ポルトガル紀行 7

ポルトガル三日目
        コインブラ

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ポルトガルのお土産物を探すと、必ず目につくのがニワトリ。これには意味がある。
「バルセロスの黒いおんどり」と言う話は、ポルトガルの子どもでも知っているという有名な話だそうだ。ガイドさんが話してくれた。

時は12〜13世紀の頃。巡礼の人たちが泊まっている宿での出来事。
とても信心深い人が泊まっていた。ドアを叩く音で目が覚める。
警官が「押し込み強盗が入った。お前は犯人によく似ている」と彼は逮捕される。
犯人に瓜二つだったため、その信心深い人の言い分は聞いてもらえず、裁判にかけられて死刑判決が出た。刑場に引きたてられた彼には一つだけの願いが聞き入れられる。
「裁判官に会いたい」
裁判官は食事中で丸焼きのチキンを食べていた。無実を訴えるが聞き入れられない。彼は言う。
「神様は私の行いを見ています。私の刑が執行されるのなら、私の無実の証拠に、今食べているニワトリが生き返り、コケコッコーと鳴くでしょう」
なんと、裁判官が食べているニワトリが息を吹き返し、コケコッコーと鳴いた。
あわやというところで、その巡礼者は処刑を免れ、サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼を終えた。そしてその後、バルセロスにもどり感謝の碑を建てたという。

こんがりと焼けた黒いおんどりは「幸運のシンボル」になったというわけ。

コインブラマップ2

コインブラの町は、ポルトから120km、約1時間30分の距離。

コインブラ大学の見学がメイン。
コインブラ大学は13世紀(1290年)に建てられたというから、日本では鎌倉時代。元寇の弘安の役が1281年だった。

この図書館が有名で、1724年に建てられたもの。
30万刷の蔵書があるという。写真撮影が禁止されていたので、中の様子はここでは紹介できない。とにかく豪華絢爛で、雰囲気はハリーポッター。
紙を食べる虫の駆除のためにコウモリを飼っていて、汚れ防止のシートに落ちているコウモリのふんを始末するのが毎朝の仕事と言う説明があった。コウモリのかわりにフクロウがいれば、ハリーポッターそのもの。
インターネットなどで「コインブラ大学 図書館」などで検索すると写真がヒットする。

コインブラ大学の建造物群は「コインブラ大学ーアルタとソフィア」として2013年にユネスコの世界遺産に登録されている。

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ガイドさんに大学生の女性の入学について聞いた。
かつては男子だけの入学であったらしい。
日本の明治時代のころにテストで優秀な成績だった女性が入学したという記録があるそうだ。
現在ではもちろん男女共学の大学。
女性の参政権が気になったので聞いてみると、現地のガイドさんが「1974年4月25日まではサラザールの独裁政治でした」という説明。そうだった、ポルトガルは独裁政治の国だったのだ。リスボンにある「サラザール橋」とよばれていた橋は、この革命後「4月25日橋」と呼ばれている、という説明を思い出した。

ここが大学図書館の入り口。
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IMG_8335日本人観光客を珍しそうに見ている大学生。オートバイのヘルメットを持っている。
女の子は黒い髪を長く伸ばしている子が多い。
IMG_8337図書館の屋上からの風景。 これがポルトガルの町並み。ジブリの「魔女の宅急便」を何となく思い出す。IMG_8349

これは「旧カテドラル」。レコンキスタの時代では要塞を兼ねていたらしい。1162年ものだからとても古い。 IMG_8364

IMG_8366この像は、コインブラ大学から旧カテドラルと坂道を下って行くところにあった像。 「ポルトガルの洗濯女」という名前がついているらしい。
川で洗濯する女性がこの地方の風物詩だったので、それをモデルにして作られているとのことだ。

きっとこのコインブラでも、大学の卒業をきっかけにして、故郷に帰っていく無責任な男を、涙で見送るしかなかった長い黒髪の女の子たちの物語があったにちがいない、と勝手な妄想がわきあがってくるのをおさえて、お店がいっぱい並んでいる通りに出てきた。

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IMG_8375 IMG_8374ありました。 これが金平糖です。 ケーキやパンなどを売っているお菓子屋さんにありました。
ポルトガル旅行の目標の一つが達成。

ウィキペディアの説明。
「金平糖(こんぺいとう、コンペイトー)とは、砂糖と下味のついた水分を原料に、表面に凹凸状の突起(角状)をもつ小球形の日本の菓子。 金米糖、金餅糖、糖花とも表記される。語源はポルトガル語のコンフェイト (confeito) 。金平糖はカステラ・有平糖などとともに南蛮菓子としてポルトガルから西日本へ伝えられたとされる。初めて日本に金平糖が伝わった時期については諸説あるが、戦国時代の1546年(天文15年)とも言われる。ー 」

コンフェイトというのは、ポルトガル語で「砂糖菓子」という意味だそうだ。
金平糖を意味するお菓子は「CONFEITO COM BICOS(コンフェイト コン ビィコシュ 意味 イボ付き砂糖菓子)」というのが正確らしい。ボルトガルのお菓子屋さんの説明が下記のブログにあった。

http://www2.jfn.co.jp/blog/wfn/2010/03/post_156.html

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ポルトガルの名産の一つ、コルク。コルクのお店やさんに入ると、コルクの木の写真があったので写す。
コルクはコルクの木からとれる、ということは知っていたがどんな木なのか知らなかった。
司馬遼太郎さんは「南蛮のみちⅡ」で次のように書いている。

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樹々の中で、圧倒的に多いのは、コルクの樹(コルク樫)であった。コルクはポルトガルの国にとって大きな輸出産物で、日本に対しても輸出品目の第一位を占めているらしい。・・・・・略・・・・
コルクは、日本には明治以前の元治元年(1886年)にはじめて入ったそうである。・・・・略・・・・
ヨーロッパでは紀元前四百年ころからびんの栓や浮子、それに靴底につかわれてきた、という。今も靴底だけでなく、婦人用の草履、サンダルなどにつかわれている。
 途中、幹がふたかかえほどのコルクの老樹があったので、バスを停めてもらった。
コルク樫は、ぽってりとした樹皮がコルク質なのである。それを独特の刃物で剥いでゆく。その樹は、幹半分、太枝半分といったぐあいに剥がれており、剥がれたあとの幹は紅殻(ベンガラ)色になっていた。文字通り赤裸(あかはだか)といった感じだった。

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お店に入ってみると、司馬遼太郎さんの紹介以上の品物が並んでいた。帽子、傘、バックと見ていても楽しかった。現在は多方面での製品開発が行なわれているようだ。

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ポルトガルのポストの色は赤。日本のポストが赤いのは、ポルトガルからの輸入?
お店が並ぶ通りには、キーボードを演奏している大道芸の若者の姿があった。

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iPhoneの時計は夕方の5時前を表示している。
バスに乗って、コインブラでの宿、QUINTA DAS LAGRIMAS(クゥインタ ダス ラグリマス)、パンフレットではよりポルトガル語の発音に近い「キンタ・ダス・ラグリマス」と書かれている、いわゆる「貴族の館ホテル」に向かう。
ここも、ポルトガルの有名な悲恋の物語に縁のある地であるという。

それは・・・・・。

 

 

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