懐かしの給食レシピ49

トマトのスープスパゲティ

大阪市で働く私の知り合いの栄養士さんから教えてもらった給食レシピ。 そのレシピを元にして懐かしの給食メニューをいただいてみようと挑戦。 レシピ通りの食材が手に入らなかったら、私独自のアレンジで創意工夫。

今回は、トマトのスープスパゲティ。
そのレシピは次の通り。

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材料を用意する。

スープの素は、ブイヨンを使用。
スパゲティは5分の加熱というのが家に残っていたのでそれを使用。レシピより分量は少し多めになったけれど続行。
玉ねぎの右隣の小皿はパセリ。これはベランダで栽培してあったものを利用。

ホタテは駅前のライフで買う。予想していたより高いものなのでびっくり。

まず生食用のホタテなので、熱湯でゆでておく。
スパゲティは、スバゲティに付いている説明の仕様でゆでる。少し固めとレシピに書いてあるので、5分のところを4分にした。

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ベーコンを乾煎りし、オリーブを加え、ニンニクを香りよく炒める。
煮上がればトマトを加えて、

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そこに玉ねぎ、パプリカをいれて炒める。レシピにはないが彩りを考えてパプリカを入れた。

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スープ(ホタテの煮汁も一緒に)をいれて煮る。煮上がれば、塩・コショウで味付けをし、トマトを入れて煮る。今回は缶詰のトマトを使用した。

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レシピに書いてあるように、

「ほたて貝柱のうまみが出て、とてもおいしいスープになります。
また、ニンニクの風味がきいて、食欲がわきます。」

確かにそのとおり。これはおいしそう。

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野菜サラダをつけると、完璧なメニュですね。では、いただきます。
ご馳走様でした。

 

 

 

 

 

壽初春大歌舞伎

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1月2日からはじまった松竹座での「壽初春大歌舞伎」も千穐楽まぎわになって見に行くことができた。

今年の初春大歌舞伎は夜の部を観劇をした。

歌舞伎役者としての市川中車さん(香川照之さん・澤瀉屋)を初めて舞台で見るのが楽しみだった。

演目は次の三つ。
1.桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)帯屋

2.研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)

3.芝浜革財布(しばはまのかわざいふ)

一つ目の「桂川連理柵 帯屋」は、初めて見る舞台。
江戸中期に京都の桂川に年配の男性と14、5歳の娘の死体が流れ着くという、現代でもショッキングな事件があり、それを題材として浄瑠璃や歌舞伎になったというもの。今日の舞台は安政6年(1777年)に歌舞伎として上演されたものがもとになっているそうだ。
私は事件の内容よりも「連理の柵」という言葉に反応してしまった。
NHK放映中の朝の番組「あさが来た」で、五代厚友が新次郎に、あさと新次郎の仲を「うーん、相思相愛、いや比翼の鳥だ」と言ったことを思い出したからだ。

「比翼の鳥・連理の枝」といえば高校の漢文で習った「長恨歌」に出てくる有名な言葉。青春まっただ中の高校生にとっては、なんとも魅力のある言葉だった。
言葉というものは不思議なもので、連鎖反応のように時と時代と場所をこえてつながってくる。
その連理の枝が柵(しがらみ)の中でどうなっていくのか、というのがこの舞台。

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さて歌舞伎の「桂川連理柵 帯屋」は、帯屋長右衛門に人間国宝の坂田藤十郎さん、夫のために心を砕く女房お絹に中村扇雀さん、乗っ取りを考えている義理の弟儀兵衛に愛之助さん、そして丁稚と娘の二役に壱太郎さんという魅力ある配役。渋みのある藤十郎さんの抑えた演技、愛之助さんの軽妙で憎めない悪役ぶり、そして日本人形のような壱太郎さんの「お半」。
長右衛門の論理は現在の私では理解し難い。でもそれが江戸時代の生き方と思うと人間の心理の複雑さとそれを舞台劇に昇華しようとする作者の深みを感じる。

二つ目の「研辰の討たれ」は、以前に中村勘三郎さんの「野田版研辰の討たれ」を見たことがある。舞台を立体的に使って、これが歌舞伎?と思う反面、これも歌舞伎、と納得する舞台だった。今回は正統派「研辰の討たれ」のようだが、愛之助さんと中車さんの性格の対象的な演技と、壱太郎さんの若侍もおもしろかった。
舞台と客席が一体となって、この演目に惹きこまれていくのは、野田版と一緒だった。それにしても愛之助さんが座った客席はもとから空席だったのか、それとも舞台用に空けて置かれたものか? アドリブだったのかなあ。

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この歌舞伎の元になった事件は、文政10年(1827)に讃岐の国で起きた仇討事件。これが芝居として上演されるようになったらしい。ただこの事件そのものは武士どうしの事件ではなく、町人が武士を殺し、その仇討をしたということで、それがこの芝居が人気となった理由らしい。しかし今日の舞台は大正14年(1925)に歌舞伎作者の木村錦花が舞台化したもの。研辰が町人上がりの武士として描かれている。
根っからの武士の平井兄弟と元町人の研辰こと守山辰次の性格の違い、武士道の捉え方の違いが軽妙に、かつ結果的には深刻に描かれていると思った。
野田版の時もそうだったが、口の中がざらつくような後味がのこる幕切れ。
「えーっ、結局闇討ちか?!」というような感想や反応をネット上で見つけたが、そんな単純なものではないと私は思う。
番付の亀岡教子さんの紹介にある、近松門左衛門のいう「虚実皮膜」の芸術、真実と虚構の微妙な境界がそこにはある、ずっしりと心にこたえる演目だったと思う。

さて最後は落語でもよく知られいる「芝浜」をもとしたもの。

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市川中車さんの良さがよく出ていた舞台だったと私は思った。
落語の「芝浜」は、古今亭志ん朝さんのCDを車でよく聞いていた。
私のなかでは、人情話といえば「芝浜」と「紺屋高尾」が浮かんでくる。

よく知られた話なのであらすじは書かない。
女房おたつの扇雀さんがとてもよい。政五郎の中車さんとぴったりと息があっている。心を入れ替える中車さん演じる政五郎、そして舞台が変わって3年後のおたつと政五郎、ああこの3年間二人共一心不乱に働いたんだなあ、と伝わってくる。こんな時の中車さんは生き生きしている。
そして私が気になったのは、最後におたつのすすめるお酒を飲むのかどうか。
落語では「夢だったらいけねえ」と飲まないのだが、
歌舞伎ではお正月の出し物らしく美味しそうに飲む。
そして落語にはない、火事で焼け出された人たちへの正月餅への寄進としてその財布のお金を使うことでおわる。
人情話らしい、すべてが丸く収まるというわけだ。
途中で獅子舞が出できて、新春らしい雰囲気が舞台いっぱいに流れる。私も久々本格的な獅子舞をみることができて楽しかった。

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愛之助さんと中車さんがでてくるので、どうしても「土下座」ギャグが多くなる。まあそれもしかたがないかと思うが、そろそろそれも過去のものにしてほしいと言う気持ちも正直でてくる。

午後の部は、心中物、仇討物、と深刻な演目のあとに、「芝浜革財布」で笑顔になって終わるという段取りだった。
お正月らしく、苦労のあとにはハッピーエンド。今年一年が良い年でありますように、という気持ちがわいてくる。

道頓堀は相変わらずの人出。
外国からの観光客も多い。
私が外国に行ってスペインのフラメンコやポルトガルのファドを見に行くように、この人達はどうなのだろう。
買い物ツアーも大阪の経済にとって大事だが、大阪の文化を知らせるというツアーもきっとあると思う。が、なかなかそういった団体には私は出会わない。

 

 

淀工第44回グリーンコンサート

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2016年1月24日(日)午後4時30分 第44回淀川工科高校グリーンコンサートの開始。

グリーンコンサートは3年生の最後の演奏。最後の最後の演奏を聞きたかった。
これまでは仕事などの関係で日曜日にはなかなか行くことができなかったが、昨年のグリーンコンサートに行った時から、次はなんとかして最後の演奏を聞きたい、と思っていたことが実現した。予想通りの、いや予想以上の素晴らしい演奏会だった。

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左下の写真は、会場のフェスティバルホールのロビーに展示されていたもの。
部員たちがコンサート本番までの自分たちへの応援のために作ったものだろう。
今日はその本番。
会場は満席だった。
いつもより高校生などの学生らしい姿が目に入る。日曜日だから参加しやすいこともあるのだろう。

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プログラムは下記の通り。オープニングは昨年と同じく「翼を下さい」。

手話が美しい。私は手話は全く知らないが、手話を使っている友人から「手話にも方言というか、個性がある。きれいなあと思える手話をする人がいる」というような話を聞いたことがある。今年見た手話をする部員の姿は、その美しい手話だったのだろうと思う。

今年のテーマは「過去、現在、未来・・・」とプログラムに書いてあった。
その文章を紹介すると、

 昨年ラグビーワールドカップ南アフリカ戦の日本の勝利は、テレビをはじめマスコミで大きく取り上げられました。五郎丸選手は、「ラグビーに奇跡なんかない。これは必然です』と述べていました。世界一過酷な練習に耐えぬいた自信と誇りがあるからこそ言えるコメントでしょう。そんな彼を支えたのはジョン・カーワン前ヘッドコーチからの言葉でした。
”「五郎丸、過去は変えられるか?」もちろんノーだ。
「では未来は?」 それならイエスと答えると、ジョン・カーワンはさえぎるように語り始めた。
「違う、お前が変えられるのは現在だけだ。今を変えない限り、未来は変わらない』”

 私たちはこの1年、今を変える努力を精一杯やってきました。本日演奏する一曲一曲にその思いを乗せて演奏したいと思います。(文・宮代和音、近田優月)

「一曲一曲にその思いを乗せて・・・」、そのオープニングが手話付きの「翼を下さい」なのかと胸が熱くなる。

オープニングにつづいて2年生による「ジュピリー序曲』。
ジュピリーというのは、司会の田頭さんによると「25年、50年などの周年によるお祝い」ということだそうだ。結婚25年の銀婚式はシルバー・ジュピリー、50年の金婚式がゴールデン・ジュピリーというのはそういうことだという説明があった。
プログラムの「今を輝く2年生の舞台はきっと未来を変えていくでしょう」のように、キレの良い華やかな演奏だった。

続いて3年生の「カーペンターズ・フォーエバー」。淀工の演奏会の定番のようによく演奏される曲。丸谷先生のおっしゃるには「カーペンターズ自身よりも多くこの演奏をしてきた3年生です」。
3年生の部員たちはこのカーペンターズ・フォーエバーに、渾身の思いを込めているのだろうな、とその思いがつたわってくるような演奏だった。

そして1部のメインともいえる「大阪俗謡による幻想曲」。
この曲についての詳しい解説がプログラムにあったので、背景がよくわかった。

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新聞の記事を簡単に紹介すると、

作曲者の大栗裕(1918〜1982)は大阪・船場の生まれ。高校の吹奏楽でホルンを担当してクラシックにめざめ、日本交響楽団(現NHK交響楽団)の首席を務めるまでの名手に。1950年に朝比奈隆が創設した関西交響楽団(現大阪フィル)の首席に招かれる。朝比奈と大栗は戦禍のもとで共に音楽活動を続けた運命の盟友だった。
朝比奈が1956年にウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団とベルリン・フィルの楽団を率いて大栗が作曲した「大阪俗謡による幻想曲」を演奏した。現地ではブラームスやベートーヴェンの交響曲と併せて演奏され、喝采を浴びたと伝えられている。・・・

うーん、そんなに素晴らしい曲だとは全く知らなかった。この淀工の演奏会で何回か聞いたことがあるが、こんな背景があるとは知らなかった。プログラムにある曲目紹介や演奏会での説明があるとよくわかる。

丸谷先生と司会の田頭さんの話によると、
「コンクールで賞を取りましたが、何かもっと自分の好きな曲をやろうとこの曲をやりました。まわりからなんでこんな曲を、という声もありました。
演奏の時間も長いので作曲者の大栗さんのところに行き、こんな形ではどうでしょうか、と相談しました。とても気さくな人でした。」そうして出来上がった改訂版がこの曲で、全国の中高生の吹奏楽部が演奏するようになったそうだ。

天神祭、大阪の夏祭りの雰囲気が、締太鼓やカネ、鈴の音で盛り上がってくる。
大阪で生まれた名曲を大阪が産んだ淀工の演奏で聞けるのも、このグリーンコンサートの醍醐味だと思う。

OBの「スターウォーズ」はさすがの迫力。卒業生は2000人を超えるという。その一人ひとりを丸谷先生は覚えているという。「親御さんよりも沢山の時間をともにしてきましたから、かってに覚えるんです」とニッコリと笑う丸谷先生。

このあとの1年生のフレッシュコーナーの曲当てクイズも例年のように楽しかった。大阪府立の高校だから校区はないが、隣の県の中学から来た子もいる。この淀工で学びたいために引っ越ししてきたのだろう。
私が淀工の演奏会を知ったのは、妻の知り合いの小学校の先生からだ。教え子が淀工のブラスバンドをやっているので、演奏会のチケットを買ってほしい、という依頼から始まった。その当時は、部員や部員の家族がチケット販売に走り回っていたのだ。
ところが今は、チケットぴあなどで販売当日に完売という人気。
フェスティバルホールの4回公演がすべて満席という大人気になった。

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第二部の「交響詩ローマの松」も「故郷(ふるさと)」も今回のテーマである「過去・現在・未来」にふさわしいものだった。

グリーンコンサートの圧巻はラストの「ザ・ヒットパレード」。

恒例の三三七拍子で「大相撲琴奨菊の優勝を祝して」と出てきたのには、会場も驚きの声と拍手。さすが大阪のブラスバンドの演奏会。サービス精神満開。

「山の頂上は、人にその道の険しかったことを忘れさせます。
 その最後のステージに立って、君たちは何を感じているのでしょうか。
 いろんな苦しかったことは、今は懐かしい思い出ですね。
 ・・・・・君たちの前途に幸多からんことを祈ります。」

「乾杯」の演奏とオーバーラップするメッセージ。
舞台の前に並ぶ3年生。顔が紅潮し、涙顔の子たちも。
人生の大舞台の前に立つ3年生。ブラスバンド部の経験がきっとこの子たちを支えるに違いない。この体験が自分自身を信じる力になるに違いない。
淀工の部員たちの立ち姿は本当に美しい。まっすぐに立つ、ということがこんなにも美しいのかと思う。

「乾杯」の演奏が終わり、花束の贈呈。拍手がとまらない。丸谷先生が「ありがとうございます」と2回、3回言うが拍手はまだまだ続く。拍手を送るしかない、そんな雰囲気がフェスティバルホールの会場全体を包んでいる。
これまでの丸谷先生だったら何か挨拶があるのだが、真っ赤に紅潮された顔でマイクを握り思わず涙、「乾杯でした!」の一言。またもや大拍手。

最後のマーチの演奏に「時間も大幅にすぎてしまいました。お急ぎ方はこの曲にあわせてお帰りください」と丸谷先生は笑いを誘うがだれも席を立たない。
隣の席にいる人が「今日はアンコールはないわね」「ほんと、おつかれさまでしたものね」と話している。そう、だれもアンコールを催促するような拍手のしかたをしなかった。

会場の外に出ると、夜空の高いところに満月が輝いている。
空気は冷たかったが、私の心は暖かかった。どの人もそうだったに違いない。
淀工の部員の笑顔も素晴らしかったが、会場にいた人たちの笑顔もいっぱいだった。