近代大阪職人図鑑

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ここは地下鉄谷町4丁目がもよりの駅、大阪城公園前にある「大阪歴史博物館」。

明治の超絶技巧の作品が展示されるという、オープンの前のポスターを見ていたので、是非見に行こうと思っていた展示会。
やっぱり終了間際になってしまった。
しかし、この日には学芸員さんの説明があるというのでがんばってやってきた。

説明を聞きながら展示物ー作品を見るとその素晴らしさをしっかりと感じることができた。

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館内では撮影禁止のため、入り口で買った記念冊子「近大大阪職人図鑑ーものづくりのものがたり」の写真を利用して紹介しよう。

圧倒される展示品は幾つもあった
まずは木製の人間の骸骨。
本物そっくりである。これはすべて木でできている。
写真は全身の骨が組み立てられているが、展示は頭蓋骨、肋骨、手の指などと部分に別れて展示されていた。
頭蓋骨の内部もわかるようにつくられていた。
明治のはじめには、人骨で外科的な実習ができなかったため、木製の人骨を職人に依頼して作らせたという説明があった。医者と職人が協力しながら、現在の外科医から見ても不自然な点がないほどの立派な仕上がりになっている。
医学の進歩のためにかけた職人の情熱が伝わってくるような展示だった。
下の生きているかのような人間の頭と腕と手、これが木造りとは目ではわからない。

IMG_20160605_0007ところでこの展示会で使われている「ARTISANーアルチザン」と言う言葉はどこからきているのだろう。冊子を見ると「職人や工芸家・彫刻家、その区分に重きを置かないという立場から『アルチザン』と総称する」と書かれている。
もう少し詳しく調べてみると、
①大辞林では「職人、技術的には優れているが、創造性の乏しい人、職人的芸術家」とある。
②ウィキペディアには「フランス語で職人の意」とある。
③ブリタニカ国際大百科事典には「職人、芸術批評の分野ではしばしばアルチスト(芸術家)と対立する語として使われる。技術的には熟練し精妙な腕を発揮しながらも、芸術的感動に乏しい作品を作る人々を批判的に言う言葉。しかし、いわゆる『職人芸』を見直す機運が高まるにつれて、この語自体の評価軸にも変化が見られる」
④日本大百科全書(ニッポニカ)の解説は、「職人、かつてはアーティストと同一視されていたが、近代の分業指向によって両者は分断され、アーティストは芸術家、アルチザンは無名の縁の下の力持ちのような存在となっていった。しかし、手作業のアルチザンの技術こそ伝統的な芸術を担う存在であり、創造性はともかく、伝統工芸の技術の維持が今日の世界的な課題となっているとき、アルチザンの役割は重視されつつある」とある。

「大阪歴史博物館」としては、芸術家と職人は違うという考え方ではなく、両者を含む意味で「アルチザン」という言葉を使う、ということなのだろう。

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これ木製の自在置物の「白龍」と「黒龍」。金属製の自在置物の龍はテレビで見たことがあるが、木で作られたというこの龍を目前にすると、職人技の素晴らしさと、芸術的なセンスを感じる。芸術家と職人と簡単に二分できないことがわかる。

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上の写真は直径23センチの絵皿。細かく描かれているのは何だろう?
拡大してみると、

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一面の蝶が描かれている。 「神は細部にやどる」という言葉を思い出すが、伊藤若冲の細密画を見るような思いがする。職人技は芸術的センスが無いと切り捨てることはできないことがわかる。

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左は直径4.5センチの根付。
職人魂を感じる作品。
これを芸術品ではないと誰が言うのだろう。
残念ながらこれらの作品のほとんどは現在の日本には知られない。
しかし学芸員さんの話によると、海外のオークションでは作者の懐玉斎(かいぎょくさい)は非常に有名であるそうだ。
若冲もそうだった。海外の評価が日本での再評価を迫ったといえるだろう。

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上の写真は貨幣のデザインの下絵。一つが46cm✕55cmの大きな紙に書いてある。
その精密な描写力に驚く。この図を元に金属を彫り、貨幣の原盤を作ったそうだ。
また左の鯉が彫られた容器は高さ・径ともわずか6.5cmの金属からできている。大阪の造幣局の技術者が作ったものである。
大阪市に造幣局があったおかげで生き延びた技術も多くあったようだ。

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造幣局で力を発揮できたアルチザンは少数派だった。茶器のように財力のある愛好家がいたり、良きパトロンに恵まれたアルチザンは少なかった。
左の写真のように、黙々と作業を積み重ねていったアルチザン、職人が圧倒的に多かったようだ。大阪には販路がなく、東京中心の経済はますます世の中から大阪のアルチザンの姿を消していったようだ。
(写真は大阪歴史博物館発行の「近大大阪職人図鑑」より。薩摩焼をプロデュースした藪名山(やぶめいざん)の工房の様子を撮したもの)

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学芸員さんの解説で心に残ったのは、日本のアルチザンは「先達の技術を写していくことで、技術を獲得・継承し、そして自分独自の世界を切り開いていった」という内容の話だった。

ヨーロッパではまずオリジナルが求められ、創造性が重点に置かれる。しかしアルチザンは師匠や先達の素晴らしい作品を「写す」ことによって自分のオリジナリティを獲得していく、という意味だと思う。

大阪に私の知らなかった超絶技巧の世界があった。学芸員さんは「明治になってふってわいたように超絶技巧が生まれたのではありません。江戸時代からたゆまない努力で培ってきた技術があったからこそ、明治になって花開いたのです。」

自分の眼で見て、体感してほしいアルチザンの技がここにある。
6月20日(月)までの展示会。
特別展示会の半券で、1階レストランが割引されたのはありがたかった。
(ホームページには特別割引の案内もあるので参照されたし)

http://www.mus-his.city.osaka.jp/contents/news/2016/artisan.html

 

 

 

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