堺の和菓子 肉桂餅(八百源)

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けし餅の次はやっぱり肉桂餅。
肉桂と書いて「にっき」と読む。昔懐かしいニッキのこと。
現在では、ニッキよりシナモンのほうがポピュラーになっている。

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ここは肉桂餅で有名な「八百源来弘堂(やおげんらいこうどう)」。
ザビエル公園の近くにある。
ここは一方通行の道路。駐車場も見当たらない。
もうしわけないが、お店の前に車を止めて、いそいで「肉桂餅」を買う。

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店内には肉桂餅に関係する資料がおいてあって、ありがたく頂いていく。

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この資料によると、 原料は「セイロンシナモン」ということだ。
「シナモンはスリランカ・南インドを原産とするクスノキ科の常緑高木で、一年中花を咲かせています。日本名は桂皮、または肉桂ですが、最近はシナモンという名前がそのまま使われています。樹高10メートルほどに成長しますが、ふつうは2メートル以下の高さに制御されています。この木は淡褐色の厚い樹皮がおたがいに内側に巻いた形をしており、この樹皮をはぎ、乾燥させたものがスパイスとして利用されるのです。」と記されている。

またどうして肉桂餅のアイデアが出てきたのかというと、
「・・・堺の材木町にて八百屋宗源は、貿易商人として中国・ルソンなどの南方の諸国から、何百種類もの香料・香木を輸入し日本全国に商っておりました。その香料の中で肉桂は香りもよく珍重されておりました。しかし香りは良いけれど辛味と苦味はとても婦人や子どもには受け付けがたいものでした。八百屋宗源は一考し、つき上げたお持ちに肉桂を混ぜあわせたところ、大変香りも味も良い餅に仕上がり、堺の名物として秘かに商われるようになりました。・・・・
そして徳川の世、上方文化も華やかな元禄の太平の時代、慎ましく生きてきた八百屋宗源の子孫は、堺の地に菓子商を始め、その名も八百源と名のりました。家伝の菓子として伝わった肉桂餅、その初代は肉桂を柔らかな求肥(ぎゅうひー和菓子の材料で、白玉粉または餅粉に砂糖や水飴を加えて練り上げたもの)に練り混ぜ、小豆のこし餡を包み、新しい菓子として販売しましたところ、時代とともに堺の町衆の間で評判を呼び、堺の銘菓として好まれるようになりました。・・・・」
と書かれている。

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肉桂餅五個入りで1150円(内税)だった。

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白い片栗粉がまぶされているのが肉桂餅。けし餅とならべて、妻の点てたお茶でいただきました。
堺の銘菓だな、千利休もこんなお茶菓子を食べたのかな、と思いながらの一服であった。

 

 

 

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