ドイツグリム紀行 2(2日目)

ハーナウの町

img_3127

img_3130

朝食はバイキングスタイル。Buffetと英語では言う。ビュッフェとは日本語流の発音で、英語の発音はバフェ−と私の耳には聞こえる。
今回の旅は食べすぎないように節制することにした。パンよりも野菜、ヨーグルトがあればしっかり食べようと心に決める。

img_3156 img_5341

ホテル近くのスーパーマーケット。 実は前の日の夜にホテルについたとき、このスーパーマーケットで水などの買い物をした。 そのとき、ガイドさんから「ドイツではデポジット制を利用しています。缶やビンには処理代が付加されていて、空いた缶やビンを持っていくとその分の代金を返してくれます。」と聞いた。
朝食の後、それを確かめにスーパーマーケットに行ったのだ。

img_3164_2 img_3165

赤い機械がビンや缶を回収する機械。上の丸く開いている部分に缶やビンを入れると回転しながらバーコードを読み取る。そして右のレシートのような紙が出てくる。
0.33ユーロと書いてある。これをレジに持っていくと現金に換えてくれるわけだ。ビンや缶の回収・再生を行政としてすすめているのだろう。ドイツは自立型再生エネルギーを追求している国なのだと認識を新たにする。

img_3168

img_3190

img_3175

この旅の出発点。
ハーナウの市庁舎前にあるグリム兄弟の像。本を広げて腰掛けているのが弟ヴェルヘルム。弟は身体が弱かったと伝えられている。そして弟を見守るように立つのが兄ヤーコブ。グリム兄弟はこのハーナウの地に生まれた。しかしその生家は第2次世界大戦の空襲によって破壊されていて、今はない。金属加工の産業のあったハーナウは、連合軍の空爆によって壊滅的な打撃を受けたそうだ。

img_3201_2

img_3206_2

ここに生家があったという表示がある。
本当ならここで松本侑子先生の優しい声で解説があると思うのだが、残念ながら松本先生は喉の病気でご欠席。声が全くでなくなったので直前にこの旅をキャンセルされた。ドイツを取材されてこのツアーを企画された松本先生にとっては断腸の思いだと思う。沢山の資料が添乗員さんから配られた。先生のガイド原稿の一部だ。

今回のブログでは、松本侑子先生のこの資料を参考にさせてもらって書いていこうと思う。

img_7043

 

グリム兄弟像の足元にあるパネル。 ここからメルヘン街道が始まると書いてあるらしいが、ドイツ語が読めない私には、「ヤーコブ グリム、ヴェルヘルム グリム」という名前と「ハーナウ ー ブレーメン」の文字がわかるくらい。
ここで松本先生の資料を紹介。

******************************

「メルヘン街道は、グリム兄弟が生まれたドイツ中部の町ハーナウから北海に近い貿易都市ブレーメンまでの約500キロの道のりである。・・兄弟が暮らした土地、すなわち生誕地ハーナウ、少年時代をすごした村シュタイナウ、大学時代を送ったマーブルグ、グリム童話集を編纂した都市カッセル、大学教員として赴任したゲッティンゲンをたずね、さらに童話と伝説ゆかりの地、たとえば「赤ずきん」のシュパルムシュタッド地方、「眠り姫」のザバブルグ、「ハーメルンの笛吹男」のハーメルン、「ブレーメンの音楽隊」のブレーメン・・・これらの土地をつなぐのが「メルヘン街道」である。
・・・・・・
多くの人が誤解しているのだが、「メルヘン街道」という道はない。しかし日本では、大型道路が一本整備されているか、あるいは昔ながらの古い街道が村々と町を縫うように通っていると思われている。
この街道は、後世になって、グリム兄弟と童話にちなんだ土地を結んで机上で創り上げた観光用の名称であり、地図のどこを開いても、ドイツのどこを探しても、東海道や中山道のような一筋の街道は存在しない。

********************************

そうなのか、机上のルートなのだ。それをツアーとして今回の旅を企画・立案そして実施にもってこられた松本侑子先生の苦労に頭が下がる。一緒に来ることができなくて残念だろうなあ。もちろん私たちツアー一行の残念・無念さもそれに劣らない。
ああ松本先生のあの声で説明を聞きたかったなあ、と思うことがこの後何回もあったのは事実だ。

img_3204

写真はグリム兄弟の生家跡に建っている町並み。朝9時前のハーナウの町は人通りも少なく、空気がカラッとしていて、とても清新に気分になる。
これからグリム兄弟が幼少期をすごした城下町シュタイナウに向かう。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です