七月大歌舞伎 in 松竹座

通し狂言 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)

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「通し狂言 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」を観劇した。
調べてみると、この歌舞伎は、天王寺の合邦辻閻魔堂で実際に起こった敵打ちをテーマにしているらしい。鶴屋南北は読本『絵本合邦辻』を原作として、左枝大学之助と太平次という極悪人を主人公にして、悪事の限りを尽くさせている歌舞伎になっている。いやー、ホントに何人の人が斬られることか、文化7年5月5日(1810年6月6日)江戸市村座初演、全七幕。というもの。

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ボスターのように片岡仁左衛門が、佐枝大学之助と太平次の二役をやっているのがおもしろい。同じように、うんざりお松と弥十郎妻皐月を中村時蔵、高橋瀬左衛門と弟高橋与十郎(合法役も)を中村歌六が演じている。
沢山の人物が出てくるので、その人間関係を理解するのが大変。舞台を見ているとなんとなくついていけるのだが、事前に内容をもっとしっかり知っておいたら、といつも思う。

買った番付を見ながら、人間関係を書いてみると次のようになった。(クリックすると拡大します)

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基本的には仇討ちものになると思うが、上の図のように登場する主な人物はほとんど死んでしまう。 この歌舞伎は今でいうR18指定の演劇だと言っていい。よい子の皆さんは絶対に真似をしないでください、とテロップが出そう。

1810年といえば、明治維新の50数年前、江戸時代も末期に近づいているわけだが、いったいどんな時代背景がこんな劇を生みだしたのだろうかと思ってしまう。

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番付の朝田富次さんの解説によると、「・・・もちろん、隣人に彼らがいては大迷惑だ。芝居の敵役だからこそ安心なのだが、現実の世界と虚構の世界は交錯している。南北が筆をふるったのは19世紀前半、観客は舞台の敵役を見ながら現実の悪を思い合わせ、怖気をふるい、楽しみもし、ときに悪について考えたのではないか。・・・時代も豪華趣味の家斉が将軍のせいか、制度がゆるみ、文化が爛熟した。いまでいう自由はないが、庶民が自分の考えを開陳し、手足を伸ばせる自由を持った時代であったようだ。「絵本合法衢」にみるような悪の華は、建前は勧善懲悪の社会のすき間に咲いたものだろう。すき間に咲いても枯れもしないで現代に華を見せている。すごいことだと思う。」

この歌舞伎自体は幕末までは上演を重ねたが、明治に入ると文明開化の高尚趣味の影響を受けて上演の機会がなくなったそうだ。大正期に二世市川左團次の復活上演を経て、昭和40年(1965年)に芸術座で復活上演され、これを契機に上演の機会に恵まれるようになったそうだ。そうすると最近になって人気になってきた演目と言えそうだ。確かにこの先行き不明な時代の方が「絵本合法衢」にぴったりと合ってきたように思う。

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今回の座席は前から4列目、しかも花道のそば。こんな役者さんに近いところだと、こちらのほうが恥ずかしくなってくる。
こんな間近で仁左衛門さんや秀太郎さん・孝太郎さんを見てもいいの?、足の指まで見える。衣装の細部まで見ることができ、歌舞伎に残る伝統技法の素晴らしさにふれることもできた。

仁左衛門さんが扇に隠して舌をペロッと出すところもはっきりと見える。
「片岡仁左衛門、惡の華、一輪」とポスターに書いてあるが、確かに仁左衛門さんならではの悪の華だったと思う。

「歌舞伎公式総合サイト 歌舞伎美人」に次のような仁左衛門さんの記事があった。

芝居だからこそ楽しめる“悪の華”
           ――『絵本合法衢』
 通し狂言『絵本合法衢』では、仁左衛門は大学之助と太平次の2役を勤めます。テクニックで演じ分けるのではなく、「大学之助は大敵(おおがたき)といわれるほどの人物ではないけれど、国を乗っ取ろうとする武士の極悪人。太平次は市井の小悪党。計算して変えるのではなく、大学之助、太平次という人間としてやれば、自然と2役は変わってきます」と、語りました。

 「役者はどうしても“本人”が出てきてしまうもので、潜在意識にないことをしようとすると、ぎこちなくなります。私は技術よりもそのものにぶつかっていくタイプ。非常に複雑な人間で、昼の部の伊織も本当の私なら、夜の部の極悪人も本当の私です。劇場空間ではそんな悪も楽しんでもらえる。不思議な世界です」と続けました。

 この公演では『鈴ヶ森』と『絵本合法衢』、二つの南北作品が並びました。南北の描く人物は、仁左衛門いわく、「人間が“なま”なんです」。太いタッチでいきいきと書かれているので、黙阿弥のようにきっちりしたせりふと違って「字余りのせりふも結構あるのですが、演者としてはすんなり役に入っていけます」と、今回の上演に当たっても意欲を見せました。

http://www.kabuki-bito.jp/news/2015/05/post_1409.html

仇討ち者だから最後には、大学之助も太平次も死ぬわけだが、番付のあらすじにも「見事に大学之助を討ち果たし、兄や弟の恨みを晴らすのであった」と書いてある。
こんなにも簡単に人が斬られていく最後はどんな場面で終わるのだろう? ちよっと不安だったが、なるほどこんな風に幕を閉じるのかと納得する終わり方だった。
「この番組はフィクションです。登場する人物、団体名は実在の物とは関係ありません。」というわけだ。

台風が中国地方を縦断する前に見た歌舞伎、夏に咲いた惡の華一輪。
余韻の残る出し物と役者さん達の名演技だった。

 

 

 

 

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