第二次世界大戦中の大地震

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友人に西村京太郎の大ファンがいる。550冊以上ある全巻読むつもりと言っている。
私は西村京太郎作といわれる本は一冊も読んだことがない。
テレビで十津川警部シリーズというのが放映されていたことは知っているが、そのテレビ番組も見たことがない。

図書館に行った時に、よく読まれている本のコーナーらしいところに、左の本が並んでいた。
これも何かの縁。
しかもその十津川警部シリーズなので借りてみることにした。
題名が「1944年の大地震」とある。熊本の大地震の後だからよけいに目が行ったのかもしれない。それにしても1944年といえば、敗戦の前の年。
どんな内容なのだろうかと興味もわいた。

昭和の4連続大地震

小説のあらすじはこれから読む人のために、書かないことにしよう。
ただこの小説には、実際にあった戦中の大地震が背景にある。
インターネットで調べてみると、戦争中ゆえの悲劇がそこにあった。

1943年(昭和18年)9月10日17時37分の鳥取地震

 マグニチュード7.2。鳥取平野付近を震源地として発生した浅い地震で、鳥取市で震度6、岡山市で震度5が観測され、鳥取市内の住宅の7割が全半壊し、地震による死者1083人、家屋全壊7485戸、半壊6185戸、焼失251戸、被害総額は1億6000万円(当時)であったという。この地震によって吉岡断層(長さ4.5km)、鹿野断層(長さ8km)が出現した。鳥取市社会教育事業団が発行している「郷土シリーズ」第34巻「鳥取の災害―大地震・大火災―」の「鳥取大震災」の「あとがき」*4のなかで「・・・当時の記録は戦争中の防諜事情もあって、殆ど残されていない。わずかに、特高警察の記録した「鳥取県震災小誌」が、その面影を偲ばせるばかりである】と記されている。

1944年(昭和19年)12月7日午後1時35分の東南海地震

マグニチュード8.0。紀伊半島東部の熊野灘、三重県尾鷲市沖約20km、深さ40kmを震源とする地震。九州から東北・北海道の一部でも揺れが観測されるほどの強い揺れだったという。学校の授業中や勤務時間帯に重なったため被害者も増え、死者1223名、家屋倒壊17599戸、流失家屋3129戸、津波8〜10mだったという。
ただ発生が戦時中だったため、軍需産業の被害を海外に知らせないという理由で、報道管制がなされ、詳細は今もはっきりとしていないという。

1945年1月13日午前3時38分23秒の三河地震

マグニチュード6.8。震源は三河湾、深さ11kmの直下型地震。この地震で愛知県額田郡幸田町深溝に深溝断層(ふこうずだんそう)を形成する(断層は現在天然記念物に指定されている)。太平洋戦争末期のため、戦意に影響を及ぼすという政府の判断で、地震の詳細な発生状況や被害は報道されることはなかった。現在に至っても詳しいことはわかっていない。震源地域の三河地域では、死者1180人、行方不明者1126人、負傷者3866人、家屋の全壊は7221戸、半壊16555戸、全焼2戸、半焼3戸、その他24311戸という記録がある。愛知県幡豆郡と碧海郡で死者2652人という記録が見つかったという。一方、明治航空基地では顕著な被害は記録されていないなど意図的な記録管制があったのではないかと感じられる。また現在、地震体験者による被害の掘り起こしとその資料化も行われているようだ。

1946年12月21日午前4時19分過ぎの南海地震

マグニチュード8。震源は潮岬南方沖78km、深さ24kmを震源とする地震で、南西日本一帯で、地震動、津波の観測があった。四万十市では市街地の八割以上が地震動で生じた火災等で壊滅状態に、串本市や海南市は津波による壊滅的な被害を受けた。
高知県、徳島県、和歌山県を中心に、死者1330名、不明者113名、家屋全壊が11591戸、半壊が23487戸、流失1451戸、焼失2598戸、津波が静岡県より九州にいたる海岸で観測され、4〜6mに達したという。第二次世界大戦による空襲被害のあとに地震、津波の被害を受けた地域もあるという。

戦後の大地震

戦後の大地震で、千人をこえる死者を出した地震をしらべてみた。
資料は下記のホームページ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)

大地震マップ

 

そのホームページにある地震マップ。赤はマグニチュード7以上。青は死者があるもの。紫は最大震度6以上のもの。

◯1948年(昭和23年)6月28日 福井地震(マグニチュード7.1 震度6)
                 死者・行方不明者3769人。

◯1995年(平成7年)1月17日 阪神・淡路大地震(マグニチュード7.3 震度7)
                 死者・行方不明者6437人。

◯2011年(平成23年)3月11日 東日本大地震(マグニチュード9 震度7)
                 死者・行方不明者1万9000人。

こうしてみると日本は歴史的に見ても大地震と共に生きてきたと言っていい。
調べていると毎年のように大きな地震が起きている。
今年の熊本大地震もまだ全容がわからない。
毎日のように被害の様子や、地震のメカニズムなどのニュースがあり、報道もされている。

西村京太郎作「十津川警部シリーズ 1944年の大地震」を読んで、地震と報道、情報の共有の大切さを感じた。
1943年、1944年、1945年と毎年1000人以上の死者を出した地震の全体像は不明のまま。それは戦時下ということで、国民に広く知らされなかった。そのために救出や援助の手も十分になされなかったようだ。
亡くなった人たちの無念さがこの小説の背後にはある。

さてこの小説の残念なところは、十津川警部シリーズとタイトルにあるが、十津川警部の登場は最後の1ページのみ。十津川警部の活躍はわからないままだった。

熊本大地震で被害にあわれた方のご苦労を思うと、何ができるだろうかと自問自答する。
被災地で働いている人たち、子どもたちの身体や心の健康を祈るばかりである。

 

 

 

 

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