ポルトガル紀行 16

ポルトガル5日目
      ジェロニモス修道院

IMG_8891

ウィキペディアによると、

ジェロニモス修道院1

「ジェロニモス修道院(葡: Mosteiro dos Jerónimos)は、ポルトガルの首都リスボンのベレン地区にある修道院であり、世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産のひとつである。マヌエル様式の最高傑作ともいわれ、大航海時代の富をつぎ込んで建築された。
ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開拓及び、エンリケ航海王子の偉業を称え、1502年にマヌエル1世によって着工され、1511年に回廊など大部分が完成したものの、その後、マヌエル1世の死やスペインとポルトガルの同君連合による中断等もあり、最終的な完成には300年ほどかかっている。 その建築資金は最初バスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料の売却による莫大な利益によって賄われ、その後も香辛料貿易による利益によって賄われた。」

ここには、ヴァスコ・ダ・ガマとルイス・デ・カモンイスの棺が安置されているそうだが、工事中のために私たちは見ることができなかった。

天正遣欧少年使節が日本に帰る前に、この修道院を訪れている。
その壮大さに驚いたと伝えられている。

IMG_8892

IMG_8890

長さ300mというから、カメラにはおさまらない。(ウィキペディアにはその全景が載っていた。上に引用してあるとおり大変大きい)
西門の工事中のため、さらにはお葬式がはじまったので二階からの見学となった。
左の写真の黒い車と周りの人達がその関係者。世界遺産の修道院といっても、その本来任務はきちっとやっているんだなあと感心する。
下の写真の中央の門が、南門。ここには聖母マリアを中心に24人の聖人や高位聖職者の像が据え付けられている。1518年の制作ということだから、天正遣欧少年使節の少年たちはこの門を見て驚き、そしてこの門をくぐったのだと思う。

IMG_8878

 

IMG_8884

長さ55mの回廊。ここは中庭が美しいのが有名。

IMG_8885

IMG_8886

ここは食堂。とても広い。写真が小さくてとてもわかりにくいが、右の写真の壁にかかっている絵は、聖ジェロニモスだそうだ。

IMG_8880

 

IMG_8879

 

ジェロニモス修道院から周りを眺めたところ。 車、市電で直ぐ側まで来ることができる。
目に入ったのが、この三輪車。観光用のものだろうか。ベトナムのタクシーのような役割なのだろうか。三輪車? そばを通ったけれど、この車の仕組みはよくわからなかった。
司馬遼太郎さんは「南蛮のみち2」で次のように書いている。

IMG_8883

「修道院の前を、市電が通っている。その線路越しに望むと、皮膚色の大理石が、よほど結晶粒がこまかいのか、うすぎぬを透した女性の肌を思わせるように美しい。
この修道院は、聖母マリアにささげられたものだという。その目的は、この港を出て、遠く他の世界へゆく遠洋航海の船舶の安全を祈るためだったというが、建物ぜんたいに感じられるのは成熟した女性のやさしさである。
建物はふんだんに装飾されている。しかしながら彫刻はすべて女性の首飾りや耳飾りの細工のようにこまやかで、繊細であり、威圧的なところはすこしもなく、建物そのものが、聖母の肉体を象徴しているのではないかとさえおもわれる。ついでながら、建築様式は15世紀末のポルトガル好みとしか言いようがない。内部の回廊がとりわけ美しく、それを強調するためか、高層でありたい衝動をおさえ、ことさらに二階建てである。
しかも”聖母”をかざる彫刻群のなかで、海にちなんだモティーフのものが多い。建物が聖母の肉体であるとすれば、それらの装飾は、聖母に対して、かたときもここから出稿して行った船たちの安全をわすれてくださるなと願うためのものであることがわかる。」

IMG_8895

ジェロニモス修道院の中の見学は予定されたいたようにはいかなかったが、告別式が実際に執り行われているところに遭遇出来たことは、めったにないことだと思う。

バスに乗って移動。すぐそばにあるベレンの塔へ。

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です