ポルトガル紀行 10

ポルトガル4日目
        アルコバサ

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バスを降りて川を渡る。アルコバサ川だそうだ。アルコ川とバサ川の合流地点に出来た町、とガイドブックにあるがどこが合流地点かはわからなかった。
興味深そうによってくる犬、大きな広場には雨が降っているのに鳩が集まっている。この大きな建物が、アルコバサ修道院。ここも聖母マリア信仰の地、正式名はサンタ・マリア・デ・アルコバサ修道院。1178年に建築がはじめられている。
1989年、ユネスコの世界遺産に登録されている建物。

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歴代国王の像、修道院創設の歴史を表したアズレージョの壁。ここは「王の広間」。

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上の二つの写真は、修道士達の食堂。階段のように見えるのは、食事中に聖書を朗読した説教台。

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巨大な三角柱のようなものは煙突。ここは厨房で7頭の牛を一度に調理できたとか、川の水を引き込んだ洗濯場など、当時としては最新式だったのだろう。最盛期には1000人近い修道士がいたという。修道士達は、戦いで荒廃したこの地を豊かな土地に変えるための努力をしたと伝えられている。

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ガラス越しに見えるのが、ペドロとイネスの棺。(手前がイネスの棺、奥がペドロ一世の棺。主祭壇に向かって右がペドロ1世、左がイネス)そう、コインブラで見た「涙の泉」「愛の泉」の主人公、ペドロ1世とイネスの眠るところ。

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IMG_8561 上の写真がペドロ一世の棺。下の写真がイネスの棺。
破損しているのは、ナポレオンが侵攻してきた時に壊されたらしい。
二人の棺にはキリストの誕生から復活までや十二使徒の一人である聖バーソロミューの生涯を描いたレリーフが刻まれている。ポルトガル・ゴシック芸術の最高といわれているものものだ。

二人の棺は脚を向け合って安置されている。ガイドさんの説明によると、これはペドロ1世の意志であったらしい。
キリスト教では最後の審判によってその人の一生が裁かれる。
棺に入っていた者も、神の審判によって棺の蓋を開け天国にのぼっていくことができる。そんな場面がイネスの棺のレリーフにもあった。
ペドロ1世は、神の審判によって目を覚まし、棺の蓋を開けて起き上がった時に、同じように棺を開けて起き上がろうとしているイネスの顔が見ることができることを願った。その願いのために、向い合せに、足を向けた形での棺の配置を命じたらしい。

ジョアン1世とフィリッパ王妃のように、二人仲良く同じ棺に眠ることができなかったのだろうか?
天国に至る門は狭い、ということなのだろうか。

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そろそろお昼時。見学に来ている中学生らしい子どもたちがお弁当を食べている。
日本のようなお弁当ではなく、スナック菓子の袋らしいものが見える。
この二枚の写真を写している私の付近で、先生が子どもたちの様子を見ている。
一緒に食べたりしないんだなあ。
私たちもレストランへ移動。

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 ここはフレイ・ベルナルドというお店。お料理は、
野菜、クリームスープ、
パカリャウ・ア・プライス(干しダラと玉ねぎを炒め、千切りのフライドポテトあわせ、たまごでとじたもの)
デザートのフルーツサラダ
そして自分で注文したコーヒー

バカリャウというのは、タラを塩漬けや干物にしたもの。ポルトガルではこのタラを使った料理が名物。365日分のレシピがあると言われているほど、その料理方法は多種多彩だそうだ。

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ここから40kmのバス移動。
城壁の街が見えてきた。
オビドスだ。

 

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