ポルトガル紀行 18

ポルトガル5日目
        FADO(ファド)

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スペインにはフラメンコ、ポルトガルにはファド、とそれぞれの国に欠かすことのできない音楽がある。ポルトガルに旅行するというと、「機会があればファドは是非」といわれることが多い。
私自身、ファドというのははじめての音楽だった。

「地球の歩き方」にはこんな説明がある。

「かつて南米のブラジル、アフリカやアジアなど世界各地に進出したポルトガルは、植民地から収奪した資源を本国に送り込んだ。それとともに外国人や異国文化がボルトガルに流入する。リスボンの下町で歌いだされたファドだが、もともとポルトガルにあったという説から、イスラム起源やアフリカ伝来の説まで、その起源には諸説がある。
 有力な説の一つは、ブラジルでアフリカ人奴隷が親しんでいた官能的な音楽舞踊が、リスボンで下町に広まったというもの。それに他の音楽の要素が加わり、しだいに打楽器の要素が失われ、歌の部分が強調されるようになる。

ファドの形式は19世紀に確立され、しだいに庶民の間に広まってきた。そして現代まで受け継がれている。」

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私たちが行ったのは「ティンパネス」というお店。そしてこれがステージ。
基本はファディスタとよばれる歌い手、ギターラ(ポルトガル・ギター、6組の複弦で全12弦のギター)、そしてヴィオラ(一般のクラシック・ギター)の3人。打楽器などはない。
シンプルな構成になっている。

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私たちは食事付きのファドショーだったが、飲み物だけで参加の外国人グループや家族で食事に来ていたポルトガルの人たちのグループもあった。

メニューはワイン付き。カルド・ベルデ(じゃがいもと青菜のスープ)、仔牛肉、アイスクリーム、コーヒー、パンだった。
相席の人がお肉はだめ、といってたらしく、その人には魚料理が提供された。
食事をしながら、ワインを飲みながらのショーだった。

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経験豊かそうな女性、男性と二人の歌い手が交代して歌ってくれる。
ギターのチューニングや音程合わせが丁寧にやられている。
途中で、フォークダンスのようなショーやグループでの歌。そしてギターだけの演奏とつづく。
最後にメインのファデスタが黒い衣装、で歌いあげる。

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ファドを聞く前に、ガイドさんからバスのなかでいくつかの解説を聴いた。 一つは司馬遼太郎さんの「街道をゆくシリーズ』にファドのことがのっているということ。 もう一つは、ちあきなおみさんがファドを歌っているということ。 日本に帰ってきてから、調べてみた。 YouTubeにちあきなおみさんのファドがあったので、下に紹介しておく。

https://www.youtube.com/watch?v=DpbkYQn1eDM

ちあきなおみさんの歌は、ファドの雰囲気はよく伝わっていると、私なりに思う。

ポルトガルでのファドショーの最後の女性ファデスタは、津軽海峡・冬景色を歌う石川さゆりさんを思い出した。切々と感情を歌い上げる節回しは、日本の演歌と何かしら共通点があるようにも聞こえた。

ファドといえばアマリア・ロドリゲス。
アマリア・ロドリゲスの紹介と音楽がのせられているブログがあったので、下記にURLを書いておく。

http://blogs.yahoo.co.jp/maskball2002/66719976.html

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司馬遼太郎さんの「南蛮のみち2」にアマリア・ロドリゲスのことがかかれているので、その一部を引用する。

「アマリア・ロドリゲスは、仄聞するところでは、リスボンの庶民街であるアルファマの洗濯女だったという。(物の本では、波止場でオレンジを売りながら船乗りたちのためにうたっていたという。)アルファマの丘は、丘そのものが集落である。石段で上下するが、ところどころに泉がある。その泉に女たちが集まって洗濯する。
そういう場合、たれかがうたう。アマリア・ロドリゲスは洗濯をしながら仲間たちを楽しませつつ、自分の手の動きにもリズムをつけていた。やがて専門の歌手になった。
・・・・・・・・・略・・・・・・・・・

やがで部屋いっぱいに声量が満ちた。声は強靭に、はるかにのびてゆくかと思うと、にわかに鼻音のなかに縮まり、そのうち、水色に色づいたシャポン玉のように丸い詩情がほかほかとうまれ、軽やかに空中に飛翔し、そのことに油断していると、ふたたびたかだかとした烈しさに変わり、また胸をかきむしるような悲しみになってゆく。さらには、泣き寝入りする幼女の夢の中でささやくような調子にかわっている、というふうで、聴きているうちに、単なる声ではなくなってくる。そこに女性のゆたかな肉体がひろがり、さまざに色づく心が戦慄し、ときに凝縮し、不意に肉体がつまさき立ってみえざるものへはげしく両腕をふりつづける。歌詞はわからないが、海へ出て行った夫や恋人のまぼろしまで浮かんできそうである。ポルトガルの女たちの宿命をうたっている。

IMG_8981ヴァスコ・ダ・ガマ以来、男たちは海へ出て行ったし、いまもゆく。女たちは陸に残され、男たちが残して行った子供を育て、行商をし、ときに泉へゆき、汚れものを岩角に打ちつけて洗い、濯ぐ。ポルトガルの女たちは何世紀もさびしさに耐えてきたが、ついにたれが生んだともなしに、ファドがうまれた。もっともその成立は存外あたらしく、19世紀ぐらいだという。」

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私たちの見たファドショーは、ステージだけではなく、客席の中に入って歌ってもくれた。
その情感は日本人と共通するものがあるかのように、迫ってくる。
ただ残念なことに、歌詞がわからない。曲の解説があれば、もっと想像しながら、ファドの世界に入っていけたかもしれない。

合間にCDをもって販売に回ってくるが、ポルトガル語がよめないので歌手の名前や曲のタイトルがわからない。
買って帰っても、日本で曲の内容を確かめることもできないと思い、買うことはあきらめた。

ステージが終わったら、時計を見ると10時をとっくにすぎていた。今日のような観光客相手のショーでなければ、ファドはこれからますます盛り上がるそうだ。

観光客の日本人にとっては、10時をすぎるとそろそろ休憩がほしくなるころ。
バスに乗って、ホテル「ドン・ペドロ・パレス」に向かう。
ツアーでの観光は今日まで。明日1日は全くのフリータイム。
ただお天気だけが心配だ。