この世界の片隅に

IMG_20150808_0001

上の二冊の本は、こうの史代さんの「この世界の片隅に」の前編と後編の二冊。
舞台は戦争中の呉。
こうのさんの本は以前に「夕凪の街 桜の国」と「ぼおるぺん古事記」を読んだことがある。「この世界の片隅に」は名前は知っている本だが、読むきっかけがなかった。ところが最近この本がアニメで映画化されることを知った。よし、映画化される前に読んでおこう、と思い購入した。
期待通りの本だった。

こうの史代さんのやわらかな線とタッチ、ようく計算された構図。読む人にとって心地よい画面、でも内容は深い。
この「この世界の片隅に」は戦争中の呉を舞台に、ヒロシマの原爆、戦艦大和、空襲などの70年前の日本が描かれている。中心は主人公のすずの目を通した呉とヒロシマの町と人と毎日の生活。
一回さっと読めばわかった、と感じるマンガや小説が多い中で、「この世界の片隅に」は私は時間をかけて繰り返し読んだ本だった。

インターネットで検索してみると沢山の人達の感想がアップされている。
あらためてあらすじや解説を書く必要がないので、ここにはこうの史代さんの後書きを紹介しておこう。(クリックすると拡大します)

IMG_20150814_0002

****************

あとがき

 わたしは死んだ事がないので、死が最悪の不幸であるのかどうかわかりません。他者になった事もないから、すべての命の尊さだの素晴らしさだのも、厳密にはわからないままかも知れません。  そのせいか、特に「誰もかれも」の「死」の数で悲劇の重さを量らねばならぬ「戦災もの」を、どうもうまく理解できていない気がします。
 そこで、この作品では、戦時の生活がだらだら続く様子を描く事にしました。そしてまず、そこにだっていくつも転がっていた筈の「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました。
 呉市は今も昔も、勇ましさとたおやかさを併せ持つ不思議な都市です。わたしにとっては母の故郷です。わたしに繋がる人々が呉で何を願い、失い、敗戦を迎え、その23年後にわたしと出会ったのかは、その幾人かが亡くなってしまった今となっては確かめようもありません。だから、この作品は解釈の一つにすぎません。ただ出会えたかれらの朗らかで穏やかな「生」の「記憶」を拠り所に、描き続けました。
 正直、描き終えられるとは思いませんでした。
 幾つもの導いてくれる魂に出会えた事、平成18年から21年の「漫画アクション」に、昭和18年から21年のちいさな物語の居場所があったこと。のうのうと利き手で漫画を描ける平和。そして今、ここまで見届けてくれる貴方が居るという事。  すべては奇跡であると思います。
 有難うございました。

2009年2月 花粉の朝に          こうの史代  

*************************************

IMG_20150814_0003

戦争前の日本は今とまったくちがった価値観の世界だった。

親のいうままに結婚が決められ、相手の男性と話すこともなく結婚。嫁ぎ先での生活をはじめた主人公のすず。
そういえば女性の参政権の獲得は敗戦後であった。
現在の価値観で戦前の暮らしや思想を判断するのは、その世界を生きてきた人々に失礼であると私は思う。
今の世界の延長線上に過去があったのではないことを知ることは大変重要である。その意味でこの本、「この世界の片隅に」は誰もが読んで欲しい本である。

こうの史代さんのインタビュー記事を二つ見つけたのでここにアドレスを書いておく。私のブログよりもずっとわかりやすいインタビュー記事だと思う。

http://www.mammo.tv/interview/archives/no277.html

http://konomanga.jp/interview/29799-2

もうひとつ紹介しておきたい本 「いちえふ」

IMG_20150808_0002

これは福島原子力発電所で働く人を題材とした本。(著 竜田一人 講談社)
サブタイトルに「福島第一原子力発電所労働記」とある。

ここで書かれていることは現在進行形の話。
大阪から遠い地と思ってしまう福島。でもヒロシマも呉も沖縄も遠いはず。自分の知識の量によって遠い、近いと感じてしまうのかもしれない。
そういう意味では私にって福島は遠い。
 私は30年ほど前に日本海側の原子力発電所の見学に行ったことがある。企業側の説明と地元で反対運動をしている人たちの声の両方を聞くという趣旨の見学会だった。巨大なタービンや、分厚いドアの窓越しに管制室を見た記憶がある。
また福島原発事故のあと、お世話になった先輩の誘いで島根県に行ったことを思い出した。ご夫婦とも大阪で言う連合町会の会長や女性部長を務められている人だ。女性部長をつとめている奥様が「今度老人会の女性部の社会見学でね、〇〇原子力発電所に行くのよ」とサラッとおっしゃるのにびっくりした。鳥取県や島根県にとっては、原子力発電所はとても身近な問題で関心の高いところだと知った。
 先日、福島に行ってきた人の話を聞いた。福島も暑い夏、というのが第一印象だった。原子力発電所で働く人がいること、自分の故郷に帰ることのできない住民がいること、今の情報社会であるはずの時代でもまだまだ知らないこと、知らされてないことが多い。
 この「いちえふ」で、マンガという手法だが、原子力発電所廃棄に向けてどんな作業がなされているのかを知ることができた。自分で求めれば、不十分であっても何かしらの情報が手に入るのは、ある意味では良い社会なのかもしれない。

 先日のテレビで、8月6日が何の日かも知らない若者がいることを知って驚いた。
8月9日も同様だろう。
そして8月15日も。戦後70年、毎年毎年新聞やラジオ、テレビ、ネットでこれだけニュースとして流れていても、そしてたぶん学校で教えられていても、「知らない」と答えるんだ。それは何故なのだろう。
戦争に負けて、逆に勝ち取られた多くの権利。女性参政権しかり、言論の自由しかり、表現・出版の自由しかり、思想信条の自由しかり、国民主権、あらためて考える日としたい。
70年目の8月15日は明日。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です