さて、私たちはグリム兄弟の学んだマールブルク大学の直ぐ側にある、今日のホテル
「WELCOME MARBUG」 に向かう。

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丘の上にそびえ立っているのが、マールブルク大学。 なんとも壮大な建物だ。

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マールブルク大学は1527年に、初のプロテスタントの大学として創設された大学。現在はルター派とカルヴァン派の共存する大学らしいが、宗派の違いについては、私には詳しいことはわからない。
この大学に関係する有名な人は、グリム兄弟・サヴィニー教授以外に、私の知っている人は、ドイツ哲学者のマルティン・ハイデッガーや日本の哲学者三木清がいる。
このウェルカムホテルは、マールブルク大学の直ぐ側にある。大学は丘の上に建っているが、ホテルはその丘のふもとにある。この町は斜面と坂道、丘の上に立っている。地図ではごくそばにある建物でもその高低差は大きい。

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ホテルに到着。希望者は街の散策。私もスーパーマーケットめあてでついていった。

夕食はこのホテルで。
「万歩計は12000歩だった」という感想もあり、ホントに良く歩いた。ヨーロッパの町はたいてい石畳なので、慣れていない日本人はとても疲れる。というのが私の感想。

まずはドイツのビール。小麦からのビールと、大麦からのビールがあります、と案内があった。へーっ、小麦からのビールもあるんだなあと思ったが私は大麦から作ったビールをお願いする。
やっぱり、ドイツのビールはドイツで飲むのが美味しい。

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夕食後、ホテルの周りを少し散策する。 夕方のドイツの町並みは少しロマンティック な雰囲気がある。

明日は、「赤ずきんちゃん」の村、「シュパルムシュタッド」とグリム兄弟が暮らした「カッセル」に向かう予定。天気も良さそうだ。