ベイマックス 7

トランセンデンス1

 ビデオを二本見た。

一つはジョニー・デップ主演の「トランセンデンス」

Wikipediaに書いてあるあらすじを紹介すると

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世界初の人工知能PINN(ピン)を研究開発するコンピューター科学者のウィル・キャスター(ジョニー・デップ)とその妻エヴリン(レベッカ・ホール)は、コンピューターが人間の能力を超えることができる世界を構築する為の技術的特異点を目標に活動していた。しかしそのさなか、ウィルは反テクノロジーを唱える過激派テロ組織RIFT(リフト)の凶弾に倒れてしまう。エヴリンは夫を救うべく、死の際にあったウィルの意識をPINNにアップロードする。彼女の手により人工知能としてよみがえったウィルは、軍事機密から金融、経済、果ては個人情報にいたるまで、ありとあらゆる情報を取り込み、驚異の進化を始める。やがてそれは、誰も予想しなかった影響を世界に及ぼし始める。

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人間の脳のデータをすべてコンピュータにコビーし、人間のような自我を持った人工知能が登場する ー 人工知能が人間の能力を越える技術的特異点がテーマになっている。これまでSFの世界であった人工知能自身による進化が急速に現実味を帯びてきていることが、この映画の背景にあると思って見た。

ルーシー1

 二本目はスカーレット・ヨハンソン主演の「ルーシー」。

これもWikipediaからストーリーを紹介すると。

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ごく普通の平凡な女性ルーシーは、訪れた台北のホテルでマフィアの闇取引に巻き込まれ、下腹部に新種の麻薬が入った袋を埋め込まれてしまう。この麻薬は通常10%までしか活用できない人間のの潜在能力を極限まで高めることができる恐ろしいものだった。運び屋として体内の麻薬と共に移動するよう命じられたルーシーだったが、麻薬を狙うマフィアに捕まってしまう。ルーシーは激しい拷問を受けるが、その拍子に体内の袋が破れ、彼女の脳は麻薬の力で覚醒し、超人的な力を発揮してその場から脱出する。

ルーシーはマフィアの追手を次々とかわしながら、脳科学の権威であるノーマン博士が居るパリを目指す。しかし、その間もルーシーの脳の覚醒は納まらず、いつしか彼女は人間性を失い、その力を制御することができなくなってしまう。

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人間の脳を薬を使って活性化させ、人間自身の持っている潜在能力を100%発揮させたらどうなるのだろうか。薬など現代の知識や技術を使って人間を人為的に進化させる世界がテーマになっていると私は思ってこのビデオを見た。

ジョニー・デップはコンピュータを使い、スカーレット・ヨハンソンは薬を使って人間を超える世界を見ようとしている。
(どちらの映画にもモーガン・フリーマンが出演していたのはおもしろかった。このような種類の映画にはモーガン・フリーマンさんのような俳優が必要なのだろう。)
同じ時期によく似たテーマで映画が作られいる。未来は現代の人類の考え方にかかっている、というのがどちらの映画のラストだ。コンピュータなどのテクノロジーによって社会が大きく変化する時が、時代が近づいているという認識が映画界にはあるのかもしれない。映画を通じてそのことを伝えようとしているのかもしれない。 

 

もしもの話ですが・・・

「ベイマックス」などの人工知能について考えてみたい。 前回紹介した本「ロボットは東大に入れるか」で、学生が新井先生に質問している。

Q もしもの話したんですが、機械によって人が破滅に追い込まれることがわかったら先生は研究をやめますか。

そう、私もそれが一番知りたかったところ。人間の仕事が奪われていき、先行きがわからないのとどうしてこのような研究を進めていくのだろうと疑問に思っていた。

A 新井先生の返答を私なりに理解したことを紹介してみよう。
 人工知能が招く可能性がある「破滅」にはいくつかのタイプがある。
一つ目は、本来統計で結論を出すべきでないところまで統計が入り込んでくることによって、国民が想定していないような大惨事が引き起こされる可能性。
今後、統計を活用する上でのガイドラインがなにか必要になるのではないか。

(統計で結論を出すべきでないところに統計が入り込む」というのはどういうことなのだろう? 原子力の安全性のことなのだろうか、自然災害予知のことなのだろうか。)

二つ目は戦争。
アメリカのどの軍事大国が人工知能に投資する最大の理由は戦争やテロ対策。戦闘機だけでなく地上戦に投入できるようなロボットができたら、軍事大国は戦争をする苦痛を今ほど感じなくなるだろう。自国民が戦争で死ななくなるから。戦争へのハードルが下がることがとてつもなく恐ろしい。

 (戦争利用についてはよくわかる。自国民の血を流さない他国への侵略は、容易に賛同されると予想される。)

新井先生の話はまだ続く。
「極端な話ですが、ホワイトカラーの仕事が人工知能にみんな置き換えられたとしたらどうなるだろう。
そして「イラストを理解したり、私たち人間の多くがなぜか自然に理解できるケーキの問題」、あれが人工知能にとって一番難しい問題として残ったとしたら、「人間らしい仕事とは、人間が学校に行かなくてもできることなのではないか」「学校の勉強のうちの大半は機械に置き換えられることができる」となったらどうなるだろう。
もしも近未来にそれが現実になったなら、「学校」そのものの根本的な見直しにつながる。それは避けられない社会変革なのかもしれない。
だとしても短期的にはものすごく大きな社会混乱を招くと思う。それについて私(荒井先生)は社会的責任を感じる。(と新井先生は言っている)
だから今、社会としてどのような準備をしていけばいいのか、人工知能の研究と同時に考えている。
科学技術というのは、一度誰かが研究し始めると、基本的には止めることができない。チームリーダーである私がやめても、世界には100人以上はこのプロジェクトが出来る人はいるはずです。私が行なわなくても、どこかで誰かがやるはず。そして科学技術は簡単にコントロールできない。それは歴史が物語っている。」

なるほど、このまま流れにのまれてしまうと、恐ろしい未来が待っているようだ。 「誰かが研究を始めると基本的には止められない」という話は原子爆弾の開発もそうだったことを思い起こす。
では、私たちはどうすればいいのだろう。

新井先生の話は次のようにして終わっている。
科学技術に呑み込まれることなく 私たちができることというのは、科学技術の本質を見極められる、見極めようとする人達が増える、ということだと思う。 科学技術を、なんかすごそうで怖そうだけど全然わかんないし・・・というふうに思うのでななくて、それは何なのかということを、専門にしている人も、専門家でない人も一緒に、今科学技術はこういう所まで来ているんだよ、という問題意識を共有する、そのことによってのみコントロールできるのではないか、そして次の世界を切り開いていくことができるのでなないかと考えている。
科学技術に呑み込まれることなく、科学技術を見極める、そんなふうにみんなで一緒に努めていけるといいなと思っている。」

なかなか飲み込みにくい未来展望図だ。 
コンピュータによる英語翻訳が日常生活に耐えうるほど進歩しているとき、どうして学校で英語を学ぶのか?その意義は?必要性は?と子どもたちが質問してきた時にどのように答えるのか?
新井先生も、映画のジョニー・デップもスカーレット・ヨハンソンも同じことを言っているように聞こえる。未来はあたた自身が、いや私たちが築いていくものだと。

今の私には、ー「人間の学びそのもの」、近い例では「学校教育の目的と理念が問い直されている」ー とありきたりの使い古された言い方でしか、まとめられない。
時間をかけて、でも棚に上げるのではなく、考え続けなくてはいけない課題だと思う。

 

 

 

 

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