宮沢賢治と琥珀

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難波の高島屋で「琥珀展」があったので見に行く。 高島屋では毎年iのように、岩手県久慈の琥珀の展示販売が行われているように思う。
東北に旅行した時に、久慈の琥珀博物館に行きたかったが、かなり距離があって行くのをあきらめたことがある。
「琥珀展」を見に行くと、「宮沢賢治と琥珀」がテーマだったので興味がました。 というのは、宮沢賢治記念館に行ったことがあるが、 その時には「琥珀と宮沢賢治」というセットで考えたことがなかったからだ。

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パンフレットによると、宮沢賢治の作品には37ヶ所の「琥珀」にかかわる表現があるそうだ。
展示されていたパネルによると、たとえば、

「オツベルと象」では、
「丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ」

「百姓どもはぎくっとし、オツベルもすこしぎょっとして、大きな琥珀のパイプから、ふっとけむりをはきだした。」

「鈴谷平原」という作品では、
「鉢が一ぴき飛んで行く
 琥珀細工の春の機械
 青い眼をしたすがるです」

「第四梯形」という作品には、
「しきりに馬を急がせるうちに
 早くも第六梯形の暗いリバライトは
 ハックニーのやうに刈られてしまひ
 ななめに琥珀の陽もさして」

 

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展示場においてあった「久慈琥珀博物館」のパンフや「久慈琥珀」のホームページによると、
「琥珀(Amber)は、数千万年〜約1億年前に繁茂していた樹木が分泌した樹液が地中に埋もれ、次第に変化してできた、いわば樹木の化石です。」とある。

樹脂といえば松脂を思うが、琥珀のもとになった樹液は広葉樹から針葉樹までさまざまであり、時代よっても違い、絶滅した樹木もあるそうだ。
世界最古の琥珀は、約3億年前のもので、イギリスのノ−サンバーランドやシベリアで発見されているらしい。
宮沢賢治にゆかりのある久慈の琥珀は、約8500万年前のもので、南洋杉(学名はアラウカリア)が紀元樹種と考えられているそうだ。
生成の過程で、古代の昆虫、植物の葉、花、樹木の皮などが入り込んだ琥珀もあり、学術的にも価値があるという。色も、黄、茶、赤、白、青、緑、黒など極めて多彩で、約250色あるといわれている。

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上の写真は、久慈市で産出された中生代白亜紀後期(約8500万年前)の琥珀大団塊のレプリカ。 重さ19.875Kg、大きさは 40cm x 40cm x 25cm と記されていた。
下の写真の左は「ドミニカ共和国」産出のもの。約2400万年前〜3800万年前のもの。
写真右はバルト海産出のもので、約4000万年前〜5000万年前のものと記されていた。

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琥珀を加工して、宮沢賢治の作品に関係する琥珀細工も多数紹介されていた。

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上の写真は、「セロ弾きのゴーシュ」を琥珀で作ったもの。
左のバイオリンは琥珀とべっ甲でつくったもの。お値段がすごい・・・。

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上の写真は、琥珀作りの「猫の事務所」。
宮沢賢治の記念館の入口にあったのがこれ。これも「猫の事務所」だ、と思う。

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宮沢賢治ゆかりの地で、一番印象に残っているのが岩手山。 宮沢賢治が何度も登った山。私は勝手に「グスコーブドリの伝記」を書くにあたってインスピレーションを得た山だと思っている。 PICT0064

写真下が黒く見えるところが、「焼き走り熔岩流(やきはしりようがんりゅう)」。1700年初頭、享保年間にあった火山活動の結果だと言われている。 PICT0066

この「焼き走り熔岩流」は国の天然記念物に指定されている。 中を歩くことができるが、周囲が全て熔岩流しか見えないところに来ると、さすがに体に緊張感が走ったことを思い出す。

宮沢賢治は、琥珀のような数千万年前からの自然の息吹と、江戸時代あった岩手山の火山による熔岩流の跡を見ながら育ったのだろう。
そんな考えが頭のなかをよぎり、もう一度宮沢賢治の作品を読んでみよう、と思った「琥珀展」だった。

 

 

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