スペイン「カルメン」紀行18

グエル公園

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ここはガウディが設計した公園。 そのシンボルとも言えるトカゲ?、いいえドラゴンのモニュメント。
グーグルの空からの写真で見てみよう。
私達が行ったのは、真ん中に見える小判型の広場の周辺。そこがグエル公園。

グエル公園地図

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その小判型のグランドのような広場の周りのテラスが、青などの色とりどりのタイルで装飾されていることで有名。綺麗な色タイルは、実は再生されたもの。つまりタイル工場などで不要品となったものをつかっているらしい。それで建設費用の軽減をはかったそうだ。ガウディはエコも視野に入れていたのかもしれない。

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初めて見る公園。なんとも不思議なオブジェのような建築物におどろく。上の写真の柱の間は車が通れるように設計されていたとか。

さて私の頼りの「るるぶ」を見てみよう。

「1900年から1914年、ガウディが独自の建築様式を完成させたころの作品。ガウディのパトロンであるグエル氏の依頼で、市場や学校までを擁する60戸の田園住宅街として建設されたものの、住居が2戸しか売れず計画は失敗。後に公演として開放された。街の山の手に位置する広大な敷地内には、市内が見渡せる広場のほか、ガウディがかつて暮らした住居があり、ミュージアムとして残っている。これはガウディが病床の父のために購入し、1925年にサグラダ・ファミリアに引っ越すまで暮らしたと言われている」。

グエル公園のテラスからは建設中のサグラダ・ファミリアが遠くに見える。

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当初の計画通りにいかなかった原因は、もちろん予算の問題が大きいが、1つはロケーションの問題と言われている。 私達もここまで来るにはかなり時間がかかった。つまり街の中心部からの距離の問題。そして急な斜面。現代では自動車があるからあまり感じないけれど、徒歩や馬車ではきつかったことは想像できる。
街づくりは素晴らしい建物の設計だけではなく、総合的なバランスの問題があるのだろう。

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これは列柱ホール。設計では市場になる予定だったところ。
ドーリア式の柱と天井の装飾タイルが有名。
四季をあらわしている円形のタイルは、ガウディの右腕として活躍したジョセップ・マリア・ジョジュールの作品。

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鉄のフェンス。
ガウディは鉄の細工には素晴らしい才能を発揮したようだ。
ガイドさんの説明では、ガウディの父親は銅板器具の職人であり、代々その仕事を引き継いできたそうだ。ガウディはそのことに誇りを持っていたという。

日本に帰ってから調べてみると、三次元的に物事を見る、空間把握の能力は、銅板器具職人に必要不可欠な能力であったらしい。ガウディの建築に常識を超える空間利用があるのはそういう背景があったからなのだと感じた。

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それにしても人、人、人、ガウディの人気は相当なものだ。 IMG_8917

サグラダ・ファミリアにある資料には写真のような説明があった。

Antonio Gaudi dies in a tram accident.

詳しく調べてみると、1926年6月7日夕方、ガウディはミサに向かう途中に路面電車にひかれた。身なりが貧しかったのでホームレスあつかいされ、病院への搬送も遅れ、だれもガウディと気が付かなかったという。知人の神父が帰ってくるのが遅いのでさがしまわり、病院で発見したそうだ。
ガウディであることに気づいた病院によって救急措置がとられたが、3日後に73歳で息を引きとった。彼の遺体はサグラダ・ファミリアに埋葬されている。

もし彼が生きていたら、歴史のIFではあるが、サグラダ・ファミリアの建設と共にもっともっと素晴らしい建築物がこの世に生まれていたかもしれない。

そろそろお昼の時間が近づいてきた。
今日のランチはなんだろう?

 

 

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