真夏の沖縄音楽フェスティバル

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新歌舞伎座で沖縄音楽フェスティバルがあった。
夏川りみと石嶺聡子という名前にひかれてチケットを買った。

夏川りみさんといえば「涙そうそう」。
石嶺聡子さんといえば「花」。
古謝美佐子さんは?

よく知らなかったのでインターネットで調べてみた。

夏川りみさんの受賞歴(ウィキペディア参照)

  • 2002年12月31日 『第44回日本レコード大賞』金賞受賞 作品名:涙そうそう
  • 2003年3月 第17回日本ゴールドディスク大賞 演歌/歌謡曲 アルバム・オブ・ザ・イヤー 作品名:てぃだ~太陽・風ぬ想い(てぃだ・かじぬうむい)~
  • 2003年10月 『2003 Home Entertainment Award』ベストヴォーカリスト賞受賞
  • 2003年11月 『ベストヒット歌謡祭』ゴールドアーティスト賞受賞 作品名:涙そうそう
  • 2003年12月 『日本有線大賞』最優秀音楽賞受賞 作品名:涙そうそう
  • 2003年12月31日 『第45回日本レコード大賞』金賞受賞 作品名:童神(わらびがみ)
  • 2004年4月12日 「涙そうそう」100週間連続チャートインで、『オリコン・ロングセラー・オブ・ジャパン』受賞(最終的に連続チャートインは116週)
  • 2004年12月31日 『第46回日本レコード大賞』最優秀歌唱賞受賞 金賞受賞 作品名:愛よ愛よ
  • 2005年8月6日 石垣市市民栄誉章受章
  • 2005年12月31日 『第47回日本レコード大賞』金賞受賞 作品名:ココロツタエ
  • 2006年4月 第14回『スポニチ文化芸術大賞』優秀賞受賞

石嶺聡子さん

1995年NHK「第5回新人歌謡コンテスト」に出場し優勝。同年、東宝映画「ひめゆりの塔」主題歌として喜納昌吉の代表曲「」をカバーし、CD売り上げが50万枚を越える大ヒット。この年の紅白歌合戦に「花」で出場した。さらに翌1996年3月30日インドネシアバリ島で開催された「第1回アジア音楽祭」で「Asian Dream」を歌い、グランプリを獲得する。(ウィキペディアより)

・沖縄県那覇市出身。J-POPや洋楽などジャンルを問わず
さまざまな音楽が溢れる家庭に育つ。
1991年に出場した長崎歌謡祭のグランプリ受賞を機に
1994年デビュー。3枚目のシングル『花』が大ヒット。
第46回NHK紅白歌合戦に出場。その後、制作、ライブ、
CMソングを中心に活動。2014年デビュー20周年を迎える。
(ご本人のブログより)http://www.satokoishimine.com/

そして
古謝美佐子(こじゃみさこ)さん

1954年沖縄県嘉手納町生まれ。沖縄民謡歌手。初代ネーネーズのリーダー。基地の町に生まれ、幼少の頃から沖縄民謡に親しみ、小学生から舞台に立つ。9歳でレコードデビュー。

1986年より坂本龍一のプロジェクトに参加(レコード、ツアー)。’90年から沖縄ポップグループ「ネーネーズ」リーダーとして参加し、6枚のアルバムなどを発表。’95年ネーネーズを脱退し、1996年よりソロ活動を再開する。特に伝統的な民謡や情け唄と呼ばれるしっとりとした情感を込めた島うたを得意とする。また、唄以外にも作詞や、三線、琉琴、指笛、三板、太鼓などの楽器演奏もこなす。
(ご本人のブログより)http://www.kojamisako.com/

なんと、夏川りみさんが2003年のレコード大賞金賞をとった「童神(わらびがみ)」は、古謝美佐子の作った曲であることがわかった。

舞台は、石嶺さんのポップ、洋楽の世界、そして夏川さんと古謝さんの沖縄をメインにおいた世界の、両者のコラボレーションが花咲いたものだった。

3人に加えて太鼓集団「龍神」のエイサーがさらに舞台の色どりを深めていく。
エイサーのリズムと勇壮な舞が現実の世界から沖縄の世界へ引き込んでいくようであった。

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新歌舞伎座の入り口には、「満員御礼」の大きな文字が。 
大阪には沖縄出身の人が多いが、この会場にも多くの沖縄出身の人が来ていたに違いない。会場に来ている人の年代層は、若い人というよりも年配層が多いように思う。
夏川さんと古謝さんのおしゃべりがウチナーグチではじまると、私には全くわからない。でも会場の多くの人が反応し、会場のあちこちで笑い声がおきる。
へーっ、思ったより多いなあ。 

出演者のどなたも歌唱力抜群の人たちだが、私には夏川りみさんの豊かな音域と硬質で突き抜けるような歌声に圧倒された。
三人とも沖縄の音楽を大事にし、そこから自分独自の音楽の道を探ろうとしていることが分かる。

歌の間のおしゃべりで、「復帰前の沖縄では・・・」とか「復帰後の・・・」という言葉から、今年は戦後70年だが沖縄にとっては「本土復帰」が大きなターニングポイントになっていることが想像される。
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8時半終了予定が終わったのは9時前。
さすが沖縄時間。
ラストは指笛があちこちで響き、観客席の人が舞台に上がってのカチャーシー。
大正区の「うるま御殿」での打ち上げ会を思い出す。
ホールでは太鼓集団「龍神」のメンバーがあちこちで手をふったり、挨拶をしている。観客席でみたよりも、ずっと若い人たちだった。この人達には、沖縄の伝統的な音楽とエイサーなどの伝統芸能が生き方の支えになっているのだなあ、と思う。
大入り満員の人はエレベーターやエスカレーターではまにあわず、多くの人が階段で下まで降りていく。私もその一人。
あとでネットを見るとさきほど紹介した石嶺さんのブログに、この日の演奏会のことが詳しく載せられていた。

エイサーといえば、今年も大正区の千島公園で「エイサー祭り」があるそうだ。
(未確認ー詳しくは大正区役所で確認を)
暑ければ暑いほど、沖縄の人たちのさまざまな思いと願いによって盛り上がってくるように思う。
沖縄は大阪にとって近くて遠いところ、でもこちらが一歩前に出れば、ずっと近づいてくるところだと思う。

 

 

 

 

 

 

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