青島・蘇州の旅 6

紅いコーリャン その2

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映画は「紅いコーリャン」だが、岩波書店から出ている原作の本は「赤い高粱」。
この機会にもう一度映画を見ようとさがしたが、レンタルビデオでは見つからなかった。大阪市立中央図書館も調べたが、本はあってもビデオは収蔵されていなかった。
アマゾンで見ると、私が調べたところでは一万円以上で販売されていたので、見るのはあきらめた。

作者は2012年に中国国籍で初のノーベル文学賞をとった莫言(日本語読みで、ばく げん。アルファベット表示でMo Yan )。

「赤い高粱」の訳者あとがきに、莫言の生家について本人が語っているところが紹介されている。
「わたしが生まれたのは軒の低いボロ家で、四方から隙間風が吹きこみ、上からは雨漏りがするし、壁や垣は長いこと炊事の煙に燻されてまっ黒に煤けていた。わたしは生まれるとすぐ乾いた砂まじりの土の上に落っこちた。それは、わが郷里の人々は「万物土中から生ず」という考え方を信奉していたからである。だから子供は母体を出たとたんに村の通りからかき集められてきた肥沃な土ぼこりの上に落っこちる。うまり、生まれた子の前途が沃土のなかに落ちた種子のように素晴らしくあれ、とひたすら願うのである。」

その生家がここにあった。「莫言旧居」と表示されている。

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台所で煮炊きした時の煙は、オンドルとして部屋の床暖房に使われていた。冬はさぞかし寒かっただろうと想像される。ここに莫言の祖父母、両親と兄姉たち、それに父方の叔父夫婦とその子らが加わる総勢10数人という大所帯が暮らしていたそうだ。

莫言が通った小学校はこんな学校だったのだろうと、再現された校舎があった。

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Dalan Primary School と書いてある。
莫言が5年生の時に文化大革命がおこる。その雰囲気が伝わってくるのがこの建物。

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「紅いコーリャン」とはいったいどんな物語なのだろう。小説「赤い高粱」のとびらに書かれているあらすじを紹介する。
「婚礼の輿が一つ、赤に染まる高粱畑の道を往く。輿に揺られている美しい纏足をもった少女。汗に濡れ輿を担ぐたくましい青年。ただならぬ予感が、ゆらめく炎のようにかれらの行く手を照らすー。中国山東省高密県東北郷。日本軍が蛮勇を振るうこの地を舞台に、血と土、酒に彩られた一族の凄烈な物語がはじまる。現代中国文学の騎手の代表作。張芸謀監督作品「紅高粱」(1988年度ベルリン国際映画祭金熊賞)の原作」
ビデオを見たとき、日本軍の残虐な行為が映像で映し出され、思わずため息が出た記憶がある。

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上の写真はここのお土産物屋さんの中にあったパネル。春は菜の花の黄色に埋まり、秋は高粱の赤い穂で埋まる様子が想像できる。

紅い高粱テレビ

なぜ今も「紅いコーリャン」が中国で有名なのか。

実は2014年にTV版「紅いコーリャン」が全60話で放送があったからだ。
(写真はインターネットから)

主演女優はコーン・リーから
周迅(ジョウ・シュン)に。演技派女優として中国では有名な人らしい。

現地ガイドさんも見たと言っていたので、現時点でホットな話題なようだ。私たちはそのテレビの撮影セットが観光施設になっているところに行った。

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テレビドラマのセットなのに巨大。今は菜の花がいっぱい咲いているところが、秋には紅いコーリャン畑になり撮影されたようだ。

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上の写真左。とうもろこしと一緒に干されているのがコーリャンの穂。
今咲いている菜の花は菜種油がとれる種類のものではなく観賞用のもので、最近はコーリャンもこの辺では植えられなくなった、と現地ガイドさんの説明。周りにある城門や建物も全てセットです、歴史的遺跡では全くありません、と笑いながらガイドさんは説明する。
京都の太秦映画村の巨大バージョンなのだろう。

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巨大な映画村だが、観光客はちらほら。 こんなんで採算がとれるのだろうか。また日本兵の残虐さを全面に出すようなテレビ映画になっているのだろうか?などと心配してセットの建物を回っていると、広場の通路に子どもたちの作った切り絵細工が展示されていた。このセットの一部をつかって、子どもたちのための伝統体験教室が開かれているらしい。なるほどね~、と思いながら「紅いコーリャン」関連の地をはなれ、「楊家棹風等博物館」に向かう。

 

 

 

 

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